第6話 暗躍! 覆面の男
春樹は再び小坂の調査をしたが、やはり品行方正で非の打ち所のない人物だった。男体盛りのようなあからさまなセクハラをするときは、小坂がいないときにおこなわれているようだったので、実際に小坂がどこまで風紀委員や村上の悪行を知っていたのかもわからなかった。
かといって他に怪しい人物の見当がつかない。生徒会や他の委員会、果ては部活にも目を向けてみたが、風紀委員のような怪しい行動は見当たらず、他の教師も調べてみたが、村上以外はちゃんとした教師ばかりに思えた。
「わたしも調べてみたけど、あまり春樹くんと変わらないわ」
夜の会合で由良に状況報告をしたが、女子生徒を中心に調べた由良も、新しい情報はつかめていないようだった。
「やっぱり怪しいのは小坂さんだけど、学年が違うから調べられることにも限界がでちゃうね」
春樹は自分の不甲斐なさを感じて肩を落とす。そんな姿を見て、由良はポンと春樹の背中を叩く。
「しょーがないわね。わたしが何とかしてあげるわよ」
そして腰に手を当て、胸を張った。大きな胸が強調される。
「さすが由良さん!」
春樹は尊敬の眼差しで由良を見た。
翌日。
「ゆ、由良さん、こ、これは?」
「先輩との交流会という名の合コンよ」
由良は三年生の女子生徒を二人連れていた。
「おいおい、これはいったい、どうなってんだよ?」
由良に呼ばれてわけもわからずやってきた智也も困惑している。同じく連れられてきた勇は驚きと緊張で固まっていた。
放課後の学食。春樹を真ん中に右に勇、左に智也。対面する女子たちは、智也の前に由良が座り、三年の女子生徒がその横に並んで座っている。
「へえ、三人ともいいじゃない。あたしは三井あかり。よろしくね」
真ん中に座る三井あかりは、ショートヘアーでキリッとした気の強そうな目をしている。
「私は鈴谷いのり。あかりちゃんのクラスメイトで、由良ちゃんとは料理クラブで知り合ったのよ」
鈴谷いのりは長い髪を一纏めにしていて、少しタレ目の優しそうな顔立ちをしている。
「鈴谷先輩は料理クラブの部長さんで、わたしも時々おじゃまして料理を教えてもらっているのよ」
「えー、由良ちゃん料理が上手だから、むしろ私のほうが教えてもらっているよー」
どうやら由良は料理クラブに参加して情報収集と人脈を広げていたようだ。それはまだ狭い人脈しか築けていない春樹にとって、とても参考になった。
「えっと、僕は槌谷春樹といいます。由良さんのクラスメイトで、隣の二人とはルームメイトでもあります」
「へえ、春樹くんって噂どおり綺麗な顔をしているのねー」
あかりはジロジロと春樹を見ていった。
「俺は片桐智也。絶賛年上の彼女募集中っす」
すでに状況に慣れたのか、智也は軽口をたたく。
「あはは、キミのこと見たことあるよー。色んなところに出没しているよね?」
「徘徊が趣味なんっすよ。三井先輩、今度見かけたら声かけてくださいよ。学食で何でもおごるんで」
「あはは、全部タダじゃん」
人見知りのない智也とあかりはすぐに打ち解けたようだ。
「あ、あの、ぼ、ぼくは花岡勇といいます」
逆に勇は三年生を相手に緊張している。
「花岡くん、そんなに緊張しなくていいよー」
いのりは優しく微笑むと、何かと勇に話しかけて緊張をといていった。
智也とあかりが中心となって場を盛り上げてくれた。真面目な性格の春樹はこういった場が苦手だったので、智也がいてくれてありがたかったが、諜報員としては失格なので、あとで由良に怒られるだろうと内心落ち込んでいた。
しばらく雑談をして、うち解けてきたなと思っていたころ、由良が目線で合図を送ってきた。諜報員としての活動開始だ。
「ねえねえ、春樹くんはどんな子がタイプなの?」
ちょうどあかりが質問してきた。
「タイプというか、尊敬って感じですが、風紀委員長の小坂さんってすごいですよね」
「ああ、小坂クンね。綺麗だよねー、ちょっと嫉妬しちゃう」
「私はちょっと苦手かもー」
「どうして、いのりちゃん?」
