#4 もう嫌になったのだ

「俺はな、もう嫌になったのだ。死神であることが、誰かを殺さないと生きていけないという現実が」

 さっきまでとは一転して、死神さんがまとう空気も、死神さんの言葉も重い。

「一週間ほど前に、とある自殺志願者のところに行って、そしてそいつの死を見届けた。間も無くそいつの母親が死体を発見して泣き出した。そこまでは今までと変わらなかったのだ。だが、」

 死神さんは続けて言った。

「その母親が泣きながら放った言葉が、俺に、俺の心に突き刺さった」

 私は恐る恐る尋ねた。

「……どんな言葉だったんですか……?」

 すると死神さんは言った。

「『またお金がなくなってしまう』と言ったのだ。その母親は」

 その言葉は私の心にも間接的に突き刺さった。多分今までの死神さんとの会話の中で一番力強く、一番重い言葉だった。

「でもそれって」

 たまたまその家族がお金に困っていただけじゃないんですか? 私はそう言おうとした。だけど、

「たまたまだと言いたいのだろう? 俺も最初はそう思ったさ」

 死神さんの言葉が私の言葉をさえぎった。

「そう思って、俺が最近死へと導いた人間たちの家族の様子を観察した」

 そのまま死神さんは続けて言った。

「ある家では故人の部屋の片付けや遺品処理。ある家では故人の墓石代」

 どんどん強くなっていく死神さんの口調。

「またある家では故人の遺産や借金の配分。またある家では葬式代や入院費」

 私は何も言い出せなかった。言葉が言葉に弾かれてしまいそうな気がして。

 そして死神さんは言った。

「死人の尊厳よりかねの価値が勝る。そんな時代になってしまったのだ。少し前の時代では生きるのに金がどうしても必要だと言って嘆いていたのに、今では死ぬのにも金がいる。死者は来世に希望も抱けないのだ」

 そう語る死神さんの顔はやっぱり、

「やっぱり、悲しそう」

 気づけば私はそう言い放っていた。完全に無意識に、思っていたことを、確信していたことを音の形にしていた。

「ああ、そうだな。俺の心は悲しがっている」

 そう言って死神さんは立ち上がった。

「だから……だから、もう誰も殺したくないのだ」

 そう言った死神さんの顔は逆光で見えない。そこでやっと私は気づいた。窓から太陽の光が差し込んでいたことに。雨はもう止んでいたことに。

 もはや私自身、死のうとは思っていなかったことに。

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