特別編~蒼碧の守り人~

古代聖堂探索記


※このお話は、設定・世界観等が『永遠の青』と大きく異なっています。ご了承ください。




――それは、開かれることのなかった物語。彼らの旅路の、ひとかけら。


 なんのために旅をしているか、と訊かれたらひとまず「記憶探しの旅」と答えることにしている。が、それがひどく曖昧な理由であることを、ディランは承知していた。わけのわからない口実をつくって、どこかのお金持ちが道楽の旅をしている、などと思われてもしかたがない。実際は金持ちでもなんでもないのだが。

 日々の路銀はかつかつで、記憶がないのも真実で。何もかもを持たない彼だが、それでもどうにかやっている、という状態だった。

――胡散臭い天使族がくっついてくるまでは。


 昼間だが、聖堂の列柱廊は妙に薄暗く、ひんやりしている。重そうな屋根を支える白い柱は、確かに歴史を感じるが、何百年、何千年も前のものとは思えないほどきれいな状態でそこにある。とはいえ、触るのは恐ろしい。壊れたら、という心配が一番だが、先史時代の遺物には、妖しい仕掛けがある可能性が高かった。ディランは、さしだしかけた指を、好奇心を制してひっこめたあと、後ろを振り返ってにらみつけた。

 にらんだ先には、一人の少年が立っている。色白の顔に無邪気なほほえみを浮かべていて、少しくせのある金髪は動くたびにふわふわ揺れる。服こそ粗末な旅衣だが、彼の姿はさながら純粋無垢な天使のようだった。だが、人は見た目がすべてではない。天使もだ。ディランはそれを、身をもって知っている。

「なあ、レビ。ひとつ確認していいか?」

「いいですよ。なんですか」

 ディランがとげのある声で問うと、少年――レビは微笑を崩さないまま言った。

「俺たちは、仕事を受けた。盗賊退治の仕事だな」

「そうでしたね。たいしたことない人たちでした」

「あの手の輩をたいしたことないって言えるのはおまえくらいだ。……まあそれはいいとして、仕事じたいは無事終わらせた」

「はい」

 うなずくレビを見つめていた青年の双眸が、鋭く光る。

「ならなんで、俺たちは今、奴らのねぐらのさらに奥まで忍び込んで、こんな古臭い聖堂の中を歩いてるんだろうな?」

「え? そりゃ、ぼくが好奇心でふらっとここまで来ちゃったからですね」

 答える声には、悪びれる様子などかけらもない。とうとう腹を立てたディランは、少年のやわらかい頬を思いっきりつねった。

「いけしゃあしゃあと答えるなこの野郎! 変な罠とかあったらどうすんだよ!」

「あひゃー。罠はあると思いますよー。『術』の気配がしますんでー」

「……、それを早く言えっ!」

 腹立ちが頂点に達し、超えると、もはやどなり散らす気も失せてしまうらしい。ディランはレビの頬から手を放すと、ため息をついた。片方の頬をまっ赤にしているレビはしかし、痛がるそぶりを見せない。感じいったように、列柱廊を見渡した。

「それにしても、ここ、本当におもしろい場所ですね。地上の遺跡なのに、ぼくら『天使族』の遺物があるなんて」

 さりげなく放たれた言葉に、ディランは眉を寄せる。『それ』が、この少年が聖堂に引き寄せられた一番の理由であることは、確かめるまでもないだろう。

 ディランは勉強が好きな方だ。歴史の話にも、相方の言葉の意味にも興味がある。だが、そこに首を突っこんでしまっては、底なし沼にはまってゆくだけのような気がしたので、今は無視して歩きはじめた。彼の後ろをレビが落ちついた足取りでついてくる。

「確かに、昔は彼らも地上人と関係を築いてはいましたけど、技術提供までしたという話はあまり聞かないですね。どういった経緯だったんでしょう」

 廊下には、かつかつと靴音が響く。むなしい空隙をはさんで、少年の声はまた楽しげな音を奏でた。ディランが無視しているとわかっていて語り続けているのだろう。

「あ、あの扉とかそうですよね。術でしかけがしてあります。解析したら当時の同胞の思考回路とかわかりそうですね。調べてみたらだめですかね」

「……この国じゃ、先史時代の遺物に許可なく触るのは禁止されてる」

 このまま放っておくと、自由奔放少年レビが勝手に暴走を始めそうだったので、とうとうディランは黙殺し続けることをあきらめた。足を止めて振り返ると、唇をとがらせているレビと、視線がぶつかった。