「優しくて頭もいいけど、完璧すぎてちょっと近寄りがたいから」
「ああー、それはあるかもー」
憧れはあるけど近寄りがたい。二人の感想は小坂の調査中にもよく聞いたことだ。
「村上先生とか風紀委員の人たちがあんなことになったから、大変なんじゃないですか?」
春樹はさらに突っ込んで訊いた。
「大学受験そっちのけで頑張っているみたい。でも村上たちのアレって、小坂クンがやったって噂があるよね」
「そうなんですか?」
「聞きたい?」
あかりは目を輝かせている。
「ぜひ」
「村上と一緒にやられていた風紀委員って、生徒に手を出していたって噂がけっこうあったのよ」
勇が顔を強ばらせたことに気づいたが、申し訳ないと思いつつ続きを聞いた。
「それを知った小坂クンが制裁したって。ほら、彼って武術もすごいらしいし」
「なるほど……」
「でも、そのせいで風紀委員はかなり人が少なくなったみたいだし」
「委員の補充とかはしないのですか?」
「どうだろ? 委員は希望者や推薦から担当教師が任命するのだけど、いまは村上がいないからね。小坂クンが知り合いの男子に声をかけているみたいだけど、みんな断っているみたい」
「先輩たちは誘われなかったのですか?」
「あははー、ないない。そもそも委員会とか面倒なことって女子はやらなくていいんだよ?」
「え?」
あかりにいわれて思い返してみると、確かに委員会はメンバーのほとんどが男子だ。そんなものかと思っていたが、よくよく考えてみるとジェンダーフリーを掲げるこの学園で、それは少し変だ。そのことは気になったが、春樹は話しを続けた。
「風紀委員以外でこの学園でなにかやばいことってありますか?」
「やばいこと?」
「酷いイジメとかパワハラみたいなのとか」
「ないない、この学園って中学のとき問題児だった子も入学しているみたいだけど、みんな大人しいものよ。服装を逆にしているのが効果あるのかな?」
あかりは笑いながら答えた。
「いやー、実は俺も中学のときは結構やんちゃだったんすよー」
智也が戯けた口調でいった。
「あはは、片桐ちゃんはそんな感じだね」
「もちろん今はクラス一の真面目くんだけどネッ」
「あはは」
智也の軽口にみんな笑う。
その後も会話自体は盛り上がったが、とくに新しい情報はなく、そろそろ陽が傾いてきたころに解散になった。
「春樹、勇、今夜は帰らないかもしれないぜー」
智也はそういって学食を出て行く三年生を追った。
「勇くん、付き合わせてごめんね」
「あはは、ちょっとビックリしたけど楽しかったよ」
謝る春樹に勇は笑顔で答える。最初は緊張していた勇だったが、いのりとは話しが合ったようで、後半は二人で盛り上がっていた。元々姉妹に囲まれて育った勇は、男子より女子との会話のほうが得意そうだった。
勇は先に帰り、春樹は由良と学食に残った。
「どうだった? 小坂さんはやっぱり怪しい?」
周りに人がいないのを確認してから由良が訊いてきた。
「それは何ともいえないけど……」
「ん? どうしたの?」
「少し気になることがあって」
「なに?」
「あかりさんが話しの中で委員会とか面倒なことは全部男子がやっているっていってたけど、思い返してみると確かにそうだなって。委員長は全員男子だし、知っている限り生徒会や各委員全部集めても女子は一人か二人だったと思う」
「……そういえばそうね」
由良も思い返しながら答えた。
「委員も委員長も教師から指名されているらしいけど、ジェンダーフリーを掲げるこの学園が、それは絶対におかしいですよ」
「そうね。ジェンダーフリーといっても女子優遇的なこの学園の風紀を考えたら、むしろ委員長は全員女子でもおかしくないわね」
「本当にこの学園はジェンダーフリーなのか……もっといえば女性の権利向上を考えているのかな?」
「……ん、いい視点ね。わたしも気づかなかったわ」
由良は微笑む。
「なにか少し、この学園の裏の顔が見えた気がします」
春樹は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
