#5 優しさへの仕返し

「あの、死神さん」

 私は言った。

「私、自殺はやめます」

 すると死神さんは、

「待て、」と言ってこちらの方を向いた。さっきと変わらず、その顔は逆光で見えない。眩しくて、眩しすぎて、思わず目を背けそうになる。だけど、

「さっきの話は俺の一方的な話だ。お前が俺のエゴに付き合う必要はない」

 死神さんの言葉が私の視線を引きつける。

「やっぱり……本当に優しいですね、死神さんは。でも、これが私から死神さんへ送るお礼の気持ちなんです。それに、」

 私は続けて言った。

「私はもう本当に、死のうとは思っていません」

「…………」

 数秒間の沈黙。そして死神さんは口を開いて、

「本当に、それでいいのか? それがお前の意思なのか?」

 そう尋ねた。私は死神さんの顔へ視線を向けたまま一瞬顔を下に向け、再び死神さんの方に向ける。私は、

「はい」

 短い言葉で肯定して、続けた。

「死神さんの優しさが、その優しさへの仕返しが、私が生きようとする理由です」

「…………」

 再び、数秒間の沈黙。さっきよりも長い。そののち、死神さんは言った。

「……わかった。それならば、俺がここにいる理由はもうない」

 そのまま窓の方へ向かっていく。私はその背中を見つめるだけ。そして死神さんが窓を開けた。強い風と太陽の光が部屋に入り込む。そのフレームに手を置いたところで、

「さようなら、優しい死神さん。私の寿命が尽きる時に、また会いましょう」

 私は別れを告げた。すると死神さんはこちらを振り向いて、

「ああ、さらばだ。寿命が尽きるまで、達者でな」

 そう言って、窓から飛び降りた。

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