「それくらいはぼくも心得てますよ。……あ、でも、ぼく術者と同じ種族ですけど。この場合どうなるんですかね?」

「――さあ? というか、おまえの場合、連中の国からも追い出されてるじゃないか」

「あ、そうでしたね。あはは、どこまでも宙ぶらりんですねえ」

「笑いごとかよ」

 どこまでも能天気なレビに、ディランはきつい一言とため息で返す。もっとも、この程度で彼がまったく堪えないのは承知の上だった。


 レビの故国は少々特殊で、聞いたところによると、他国へ行っても人殺しなどの重罪でない限り、故国の法が適用されるのだという。彼らの種族の特異性ゆえだろう。ただ、ディランもどこの生まれとも知れぬ者だからか、あるいは後ろにいる少年がその故国からも追放され、徹底的に社会の枠組みから締めだされた存在であるせいか、あまりその違いに違和感をおぼえたり、不平を感じたりすることはない。

 それよりも、レビの種族の特異な部分を知れば知るほど、意味のわからない不安ばかりが募っている。


 ディランがまた歩き出すと、レビは大人しくついてくる。扉の解析をするのはやめたらしい。いつの間にか、レビに乗せられ、どんどん聖堂の奥へ進んでいる気がするのだが、ままあることだとあきらめることにした。

 果てがないように思えた列柱廊だが、きちんと終わりはあった。道がとぎれ、壁がそびえ、大きな両開きの扉が二人の前にたたずむ。

「お祈りの場所? か、何かでしょうか」

「多分な」

 信仰心の薄い二人は軽いやり取りをする。レビに何かを言われるより早く、ディランは扉に手をかけた。強めに力をこめると、扉は軋みながら奥へ開いた。二人は無言で中へ踏みこむ。冷たい薄暗がりが、彼らを出迎え、のみこんだ。

 瞬間、小さな白い光が、闇を裂いて飛んできた。ディランは頭をかたむけて飛んできたものを避けるなり、剣を抜き放つ。背後でレビが何かを唱えた。一瞬後、黄金色の丸い光が浮かびあがる。少年が生み出した灯火のおかげで、ディランは部屋の状況を知ることになった。

「――もう、なんなんだろうな」

 しばらく言葉を探したが、気の抜けた感想しか出てこない。

 そこは確かに、祈りのための部屋だったのだろう。奥には祭壇、それを見つめる形で手前にかけて長椅子が配置されていて、壁や天井には宗教画と思しき絵が描かれている。ただひとつ、祈りの場にそぐわないのは、粗末な衣服に身を包んだ男たちの存在だろう。彼らは、部屋にあるこまごまとした像や装飾品をあさりにきているようだった。そのうちの一人が「なんだ、てめえら!」と、威嚇の声を上げる。

「……あ。あの人たちが持ってるの、天使族の遺物ですよ」

 レビが、あっけらかんと言った。ディランは前を見たまま、眉根を寄せる。

「なんか、ついさっき、遺物についての話をしたばっかりだよな」

「この国では、無断で触れるのはご法度はっと、でしたっけ? なら――」

「うん。見つけたからにはしょっ引く」

 言うなりディランはうなずいて、剣を構えた。レビもまた、脚を広げて顎を引き、いつでも動けるように体勢を整える。闖入者ちんにゅうしゃに敵意があるとわかった賊たちは、いきり立った。それぞれに武器を持ち、雄叫びをあげて襲いかかってくる。いきなり正面から打ちおろされた剣を、ディランは自分の剣で軽く弾く。流れるような動作で、横合から飛びかかってきた男たちを何人か斬った。手ごたえに不快感はおぼえるものの、動じはしない。頑丈そうな巨体の男が大剣を手にとびかかってくると、彼は思いきって踏みこみながら剣を持ちかえ、鳩尾みぞおち柄頭つかがしらを叩きこんだ。男は体をくの字に折り曲げ、くぐもったうめき声をあげたきり、気を失う。

「さっすがディランー」

 やりあいの合間に少年のはやし立てる声がしたが、ディランはきれいに無視を決めこんだ。レビはしばらく背後からふざけた声援を送り続けてきたのだが、やがて「ぼくもそろそろ動きましょうかね」と言った。ようやく働く気になったか、とディランは声に出さず、呟く。

「ま、まずいぞ……!」

「こうなったら手段は選んでらんねえ!」

 そんな声が聞こえたのは、レビがやる気になった直後だった。一人の肘をあいた手で押し上げている隙に目をこらしてみれば、遠くの方で装飾品をかき集めていた数人が、苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。そのうちの一人が取り出したものを見て、ディランは目をみはる。

