第4話 打倒! 風紀委員会
放課後の廊下。まだ部活の生徒が沢山残っている。勇は白い柔らかそうな肌を両手で隠しながら、涙を浮かべている。
「おねがいします、服を、服を返してください」
誰かが来たらと思うと怖くて大きな声が出せない。
「お願いします、お願いしますっ」
小さくドアを叩いても、鍵をかけられたドアは開く様子はない。
「ハハハハ」
代わりに中からは、焦る勇を笑う声が聞こえた。
「どうしよぅ……」
涙の浮かんだ目をこすりながら、勇は周りを見渡す。こんな姿を誰かに見られたら……。きっと学園中の笑いものになる。いくら風紀委員にやられたと訴えても、自分がふざけてやったことにされる。
教師すら村上に逆らわれないと信じている勇は絶望していた。
遠くから女子生徒の笑い声が聞こえる。勇は声とは逆にほうへと走って行った。
「……勇くん遅いね」
春樹は珍しく早く寮に戻ってきていた智也と勇を待っていた。すっかり夜になったのに勇は寮に戻って来る様子がない。
「春樹、勇を探しに行かないか?」
「そうだね、いこう」
二人は寮を抜け出して校舎に向かった。二人とも最初に生活指導室に向かったが、ドアの鍵は閉まっており、中に人の気配もなかった。
「変だな」
「僕は学食にいってみます。智也くんは教室を」
「わかった」
二人は手分けして勇を探す。学食、保健室、さまざまな教室。校舎では見つからず校庭を調べていると、微かなすすり泣きが聞こえた。声のもとにいくと、ようやく勇を見つけた。全裸で草陰に隠れて泣いている。
「勇くん!」
春樹は駆け寄り上着をかけた。
「グスッ……は、春樹くん……」
「風紀委員にやられたのですね?」
「……」
「ごめん、余計なことは訊かないよ。ほら、一緒に帰ろう」
「……うん」
寮の部屋に戻ると、間もなく智也も戻って来た。
「なあ春樹、ちょっと部屋を出ていてくれるか?」
「どうして?」
「ほら、これでも一応、俺のほうが付き合い長いからさ」
「……うん。お願い。僕はちょっと外で頭を冷やしてくるよ」
二人を残して寮を出ると、春樹はすっかり人のいなくなった校舎に戻っていった。
すっかり人のいなくなった校舎を一人歩いた。春樹は妙に冷静だった。怒りが臨界点を超えてしまって麻痺しているのかもしれない。ただ、だからといって風紀委員や職員室に突撃するほど自分を見失っていなかった。
きっと普通の学生生活なら激しい行動をしていただろう。諜報員であることが、春樹をギリギリのところで抑えていた。
どこにもぶつけようのない気持ちを抱えたまま校舎裏にきた。勇が隠れていたあたりだ。誰もいないと思っていたその場所に人影があった。
「春樹くん」
制服姿の由良だ。
「由良さん……どうして?」
「散歩よ。夜が好きっていったじゃない」
「そうですか……勇くんのこと、もう知っているんだね」
「へえ、冷静じゃない」
由良は感心した顔をする。
「……由良さん、ごめん、僕はもう我慢できそうにない」
涙ぐむ春樹。由良の姿を見て、感情が抑えられなくなっていたのだ。
そんな春樹をしばらく見つめると、由良はフッと表情を崩した。
「ふふふ、諜報員なんだから目立つことは本当はダメなんだけど……やっちゃおうか」
「え? 由良さん!」
意外な言葉に驚きの声を上げる。由良のほうはイタズラっぽく笑っていた。
「生活指導室に悪事の記録があると思うし、いつかは調べないといけないと思っていたから、どうせならスカッとしたいじゃない」
「由良さん……ありがとう!」
春樹はキリッとした表情に変わり、生活指導室のあるほうへ顔を向ける。
「落ち着いて春樹くん、いますぐ乗り込むってわけじゃないよ」
「あ、はい、そうですね」
「乗り込むタイミングはわたしが決めるわ。その時はまたここに集合ね」
「はい!」
由良の協力も得られることになり、春樹は心が少し落ち着いて妙な力が湧くのを感じた。
春樹が寮に戻ると、勇はすでに泣き止んでいて、ぎこちなかったが笑顔も見せてくれた。春樹は目で智也にお礼をいうと、智也はウィンクで返事をした。
勇の制服は風紀委員から預かったという一年生が持ってきてくれた。春樹はその一年生と少し話しをしたが、特に事情は知らないようだった。
お風呂に入り、食事をとったころにはすっかり落ち着いたのか、勇はなにがあったのか簡単に教えてくれた。
「おいおい、俺らのことなんて気にすんなって」
「うん、そうだよ。もしなにかあったらすぐに逃げて、僕らにところに来て欲しい」
「お、春樹、いいこというな。勇、なにかあったら俺らに相談しろよ?」
優しい二人に、勇はなんどもお礼を言った。
「そっか……そうだね、ぼくも強く……本当の意味で強くなりたい」
そして勇は自分に言い聞かせるようにつぶやく。二人のために、そう思って耐えたことは、結局二人を傷つけることになった。
