本編中

携帯食料

 昨日、知りあったばかりの人間と旅をすることになった。

 ディランは驚きも戸惑いも抱いていない。曲がりなりにも傭兵と同じことをして路銀を稼いでいる以上、見知らぬ人間と一緒に行くことはしばしばある。それは、たまたま鉢合わせた旅人や商人であったり、護衛対象の一般人だったりする。今回、ともに行くことになった少女は、どちらともいえるだろう。

 誰かと一緒になるのはいつものこと。そこに動揺したりはしない。ただ、その誰かが少々特殊な事情を抱えていて、さらにはいろんな意味で変わり者――とくれば、困ったな、くらいには思うのである。


 ドナの町を出た翌日。ディランと、同行者の少女ゼフィアー・ウェンデルは、荒れた道を歩いていた。もともとは多少整備されている場所のはずだが、少し前に地域一帯を襲った嵐のせいで、獣道もかくやという有様になっている。ときどき会話を差しはさみながら、ゆるやかに続いていた二人の歩みは、突然響いた奇怪な音によって止められた。

 ディランはふっと隣を見る。ゼフィアーが腹を軽くおさえていた。

「お腹がすいたのだ」

 ぽつり、とこぼれた声に、ディランは苦笑した。肩に担いだ布袋を、見せつけるように揺らす。

「ちょうど、昼時だしな。飯にするか」

「うむ」

 とたん、笑顔になったゼフィアーの手をひいて、ディランはまた歩き出した。少し行くと、休憩にちょうどよさそうな太い木が見える。二人はどちらからともなく木陰に座りこむと、それぞれに荷物を広げて堅焼きパンを取り出した。一口かじったディランは、それからなんの気なしに、両手でパンを持ってせわしなく食べている少女の姿を一瞥する。りすかねずみを思わせるその姿を微笑ましく思った。

 食べながら少女を観察していると、彼女はいきなり顔を上げた。

「ディランは、旅を始めて長いのだな」

 いきなりそう言われ、ディランは思わず目をまたたいた。

「まあ、それなりには。でも……なんで断言したんだ?」

「む? ディランの折々の対応を見てなんとなくそう思ったのだ。携帯食料にも慣れているしな」

 ゼフィアーは食べかけの堅焼きパンを示して、得意気にする。ディランも納得し、うなずいた。堅焼きパンや干し肉は、はじめのうちは食感や味に慣れず嫌な顔をする人も多い。いざ旅を、となって、毎日その食事が続くともなると辟易してくることもある。ディランも護衛対象に嫌な顔をされたことが、何度もあった。

「でも、ゼフィーも結構慣れてるよな」

「私もあちこちふらふらしている身だからな。それに、もともと干物が好きなのだ」

「……ん?」

 あまりにもさりげなく放たれた言葉に、ディランは一瞬、己の耳を疑った。堅焼きパンを咀嚼してから、少女に向き直る。

「ゼフィーは干物が好きなのか?」

「うむ、そうなのだ! お肉もいいが、やっぱり魚の干物が美味しいな。前に食べたかれいの干物は最高だった」

――ディランが何気なくつついた話題が、少女の琴線に触れたらしい。彼はその後しばらく、ゼフィアーの干物語りにつきあわされることになった。話し方が独特なおかげで、嫌にはならないのだが、聞いているうちになんともいえない気分になり、思わず呟いてしまう。

「その歳の女の子が、干物って……どうなんだ?」

 小さな声は、幸いゼフィアーには届かなかったようだ。彼女の話は途切れず続いている。

 人の好みにけちをつける気などまったくない。今しがた抱いた思いが固定観念であることもわかってはいるのだが、想像以上に渋い嗜好しこうを見せつけられて、少なからず戸惑ったのもたしかだった。いろんな思いを飲み下した結果、ディランはしばし、ゼフィアーの話に付き合うことにした。


 放っておけばいつまでも続きそうな語りはけれど、思わぬかたちでさえぎられることとなる。

――平穏だった空間が、突如として、形のない緊張に満たされた。ディランは眉を上げ、ゼフィアーは顔をしかめる。周囲の茂みが、ざわざわと揺れた。

「追手のお出ましか」

「やれやれ。親睦を深めるための語らいを邪魔するとは、無粋な奴らだな」

 何気ない風を装って立ったディランの横で、ゼフィアーも飛び跳ねるように立ち上がった。親睦を深めているつもりだったのか、という言葉をすんでのところでのみこんだディランは、そばの茂みをにらみつける。間もなく、生い茂る草の奥から、黒い衣を身にまとった人の群が、ゆっくりと姿を現した。彼らは二人を見るなり、何も言わずに武器をとる。ひどく不気味な集団を前にして、少年も少女も、まったく動じていなかった。

「しかたがない。やるか」

「ああ」

 連中の狙いは、ゼフィアーが持っている小包だ。東南の港湾都市に届けなければならないそれの中身は不明だが――こんな連中に狙われるくらいだ。よほどのものが入っているのだろう、とディランは思っている。

 できれば関わりたくないというのが正直なところだが、今の自分は依頼を引き受けた傭兵も同然。であれば、依頼主の少女の意向に従うだけである。

「親睦を深める語らいは、しばらくお預けってことで」

 ディランがそう言って笑いかけると、ゼフィアーも悪戯っぽく微笑む。

 そして彼らも剣を構え――襲い来る黒い集団を、迎え撃った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る