#2 私が死のうと思った理由

「私が死のうと思った理由、それは、恋人の喪失です」

 死神は黙ったまま。数秒後に口を開いて

「そうか」

 ただそう言っただけだった。

「何ですか、その薄い反応は。別に、しょうもないとか言ったっていいんですよ」

 すぐに返事は返ってきた。

「しょうもなくなどない。それがお前にとって死に値するのならば、それは立派な理由だ。それに、俺に文句を言う権利などない」

 死神はそう言った。さっきまでと違って、力強い言葉だった。

『情けなくなんかない。それが君にとっての生きる意味に値するのなら、それは立派な存在意義だ。僕に文句を言う権利なんてないよ』

 そんな言葉が頭の中で蘇った。一昨日別れた彼の言葉。確かあの時も、いつもの彼にはない力強さを感じた。

「そうですか。……見た目と違って、優しいんですね」

「優しい、か。この前首を吊った男にも同じことを言われた。『見た目と違って』は余計だがな」

 死神さんがまた悲しそうな顔をした気がした。

「それで、恋人との間で何があった?」

「もっと深くまで語らなくちゃいけないんですか。別に構いはしないですが」

 そう言って死神さんの顔を見るけど、最初に見た時と同じで、感情なんてものは読み取れない。でもさっき垣間見えた死神さんの表情は心の底から悲しそうなものだった。死神に心があるのかどうかは私には分からないけど。

「私は一昨日までずっと、その恋人のためだけに生きてきたようなものでした。彼のために生きることが、私にとっての生きる意味であり、理由であり、ある意味『義務』だったんです」

 ちらりと死神さんの方を見てみる。目が合ったかどうかは分からないけど、

「それで、その一昨日に何があった」

 死神さんは話の続きの催促をした。気まずくなった私は、逃げるように話を続けた。

「一昨日、彼と別れたんです。突然彼の方から別れようと言い出したので、私には何が何なのか理解できませんでした。そして昨日、真相を知るために彼の家を訪れると……」

 言葉が詰まった。

「辛いのか。無理をして言葉にしても苦しむだけだ。もうやめておけ」

 泣きそうになってくる。だけどもう涙は尽きてしまったみたいで、感情だけが空回りする。それでも私は、

「やっぱり優しいですね、死神さんは。大丈夫です、続けます」

 話の続きを紡ぐ。

「昨日、彼の家を訪ねると、彼は首を吊っていました」

 空気を吸っているはずなのに、吸った気がしない。呼吸が苦しくなってきた。

「私の生きる意味がなくなってしまったんです。私の生きる理由が、なくなってしまったんです……」

 死神さんの顔には何の感情も見られない。そのまま口だけが動いて、

「それがお前の死ぬ理由か」

 私は静かに頷いた。もう声も出せなかった。

「辛いことを思い出させて、すまないな」

 本当に申し訳なさそうに死神さんは言った。「いえ、大丈夫です」と言おうにも声が出ないから、必死に首を振った。

 また悲しみが絶望感にまさったな。ふとそう思った。もう死のうとする気力もない。昨日と同じだ。昨日も、ロープを買うことはできたけど、死のうと思っても気力がなかった。窓の向こうの空はまだ晴れる様子はない。

「もう、嫌だよ……」

 その言葉が言葉の形になったかどうかは、私には分からない。そのまま私はその場にうずくまって、塞ぎこんでしまった。

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