腕力だけが強さじゃない。闘争心だけが強さじゃない。誰かに頼ること。誰かに助けを求めることだって強さだ。それを知った勇は、本当の意味でもっと強くなろう。そう心に誓うのだった。
翌朝。
「ふぁ~あ。勇、今日は一緒に休まねーか?」
智也はいかにも眠そうな顔でいった。
「う、うん。僕も一緒に休もうかな」
すぐに春樹もその提案にのる。智也の心遣いがうれしかった。
「あはは、二人ともありがとう。でもぼくは大丈夫だよ。ね、だから智也くん、早く準備して」
「ちぇー、せっかくサボろうと思ったのにー」
「あはは」
勇は笑い声をあげる。きっと無理をしているのだろうと思ったけど、春樹は勇の気持ちを優先して一緒に登校した。その足が、校門が見える場所で止まる。今日も風紀委員が服装と荷物の検査をしていた。
春樹たち三人は素知らぬ顔で通り過ぎようとしたが、案の定、呼び止められた。
「待てよ」
メガネの風紀委員だ。ニヤニヤと勇を見ている。
「お前、裸で校舎をうろついていたって噂があるぞ。心当たりは?」
「……ありません」
勇はうつむきながら、それでもしっかりと答えた。恐怖なのか怒りなのか、握った拳が震えている。
「はぁ? なんだその口の利き方は?」
鋭い風紀委員の声。勇は……助けを求める視線を春樹に送った。春樹は軽くうなずくと勇の手を握った。
「なにかいいたいことがあるなら、小坂さんを呼んでください」
春樹はメガネを睨みながらいった。
「チッ、別にねえよ」
メガネは苛ついた顔を見せて背を向けた。春樹が小坂と面識があるのを覚えていたのだ。
「さあ行こう」
春樹は勇の手をひっぱり校舎へ向かう。
「ありがとう、春樹くん」
お礼を言った勇だが、以前のように涙は浮かべていない。少し強くなっていた。それが春樹にはうれしかった。
教室の席に着くと隣の由良が話しかけてきた。
「春樹くん」
「はい」
「今夜、いい?」
「……もちろんです」
春樹の目が鋭くなる。
「ん、いい顔ね。でもちょっと肩の力を抜きなさい」
「は、はい」
春樹はふぅと息を吐いた。もう少し日数がかかると思っていたが、由良の準備は思ったよりずっと早かった。
そして夜。生徒はほとんど帰ったが、風紀委員と村上が生活指導室に残っているのは確認済みだ。春樹は女子の制服に由良にもらった仮面。カツラは脱いでいる。由良はいつもの仮面とタイツ姿。
「由良さん」
「活動時は名前を伏せなさい、ハル」
「ハル……じゃあ、ユゥでいいかな?」
「いいわよ」
「ユゥ、生活指導室にはどうやって侵入するの?」
「ふふ、そんなの決まっているじゃない」
「え?」
「正面突破よ」
「はいっ」
二人はわずかに残っている生徒や教師に注意しながら生活指導室がある廊下の角までやってきた。廊下には風紀委員が二人、見張りとして立っている。二人は無言でうなずき合うと、並んで生活指導室に向かう。
「ん? なんだお前ら、その変な格好は?」
見張りはいきなり現れた不審な仮面の男女を見て驚いている。
「ハル、やりなさい」
「はい」
すっかり手下のように返事をして、春樹は素早く二人に向かっていく。
「ハッ! ハイッ!」
二人は構える間もなく春樹の打撃を受けて、その場でうずくまった。
「やるじゃない。腕前は相当なようね」
「ありがとうございます」
「さあ、中に入るわよ」
「はいっ」
春樹は一気にドアを開ける。そしてズカズカと中に入っていった。中には村上を筆頭に、五人の風紀委員が酒盛りをしていた。あのメガネの風紀委員もいるが、委員長の小坂はいなかった。
テーブルには半裸の美少年が女体盛りならぬ男体盛りにされていた。勇もこんな目に合っていたのだと思うと、春樹の怒りは更に増した。
「なんだおまえら?」
村上は二人を睨みつけた。なかなかの迫力だ。
「ふぅ……未成年飲酒に未成年へのわいせつ行為。とんだ悪党ね、村上先生」
由良はため息混じりにいうと、右手をシュッと振るう。その手には特殊警棒が握られていた。
「成敗……いたしますっ!」
先に春樹が突っ込んだ。立ち上がった手前の風紀委員の胸に掌打を叩き込むと、相手はまるでタックルされたように吹き飛んだ。すぐ隣の男子生徒にも掌打を当てると、同じように吹き飛ぶ。
「な、クソッ、なめるな!」
メガネの風紀委員が春樹に掴みかかる。春樹はその手をかわして掌打で顎を突き上げた。メガネの風紀委員は空中に浮かんだあと、地面に落ちていく。そして、ドサッと地面にぶつかる音とともに気絶した。
「やるじゃない。次はわたしね」
由良は唖然としている残りの風紀委員に向かった。
「こ、この野郎!」
風紀委員の一人が由良に殴りかかる。由良は特殊警棒をパンパンっとふるって肩と横顔を殴る。風紀委員はあえなく気絶した。
「野郎って失礼ね」
由良は倒した相手を見下ろしながらいった。