その日の深夜。小坂は校舎に侵入していた。
「おやおや、優等生がこんな時間になにをやっているのかなー?」
「だれ?」
小坂は声のした廊下の奥に懐中電灯を向けた。そこには青いレオタードに赤のタイツと長手袋、そして覆面姿の不審人物が腕を組んで立っていた。
「学園の治安を守る、スバラシーマンだ」
変声機越しの声でスバラシーマンは答えた。
「夜の学園に不審人物が現れるって噂は聞いていたけど、キミだね?」
「風紀委員長小坂よ。お前が生徒指導室を襲撃した一味のリーダーだな?」
「一味? なんのこと?」
「白々しい。男女の手下を使ったのだろう」
「いっている意味はわからないけど、とにかくキミの正体は暴かせてもらうよ」
先に仕掛けたのは小坂だった。一気に間合いを詰めて鋭い突きを放つ。
「ふんっ」
小坂の拳は気合いと共に胸で受け止められた。恐るべき耐久力だ。
「次はこちらの番だ」
スバラシーマンは小坂の腕を掴んで振り回した。背丈は変わらぬ二人だが、パワーではスバラシーマンが圧倒していた。半回転から壁に向かって投げられる小坂。しかし、その身体能力の高さでクルリと回転して壁に着地をした。
「さすが、学園最強と噂の小坂だな」
体勢を立て直す小坂を、スバラシーマンは余裕の態度で見ていた。
「キミもやるね。どこか運動部の人かな?」
小坂は構えをとったまま、ジリジリとスバラシーマンとの距離を詰める。
「あんたが知る必要はない」
今度はスバラシーマンが仕掛けた。小坂に向けて低い位置からのタックル。小坂はその顔に向けて蹴りを放つ。それを予測していたのか、スバラシーマンは体を横にずらしてよけて、小坂の腰を掴もうとする。小坂はさらにヒジを振り下ろして迎え撃つ。だが、それも予測していたのかあっさりとよけて後ろに回られた。
最初の一撃を真っ正面から受け止められて、パワーアンドタフネスな相手だと思っていたが、それはブラフだった。スバラシーマンは体術でも実力者だったのだ。
スバラシーマンは小坂の後ろに回ると、ガッチリとへその前で両手を掴んで小坂をホールドした。
「なっ」
小坂は腕を外そうとするが、ビクともしない。
「くらえっ!」
スバラシーマンは小坂を持ち上げると、そのまま後ろに落とした。両手で後頭部は庇ったものの、その衝撃で脳しんとうをおこす。
スバラシーマンはうずくまる小坂の首と腰を持って逆さに持ち上げる。
「とどめだ!」
そして、そのまま後ろに倒れた。
「うぐっ」
背中を床に打ちつけられて、小坂は意識を失った。
「そんな……」
翌朝、由良に呼び出されて駆けつけた教室の状況を見て、春樹は呆然とした。小坂は女性の下着姿で教室にはり付けにされていたのだ。
「誰がこんなことを……」
助けようとする春樹の腕を由良が掴んだ。
「由良さん?」
「ダメよ。救出は他の人に任せなさい。一年生のわたしたちが出しゃばるのは不自然だから」
「そう、ですね……」
固く結ばれていたロープがようやく外されて小坂は運ばれていく。
抱えられた小坂が二人の横を通るとき。
「うぅ……生活指導……戸棚のうえ……」
小坂はうっすらと開いた目で春樹を見てつぶやいた。
「どうする? 春樹くん」
自分たちの教室に戻る途中、由良は訊いた。
「今夜、取りに行こう」
「ん、いいよ」
その日は小坂の話題で持ちきりだった。男女問わず人気者だったということもあるし、村上たちを倒したのは小坂だと思っていた生徒も多かったからだ。その小坂を倒したのは誰だと話題になっていたが、お昼ごろになると犯人は夜に現れると噂の全身タイツ男だということで落ち着いていた。戦ったことのある春樹もそう思った。ただ、その正体は小坂を疑っていたから、実際の犯人が誰かまではわからなかった。
夜。そろそろ部活動で残っていた生徒も帰った時間。春樹と由良はいつもの変装姿で生徒指導室にいた。すっかり人の少なくなった風紀委員はこの時間にはもういなくなっていたので、侵入は容易かった。暗闇でペンライトを頼りに戸棚の上を調べていると、なにか平べったいものを見つけた。
