第三章 オズと緋色の脅迫者
序章
生まれてきた国を間違えた。そんな諦めにも似た、己の運命を嘆く大人たちの声に囲まれて育ってきた。そのおかげで物心がつく頃には、あらゆる結果に対して執着しないでいることこそが、周りからの覚えが目出度いのだと理解するようになっていた。
お前にはまだ早い。初めて一人で仕事を任されそうになった時、そう言われて巣立ちの機会を奪われた。二言目にはお前が心配だからだと、序列を乱されかけた大人たちが口にする慰めに、ただただ笑って肩をすくめた。
利口な奴だ、とジョッキをあおりながら臭い息を吐くそいつらを見て、これが人生なのであり、この国に生を受けた瞬間から皆諦めをその身に抱いてきたのだからと達観した。
きっと、こいつらは死ぬまでそうなんだろうと。
卑屈な笑みを浮かべてさえいれば、周囲は勝手に追従ととらえて満足気に肩を叩いてくる。
「気にするな。俺たちは生まれた国を間違えたんだ」
そうしていつものように管を巻き始める大人たち。
ああ、そうだよくそったれ、と心の中で唾を吐いた。
♦︎ ♦︎ ♦︎
監視の目がつけられていると気付いたのは、この町に入ってすぐのことだった。
活気溢れる雑踏の中、すれ違う奴らは皆一様に生き生きとした顔で道端の露店を指差しながらあれやこれやと口にしているため、異質な視線を寄越すそいつらの姿は嫌でも目についた。
もっとも、
外を知らなければ比べようがない。実際に他国の空気に触れているからこそ、はっきりと自国の陰鬱さ加減を再認識できるのだが、こいつら自身はそのことを理解しているんだろうか?
そんな風に考えると、首に鎖を巻かれたままでいるのと同義の監視人たちに、ある種の憐憫の情を催してしまう。
ただ、今はそれどころではなかった。
「ちっ、どこ行きやがった」
監視の存在に目を奪われた隙に、追っていた二人組がいつ間にか人混みの中に消えてしまっていたのだ。
あれだけ目立つ格好をしていれば、すぐに見つかるはず。そう思って肩をぶつけながら喧騒をかきわけた。
と、すぐに男の方の姿を捉えることができた。
妙な成りをしたその男は、隣にいる、これまた頭がおかしいとしか思えない格好をした女らしき連れに露店でなにやら買い物をねだられているらしい。男の方が何事かを懇々と説明し、それに対して女が素直にうなずいたかと思うと、今度は隣の露店に引きずられて呆れた顔を見せていた。
その様子を眺るだけでも、一体どういう関係なんだろうかとひどく興味を注がれるが、今はそれにすら費やす時間が勿体無い。
市壁に入る前から目をつけていたこの二人組が果たして本当に利用できるのかどうか。大事なのはそこだった。
もう少し様子を伺うか。
そう思って、今度は後方からついて来ているであろう監視に向かって胸中で呟く。
ああ、そうさ。俺たちは生まれてきた国を間違えたんだ。
だから――今日限りで俺はお前たちとおさらばする。
そのためのこいつらだ。
後脚で砂をかけた後、緋色の獣は舌を舐め、目の前の奇貨をさらに追いかけたのだった。
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