「野郎!」
最後の一人の風紀委員が由良につかみかかる。由良は特殊警棒でその手をパンッと叩くと、あまりの痛みに手を引っ込めた相手の胸に警棒の先を押しつける。そして手元のスイッチを押すと、バチンッと大きな音がして相手は崩れ落ちた。強力なスタンガンが装備されているのだ。
「だから、どうして野郎なのよっ!」
由良は気絶した相手に怒っていた。
「お、お前ら」
あっさりとやられた風紀委員の五人を見て、村上は青ざめた顔であとずさる。
「キミ、早く寮に帰りなさい」
「は、はいっ」
テーブルの上の半裸の男子生徒は、由良にそういわれると自分の制服を掴んで部屋から逃げていった。
「村上先生、あとはあなただけね」
由良はピッと特殊警棒の先を向ける。
「ま、待て、これは指導の一環で」
「こんな指導があるもんかっ!」
春樹は村上の胸に掌打を放つ。これは春樹が学んだ武術、蒼馬神拳の技で、体内で貯めた気を手の平に乗せて大きなダメージを与えることが出来る。先ほど風紀委員たちを飛ばしたものと同じ技だ。
「ゴフッ」
村上は飛ばされ壁に背中を打ちつけた。床に大の字に倒れたがまだ気絶はしていない。
「すごーい。村上先生、さすがに体力があるわね」
「ぐふっ、も、もう勘弁してくれ。俺は悪くないんだ。俺はみんなのことを思って」
「先生、わかってますって。先生は悪くない。悪いのはここね?」
由良はそういって特殊警棒の先を村上の股間に当てる。
「待て、それはフギィィィィッ!」
村上は口から泡を吹いて気絶した。春樹は思わず股間を手でおさえて内股になった。
「片付いたね」
「う、うん」
「たぶんパソコンになにかデータがあると思うから、それを調べましょう」
奥の机にあったパソコンを調べたが、それらしいデータは見つからない。すると、由良はどこからかUSBメモリを取り出してパソコンにつないだ。
「それは?」
「警察庁秘蔵の調査ソフトが入っているの。ほら、もう見つかった」
由良がパソコンを操作すると、隠されていたデータが出てきた。その一部を確認した二人は唖然とした。
「これは……花岡くんね」
「そうだね……」
「それに片桐くんまで……」
「智也くんまで……」
それは二人の卑猥な画像だった。二人以外にも多くの男子生徒が被害を受けていたらしく、動画や写真は無数にあった。
「バックアップされた形跡はないわね」
「そんなこともわかるんだ」
「まあね。それよりどうする? これを持ち出せば一網打尽に出来ると思うけど」
「……ごめん、僕は消したい」
由良はしばらく春樹を見つめると、フッと笑顔になった。
「ふふ、いいよ。ちょっと待ってね」
由良は撮影に使ったビデオカメラをパソコンに繋ぐと、少しなにかを操作してから春樹を見た。
「はい、このボタンを押せば全部消えるわ」
「ありがとうございます!」
春樹は喜びのあまり、由良を抱きしめた。
「ちょ、ちょっと!」
「ああ、ごめんなさい。つい嬉しくて」
「もう、いいから早く押しなさいって」
春樹は由良に指示されたボタンを押してしばらく待つと、総てのデータは消えた。
「本当にありがとうございます。僕は……僕は……」
「ちょっと、もういいから部屋を出るわよ」
「はいっ」
二人は気絶している男たちを残して部屋を出て行く。そして誰もいない校舎裏までやってきた。
「これで……終わったのかな?」
春樹は由良を見て訊いた。
「そうね。データを取られたと思っているでしょうから、風紀委員の横暴は収まると思うわ。でも……」
由良は険しい表情になり、なにかを考えている。
「まだ、なにかあるの?」
「ううん、特に情報を掴んでいるとかではないの。ただ、わたしたちを派遣するほどの事件なのかなって」
「そんな、あれは酷い内容ですよ?」
「ええ、もちろんよ。あれは酷い人権侵害だわ。でも、あれって一人が勇気を出して告発すれば終わることだよ」
「それは……」
春樹は言葉に詰まる。確かに外から隔絶された学園とはいえ、被害を受けた生徒たちは、いずれは外に戻る。例えば勇の場合は本人の性格や奨学金のことがあるから我慢するかもしれないが、智也なら学園を出た瞬間に警察なりにいいそうだ。
「そんなことは、少なくとも村上はわかっていたはず。問題は、わかっていてどうして実行できたのか。外にバレないか、バレても隠蔽できるなにかがあるのか……」
「確かに由良さんのいうとおりですね。まだ何か、この学園には秘密があるのかも」
「春樹くん、もう少しこの学園を調査しましょう」
「うん。風紀委員の今後の動きも気になるしね」
村上と風紀委員を倒し、勇たちへの被害もこれでなくなると思ったものの、春樹の心には形のない不安が残った。
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