「由良さん、これ」
「……たぶん、小坂さんが集めたなにかの情報だと思うわ」
それは透明のケース入ったDVDだった。表面にはなにも書かれていない。
パチッ。いきなり電灯がついた。
「ふーふっふっふっふ」
振り向くとスバラシーマンが奇妙な笑い声をあげていた。
「なーにをやっている?」
「でたわね、変態男」
「お前らのボスは倒したぞ。もう諦めろ」
「ボス? やっぱり小坂さんを倒したのはキミか」
「そうよ、俺様よ。そしてお前らも倒してその正体を暴いてやる」
いうやいなや、スバラシーマンは一気に間合いを詰めてきた。
「やあっ」
由良は回し蹴りでその頭を狙った。だが、寸前で体を止めて蹴りをやり過ごす。由良は素早く特殊警棒を取り出して突き出したが、スバラシーマンはバックステップでそれをかわした。
「ちぃ」
「知っているぞ。スタンガンを内蔵しているのだろ?」
「村上たちから聞いたのね」
「ふっふっふー」
不敵に笑うスバラシーマン。
「ユー、僕が」
春樹は由良とスバラシーマンの間に割って入った。
「ハル……ん、わかった、任せるわ。手強いから気をつけて」
「はいっ」
暗い室内。対峙する二人の男。一人はやや細身で中背。女子生徒の制服を着て、顔には目の部分を隠す白い仮面。
もう一人は背が高く青のレオタードに赤いタイツと長手袋。顔も目の部分以外は赤いマスクで隠している。
「いくぞっ!」
先に動いたのはスバラシーマン。春樹の体を掴みかかる。春樹は半身に構えた姿勢から、流れるようにスバラシーマンの手をよけると、掌打をその胸に当てようとした。
見た目とは違い、体内の気を集めて放つ強烈な打撃だ。それを知ってか、タフネスを誇るスバラシーマンはサイドステップで春樹の掌打をよけた。そして、中腰のレスリングスタイルで構える。
「細い体から放つ打撃。巨体の村上も吹き飛ばしたらしいな」
スバラシーマンは変声機で変えた声でいった。どうやら風紀委員たちとの戦いのことは総て調べられているようだ。
「どうして……どうして小坂さんをあんな目に?」
春樹は悲痛な声で訊いた。
「この学園を変えようとしたからだ」
「間違った部分を変えるのなら、いいことじゃないですかっ」
「ふん、それを決めるのは小坂やお前らじゃないっ!」
再びスバラシーマンが向かってきた。一直線に春樹との間合いを詰める。春樹はカウンターでスバラシーマンの頭部に掌打を放つ。スバラシーマンは頭をよけて、左肩で打撃を受ける。ゴキッと肩が外れた音と同時に、右手で春樹の腰を制服ごと掴んだ。
「クッ」
万力のような握力。春樹の力では外せない。スバラシーマンは左肩を回して脱臼した骨を入れると、痛みを気にせず春樹の胸ぐらをつかんで持って持ち上げた。
「ハルッ!」
由良は思わず叫んだ。しかし助けには動かない。まだ春樹を信じているのだ。
「終わりだっ!」
スバラシーマンは春樹を床に投げ落とす……が、春樹は足でスバラシーマンの痛めた左肩を蹴った。さしものスバラシーマンも痛みで左手を離すと、春樹は体を回転させて右手を振り払い華麗に床に着地する。
そして、まだ体勢の崩れているスバラシーマンの懐に飛び込んだ。
「ヤアッ!」
春樹の掌打がその胸に入った。
「ふんむっ」
スバラシーマンは全身に力を込めて耐える。そこに春樹は追い打ちをかける。
「蒼馬神拳奥義! 重ね茶臼ッ!」
両手を上下に突き出して、胸と腹に掌打を当てた。
「ぐぅっ」
気合いを入れて耐えるスバラシーマン。だが、人を吹き飛ばす威力のある掌打のダブルアタックにはさすがに耐えられず、その場に膝を落とした。
「タフな奴ね」
由良は呆れた声でいう。とはいえ、もうスバラシーマンには立ち上がる力はないようだ。
「そのマスク、取らせてもらうよ」
春樹は一気にマスクを剥いだ。
「え? 智也くん!」
春樹は思わず声音を変えず、素の声で叫んだ。
そう、スバラシーマンの正体は春樹のルームメイト、片桐智也だった。
「その声、もしかして春樹か?」
