第5話 覆面の敵

 もしかして暴走があるかもと思っていた風紀委員と村上だが、それとわかるくらい大人しくなっていた。村上は立場上、一応は生徒に注意をすることはあるが、以前のように怒鳴ることはなかった。

 風紀委員も表面上は持ち物や服装のチェックはしているが、口頭で注意するだけで、これも以前のような乱暴やセクハラまがいのことはなくなっていた。あのメガネの風紀委員は、勇を見つけると懲りずにちょっかいをかけにきた。

 しかし。

「いい加減にしてくださいっ!」

 勇の大きな声に驚いて、逃げるように去って行った。風紀委員が倒されたことは知らないはずだ。それでも勇は強くなろうとしていた。

「勇、お前なんだか強くなったな」

 智也はウンウンと感慨深げに何度もうなずく。

「あはは、なんだかお父さんみたいな言い方」

 勇は笑った答えた。


 こうして数日は平和に過ぎた。しかし、その日の朝。まだ登校時間には早く、智也はまだ眠っていたので、春樹は寮の食堂で勇と一緒に朝食をとっていた。

「槌谷さん、槌谷春樹さんはいる?」

 寮母が学食にやってきて春樹を呼んだ。

「はい、僕ですが」

 春樹は立ち上がって答える。

「一年生の兼高由良くんが玄関に来ていて、急用だからっていわれたのだけど、あなたたち、まさか付き合ってないでしょうね?」

「も、もちろんですよ。ただ転校日が近かったので、色々と相談にのってもらっているだけです」

 春樹は適当に誤魔化して玄関に向かった。玄関には制服姿の由良が慌てた様子で待っていた。

「由良さん、なにかあったの?」

「村上たちがやられたわ。急いで登校の準備をして」

「は、はい」

 急いで準備をして由良と一緒に登校すると、そのままグラウンドに向かった。

「これは……ひどい……」

 何人かの生徒や教師が見守る中、春樹はそれを見て愕然とした。村上と乱暴に係わっていた風紀委員が全員、まるでダンプカーにはねられたかのようにボロボロになって転がっていた。

「いったい誰が……」

「わからないわ。でも、まだこの学園には何かあるわね」

 村上たちは救急車で運ばれていったが、全員がただの事故だと証言していた。

 その日の夜。春樹は夕食後すぐに寮を抜けると、校舎の裏で由良と会った。春樹も由良も制服姿のままだ。

「村上も風紀委員も頑なに運動中の事故だといっているみたい」

「僕も調べられる限り調べましたが、なにも情報はありません……」

「あの状況。あれって明らかに誰かにやられていたよね?」

「うん。僕もそう思う」

「ねえ、これから生活指導室を調べてみない?」

「え? 生活指導室を?」

「なにか見逃しがあるかもしれないから」

「いいよ。一応仮面は持ってきているし」

「わたしも」

 そういって由良は制服を脱ぎだした。

「ゆ、由良さんっ」

 春樹は慌てて手で目を隠す。

「バカ、ちゃんと中にタイツを着ているわよ」

「そ、そうですか」

 春樹が恐る恐る見ると、すでに由良はタイツ姿になっていた。

「ハル、早くいこう」

「うん」

 二人は校舎に入ろうと入り口のある表側に移動した。

 ……と、その時。

「キミたちがこの学園を探っている奴らだな?」

 変声機で何者かわからぬ声が聞こえた。

「誰?」

「あそこです」

 春樹は校舎の二階を指さす。その人物は二階の教室の窓際にいたが、おもむろに窓から飛び出すと、クルリと回って着地してポーズ決めた。全身を青と赤のぴっちりとした衣装で包み、顔も目だけ空いた赤色のぴっちりとしたマスクをしている。

「スパイダーマンみたいですね」

「全身タイツ……違う、レオタードだわ。変態よ、アレ」

 その人物は青のレオタードに赤のタイツと長手袋をしていた。ただ、体のラインがハッキリとわかるその衣装は細身ながら背が高く筋肉質な胸元と、こんもりと盛り上がった股間から、その人物が男性だとわかった。

「誰が変態だ誰が。キミも似たような格好じゃないか」

「わたしは女の子だからいいのよ。まったく、あんたはいったい何者?」

「キミたちこそ何者だ? この学園の秩序を乱すのは、このスバラシーマンが許さないぞ」

「その名前、いま考えたわね。しかも微妙にスパイダーマンに寄せているのがむかつく。ハル、やっちゃいましょう」

「そんな、善か悪かもわからないのに」

「悪よ。あんな変態な格好をしているのは変態に決まっているわ」

「ゆ、ユゥ、そんな無茶苦茶な」

「ワタシを無視して痴話げんかはやめろ。とにかくキミたちを捕まえて正体を暴いてやる」

 レオタード男はそういうと、二人に向かってきた。

「来たわよ!」

 迫るレオタード男ことスバラシーマンに、由良は特殊警棒を取り出して迎え撃った。

「やあっ!」

 由良の攻撃。しかし特殊警棒の鋭い攻撃はヒラヒラと簡単にかわされた。

そしてスバラシーマンの拳が由良の胸元に伸びる。

「ハッ」

 拳が当たる瞬間、由良は後ろに飛んでギリギリかわした。

「ハル、こいつ変態なのに結構強いよ」

「う、うん。ユゥは下がって」

 春樹は由良を庇うように前に出た。

「え? ハル……」

 自分を守ろうとする春樹に由良は驚き、そして微笑む。

「うん、任せたわ」

 風紀委員たちとは違う強敵に、春樹は武術の構えをとった。手のひらを伸ばし左前に構えると、重心を低くした。足はつま先立ちのいわゆる猫足立ちで、あらゆる方向に素早く動ける。

