四 傷口が塞がっても、痕が残るのは、むしろ必然である

○ (らんぶの回想) 街の喧騒 

    制服のらんぶが、30代ぐらいの、頭髪の薄い男について

   歩く。

     XXX

    レストランで男と食事する無言のらんぶ。

     XXX

    男から、紙幣を受け取るらんぶ。


○ どこかの踏切 日替わり 夜 2月


    遮断機が鳴り響き、赤い点滅が繰り返す。

    電車が迫ってくる踏切。

    らんぶが、魂を捨てた顔で遮断棒の前に・・。

    そのまま遮断棒をくぐろうとする。

    電車が轟音とともに駆け抜ける。

ハル  「危ない!・・」

    らんぶの腕を掴んで、自分の体に引き寄せるハル。

    眉を釣上げ、怒り顔。

らんぶ 「・・・ハルちゃん・・」

ハル  「平気?」

らんぶ 「ハルちゃん・・」

    ハルに抱きつくらんぶ。

    その頬に涙の筋。

ハル  「らんぶ・・」

らんぶ 「・・・」

ハル  「生きてるのに、死ぬ権利なんて無いんだよ」

らんぶ 「・・・」

ハル  「生きる事しか選べないんだ」

    優しい顔で。


○ 晴心の部屋 その後


     座卓にお菓子が並べてある、晴心とハル、らんぶが囲う。

晴心  「この菓子、見た目が悪いけど・・着色したくないし・・」

    手にした菓子を見つつ。

ハル  「・・・」

らんぶ 「・・・」

晴心  「やっぱりコーヒー好きだよ、店にも置いたほうがいいな

    ・・」

    コーヒーカップを口に。

ハル  「KY・・空気を読め・・」

晴心  「・・難解だ・・空気が重くて・・」

    口いっぱいに菓子を頬張る。

ハル  「らんぶ・・・」

    らんぶに話しかける。

らんぶ 「うぅ・・」

ハル  「失くしたものが大きすぎるよね」

らんぶ 「虚しい・・苦しい・・」

    下をむいたまま。

ハル  「・・・らんぶ、猫好きだよね」

晴心  「マニマルセラピーか・・でも家、飼えないよ・・

    食べ物屋だし」

ハル  「・・・(晴心を見る)」

晴心  「・・俺、猫っぽくないし・・」

    両手を振る。

ハル  「どっちかってゆうと、たぬき・・」

    人差し指を立て。

らんぶ 「たぬきは・・クサそう・・」

    うつむいたまま首を振る。

晴心  「だから、ちゃんと風呂入ってるって・・」

ハル  「じゃ、嗅いでみたら」

    晴心の体に顔を近づけて。

らいぶ 「(クンクン)・・加齢臭はないみたい」

晴心  「この歳で、オヤジ臭かったらヤバイでしょ」

    自分で嗅いでみる。

ハル  「匂いはしないけど、雰囲気は・・」

晴心  「親父っぽい(泣き)・・」

らんぶ 「飼いたい・・たぬき・・」

    晴心を見て笑顔。

晴心  「・・・」

ハル  「そうだよ、なんでも出来るんだよ・・らんぶには・・」

らんぶ 「・・・」

晴心  「みんなだろ!、たぶん・・辛いことも色々あるだろう

    けど・・」

らんぶ 「・・」

晴心  「始めれるんだよ、いつだって!・・だろ」

らんぶ 「(うん)」

ハル  「・・・」

晴心  「あぁ~なんかワクワクしてきた」

    立ち上がる。見上げる二人。

ハル  「?」

晴心  「そうだ!スケート!スケートしようぜ!」

らんぶ 「!」


○ (点描)スケート場 その後


     滑る晴心、手を取って立っているのがやっとのハルと

    らんぶ。

     晴心が手を引いてすげるハル、転んでいるらんぶ。

     スケートをする人々のいろいろな姿。


○ ファミレス その後


    晴心、ハルとらんぶが、食事をする。

らんぶ 「あぁ、足首が痛いよ・・歩けない」

ハル  「私も・・寒いし、もうヤダ」

晴心  「母さんに迎えに来てもらうか?」

    電話する晴心。

晴心  「来てくれるって・・」

     XXX

    やってくる、のいんと蘭人と会う

のいん 「あ~ぁ、居た居た」

欄人  「・・・」

らんぶ 「欄人・・」

     晴心を押し座るのいんと欄人。