春樹は仮面を取った。その顔は悲しみに満ちている。
「ってことは、そっちの女子は兼高さんか」
由良も仮面を取った。
「……はは、そりゃそうか。この学園を変えようとするなんて、お前らみたいな転校生だけだよな」
「どうして……どうして智也くんが?」
しばし無言だったが、智也は諦めた顔で話し始めた。
「初めて会ったときさ、俺がこの学園に来た理由を話しただろ?」
「うん……」
「あれさ、本当はちょっと違うんだ。中学のときに荒れていたのは本当だ。でもケンカで相手に怪我をさせたってのはウソだ。本当は一方的にやられて病院送りになったのは俺のほうだ。ハハ」
智也は空笑いをする。
「両親が泣いたから心を入れ替えたってのもウソだ。親はとっくに俺に呆れていて、関わり合いたくないから全寮制のこの学園に入れられた。ケンカに負けて不良仲間に見下されていた俺は、逃げるようにここに来たのさ」
「智也くん……」
「そんな俺に親より優しくしてくれて、強くしてくれた人がいた。俺はその人に命令されて、この学園を守るために敵を……小坂さんを倒したんだ」
「そうだったのですか……」
「それって誰?」
由良は鋭い声で訊いた。
「それはいえない……」
「片桐くん」
追及しようとする由良を春樹は手をあげて止めた。
「智也くん、僕はね、ここに来るまで周りはほとんど大人という環境で育ったんだ。尊敬出来る人は沢山いたけど、友達と呼べる人はいなかった」
「春樹……」
「だからね、ここに来て勇くんや智也くんと出会えて嬉しかった。だから僕は勇くんと、そして智也くんと一緒に、また笑顔でいられるようにしたい。そのためには、この学園に巣くう悪を倒さないといけないんだ」
春樹は優しく、それでいて力強い声でいった。
「智也くんにとっては恩人でも、学園にとって、勇くんや他の被害者にとっては悪なんだ。僕はこの学園の悪を倒すためにやってきた。だから智也くん、どうか教えて欲しい」
「春樹……でもあの人は、あの人だけはこんな俺に優しくしてくれたんだ」
春樹の言葉に揺れた智也だが、その忠誠心は高かった。
春樹も智也も言葉が続かない。二人の間に沈黙の空気が流れた。
「違うわよ」
その空気を破ったのは、凛とした由良の声だった。
「由良さん……」
「そいつはあなたを利用したの。本当にあなたのことを大切にしているのなら、あなたの大切な友達の花岡くんがあんな目に合って放っておくの? 村上たちがやっていたことは最初から知っていたはずでしょ?」
「それは……」
智也は初めて生活指導室に呼ばれるまで勇の被害を知らなかった。村上たちを手駒にしていた『あの人』が知らないはずがない。そんなことはわかっていた。
「小坂さんが真剣にこの学園を良くしようとしていたのは知っているでしょ? だからあなたを送り込んだのでしょ? 片桐くん、あなたはどうしたいの? あの人とやらの道具のままでいるの? それとも春樹くんや花岡くんと笑顔でいたいの?」
由良の揺るぎない言葉は、春樹の優しい言葉より智也の心に突き刺さった。
「……そうだな。春樹、こりゃあ将来苦労するぞ」
「え? は、はあ」
「……ははは。春樹は変わらないな。いいよ、教えてやる。俺の恩人で、村上たち支配し、そして潰した人物。それは」
「それは?」
「……学園長だ」
「学園長が!?」
春樹は由良と顔を見合わせる。そして頷き合った。
「智也くん、ありがとう。智也くんならすぐに体力を回復できると思うから、しばらく横になっていて」
「おい、まさかいまから行くんじゃないだろうな? やめろ、あの人は俺の千倍は強いんだぞ!」
「大丈夫、証拠を手に入れるだけだから」
春樹は笑顔で答える。それを見て智也はふぅっとため息をもらした。
「参ったな……春樹、学園長の部屋にある机の一番下の引き出しに、たぶん、お前らの探している資料があるはずだ」
「ありがとう、智也くん」
二人は智也を置いて、学園長室へ向かった。
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