「ほう、少しはやるようだな」

 スバラシーマンは春樹の構えを見ても余裕の声だ。

「あなたが何者かわかりませんが、いきます!」

 春樹は間合いを詰めて右の掌打を繰り出す。スバラシーマンは回転しながらそれをよけて裏拳を放った。拳が当たる瞬間、春樹は側転気味によけつつ相手の顔に蹴りを放つ。スバラシーマンはその足を掴むと、ハンマー投げのようにぐるりと回って投げた。

 予想以上のパワーで投げ飛ばされた春樹は地面に当たる瞬間、なんとか受け身をとった。素早く立ち上がると、再び構えをとる。

「フフフ、面白くなってきた」

 スバラシーマンはゆっくりと近づいてくる。空手ともプロレスともつかない相手の武術だが、その実力は本物だ。

「クッ」

 春樹の頬に一筋の汗が流れる。再びぶつかり合う、そう思った瞬間。

「誰ぇ? 誰かいるのぉ?」

 聞き覚えのある声が聞こえた。担任の野村だ。

「チッ、キミたち、怪我をしたくなかったらこれ以上余計なことはするなよ」

スバラシーマンは去っていった。

「ハル、わたしたちも行こう」

「はい」

 二人もその場から逃げて、誰もいない校舎裏までやってきた。

「とんでもない変態が現れたわね」

「ええ、でも、もしかしたら……」

「ハル、誰だかわかるの?」

「確証があるわけじゃないけど、あの背丈、それに武術の腕前。村上先生と風紀委員が倒されたこのタイミング」

「ああ、小坂さんね」

「うん。でも、あの人があんな格好するとは思えないけどね……」

「人の裏の顔なんてわからないものよ。ハルのルームメイトだって、ハルが文部科学省の諜報員だなんて想像もしていないでしょ?」

「そうだね……ユゥ、もし仮に小坂さんがさっきの男の正体だったとして、あの行動の理由はいったいどうしてだと思う?」

「……ハルはどう思うの?」

 由良は質問で返したが、春樹はそれを素直に受け止める。由良が自分を鍛えるためにことあるごとに考えさせていることに気づいていたからだ。

「小坂さんの改革かな」

「どういうこと?」

「もともと評判の悪かった村上先生や風紀委員を排除して、それを倒した僕らも排除して、新しい学園の秩序を作るつもりとか」

「どうして学生の一人である小坂さんがそんなことを?」

「本気でジェンダーフリーのことを考えているからです。だからこの学園を変えようとして、あんな行動をしているのだと思います」

「そっか……まあ、それはそれとして、あの変態は倒しましょう。また邪魔されても面倒だし」

「ゆ、由良さぁん……」

 困り顔の春樹に、由良は真剣な目を向ける。

「いい、ハル。いくら正義や信念のための行動だからって、やっていいことと悪いこと。見過ごしていいことと悪いことはあるわ。もしさっきの変態の正体が小坂さんだとしたら、彼は生活指導室でのことを知っていたことになる。強い影響力を持つのに知っていて黙認していた。わたしは、それは悪だと思うわ」

「……そう、ですね」

 小坂を憎めない春樹でも、それは認めざるを得ない。

「とにかく小坂さんを含めて調べてみましょう。いい? わたしたちの正体がばれないようにしないと危険よ。村上たちを病院送りにしたのは、さっきの変態かもしれないんだからね」

「そうだね」

「じゃあ寮に戻ろ」

「はい」

 変装を解いて春樹は寮へ戻ろうとする。

「……あ、春樹くん」

 由良が呼び止めた。

「はい?」

「さっきわたしを守ってくれたの、ちょっとかっこよかったよ」

 そういって由良は微笑む。

「え? いえ、そんな」

「ふふふ、女の子を守るのは当然だから、ピンとこないかな?」

「はい、うん」

「そういうのって、やっぱりちょっとキュンとするね」

「そ、そうですか?」

 さすがの春樹も照れて顔が熱くなる。だが、由良は笑顔から真面目な顔に変わる。

「でもここは男女平等のジェンダー学園。わたしも春樹くんと同じくらい戦えるっていうことを忘れないでね」

「そう、ですね……すみません」

「ふふふ、じゃあね」

 由良は笑顔に戻ると、ウィンクをして去っていった。

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