 黒光りする金属の塊。先には筒のようなものがついている。

「へえ。銃火器なんて久々に見たな。西の方からわざわざ取り寄せたのか?」

 軽い調子で呟いたあと、ディランは牽制していた一人を蹴り飛ばす。すぐあと、かちり、と物騒な金属音がする。

「こっちに向けて、それ、撃たない方がいいぞ」

 一応言ってみたものの、賊は聞く耳をもたない。黒い銃口が青年をとらえた。

「ちょ――」

「くたばれ!」

 威勢のいいかけ声とともに、銃が火を噴いた。撃ち出された鉛は、ディランに向かって飛び――命中する前に、うっすらと現れた金色の膜に弾かれた。近くで、ディランに飛びかかろうとしていた一人がぎゃあっ、と大きな悲鳴をあげる。ディランは、ため息をついた。

跳弾ちょうだんしたら危ないから、って言おうとしたんだけどな」

 青年の声を、賊たちは聞いていなかった。いぶかしげに目をこすっている。もう、ディランのまわりに金色の膜はない。けれど彼は、その出所を知っていた。

「あれ、たぶん帝国から横流ししたんですよねー」

「そうだろうな。銃なんて作れるのは、今のところあの国くらいだ」

 とことことディランの隣に出てきて、世間話でもするような調子で物騒なことをさらりと言ったレビは、ぽかんとしている大人たちを見渡して、にこりとほほえむ。

「やあ、こんにちは、おじさんたち。ここからはぼくも参戦するのでよろしくお願いします」

 レビは、白い手をすっと伸ばした。なんの前触れもなく、指先に火がともり、灯火は繋がって火の輪となった。レビが繊手をひと振りすると、火輪は音もなく主人の手から離れ、賊の方へと向かいながら、猛火へ姿を変えた。

 男たちが絶叫する。術など見たことがなかったのだろうから、しかたがない。ディランはまたしてもこぼれ落ちそうになるため息をこらえ、剣をにぎなおした。


 レビが出張って間もなく、賊たちは全員、部屋の隅にのびてしまった。ディランは彼らを見おろしてから、剣を鞘に収める。つばがぱちん、と鳴った。

「さてと。じゃあ、こいつらも引き渡すか。……あ、でも、そうなるとこの聖堂にも調査の手が入るな。いいか、レビ?」

「構いませんよ。なぜ天使族の作ったものがここにあるのかは気になるところですが、そんなのは遺物の解析以外の方向からも調べられることです」

 レビは乱れた髪を整えながら、淡々と言った。けれど、すぐに、「――あ、でも」と言って祭壇の方を見上げる。

「あれだけは、少し解析させてください」

 そう言った彼が指さしたのは、祭壇の後ろの壁にたらされている、豪華な刺繍のほどこされた幕だった。薄汚れてはいるが、先史時代の遺跡のものにしてはきれいなものである。

「あれも天使族のものか?」

「正確には、幕に術がかけられています。劣化していないのもそのせいです」

 少年は再びディランの方を振り仰ぐ。彼は手を振って「好きにしろ」とぞんざいに言った。ありがとうございます、と小さく頭を下げるなり、レビはつま先で地面を軽く蹴る。

 次の瞬間、少年の背中からついの翼が表れて、大きく羽ばたいた。白い鳥の翼をうんと大きくしたようなそれは、芸術品めいた顔立ちの少年を、まさしく天使に仕立てている。天空の国に住み、天使族と呼ばれておそれられる彼らの、最たる象徴。緩慢に翼を動かし、聖堂の壁へはりついたレビを、ディランは冷めた目で見やる。

 最初こそ驚いたが、もう慣れた。

「本当、変なのに出会うよなあ、俺」

 今はただ、そんな思いをぼんやりと抱くだけである。

 

 聖堂に侵入していた賊たちは、ディランたちが追い払った者どもの仲間だったらしい。街の警備隊を呼んで彼らを引き渡したディランたちには、提示されたものに、さらに上乗せされた額の報酬が手渡された。ぞろぞろと古代聖堂のまわりに群がる人々を尻目に、ディランは硬貨の入った麻袋を弄ぶ。

「それで? 知りたいことは、わかったのか」

 ディランは、翼をしまった天使族を見おろした。彼はにっと笑う。

「なかなか楽しいことがわかりました。情報を整理したら、あなたにもお教えしますよ」

「……そうか」

 傭兵の青年は、肩をすくめる。彼とレビとでは「おもしろい」の基準がずれているから、あまり期待しない方がいいだろう。とりあえずレビは上機嫌で、自分の懐はあたたかい。今日も平和だ。それでよしとしよう。

「さてと、次はどこに行くか」

「あてなんてまるでないですもんね。ディラン、少しくらい何か思い出さないんですか?」

「無茶言うな」

 記憶喪失の青年と、地上に堕ちた天使族。抱くものすべてが違う二人はけれど、共にいる。

 今日も彼らは大陸を巡りつつ、騒動の種をまいてゆくのである。

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