のいん 「迎えに来てくれたよ、らんぶちゃん」

欄人  「うん・・・」

晴心  「ちゃんと、言って来たんだよね?」

らんぶ 「・・・」

晴心  「黙って?」

ハル  「・・・」

らんぶ 「・・・」

のいん 「そうだよ、何も言わないで消えたらしい」

晴心  「でも、電話したって・・」

欄人  「・・帰ろ、姉ちゃん・・」

らんぶ 「・・・」

晴心  「帰れよ・・」

ハル  「冷たい・・」

のいん 「そうだよ、お兄ちゃん、冷血なの?」

晴心  「家族は一緒にいたほうがいい」

ハル  「そうだよ・・だけど・・らんぶは」

らんぶ 「・・・」

晴心  「お母さんが嫌いなのは仕方ないけど」

ハル  「お母さんが嫌いなんじゃない」

らんぶ 「本当のママが、忘れられてしまうのが嫌なの」

欄人  「忘れないよ、絶対」

のいん 「そうだよ」

晴心  「女の子は、父親が初恋なんだって・・つまり」

らんぶ 「えっ、私がやきもちだって言うの!」

ハル  「・・・」

晴心  「失くした悲しみと、盗られた悔しさ、両方だろうけど」

らんぶ 「・・・」

欄人  「僕は・・」

晴心  「替わりの恋人が・・」

のいん 「恋人!・・・」

晴心  「恋人って言うか、好きな人・・」

らんぶ 「じゃ・・私にも・・」

ハル  「そしたら、忘れられる?」

のいん 「そしたら・・誰か居ないの?」

らんぶ 「・・・」

ハル  「・・・」

晴心  「・・・」


○ 和菓子屋 店頭 日替わり 3月

    

    (朝)

    向かいに、プレハブの店が出来ている。

ニイノ 「さあ、仮の商店街がオープンするから、お客さんが

    戻るよ」

    店頭のガラスケース台に、桜餅を並べている。

    ハルと晴心が、ピンクののぼりを掲げる。

     XXX

    道路に流れる人々の点描。

    桜餅が次々と売れていく。

     XXX

    (夕方)

音   (サイレンが響く)

    黙礼するハルと晴心。

ハル  「・・・」

晴心  「・・・」

    二人が同時にスマホを取り出し、画面を見る。

晴心  「らんぶからだ!」

    (写真、黙礼するらんぶとその家族)

ハル  「落ち着いたみたいね」

晴心  「うまくやれるかな?」

ハル  「好くな人も居るみたい」

晴心  「・・・そんな話した?」

ハル  「女子トーク・・秘密のね」

晴心  「えっ!どんな奴?」

ハル  「ひみつって言ってるでしょ」

晴心  「・・・はぁ、どんな奴だろ・・」

ハル  「気になる?・・なら自分で聞けば」

晴心  「いや、どうせ俺の知らない奴だし・・」

ニイノの声「ねぇ!もう売り切れだから、閉めるよ!」

ハル  「は~い!」

晴心  「・・・」

ニイノの声「桜餅!残してあるから食べよう!」


○ 高校 教室 日替わり 4月


     教室の窓から見える桜の花。

     北風が、その花を舞い散らす遠望。

     晴心とはる、紗子が窓に立ち話す。

晴心  「学園アニメは大抵、桜が舞う新学期から始まるんだぜ」

紗子  「晴心って、アニメオタクだったんだ」

ハル  「桜キレイだね・・」

晴心  「俺もっといいところ知ってるぜ・・」

ハル  「・・・」

紗子  「どこ?」

晴心  「(あぁ)・・」

ハル  「ねぇ、初めて後悔したときって覚えてる?」

晴心  「・・・いつだろ?物心ついた時ってやつ?」

紗子  「初めて?私は、お年玉無駄使いかな・・・でもいつの間

    にか何時も何時もだよね」

晴心  「俺は、クレーンゲームで、親にお金を無駄に使わせた時、

    それから、何となく我慢する癖がついて」

ハル  「私は後悔したこと無い」

紗子  「後悔なんてしない方がいいけど・・この前、お団子

    食べ過ぎたって言ってなかったぁ?」

ハル  「あぁ、そうゆうのでなく、もっと深いので」

晴心  「たとえば?リセットしたい時とか」

ハル  「そうね、リセットしたい時のこと」

紗子  「・・・うぅ」

晴心  「・・・」

ハル  「映画で、過去に戻って、やり直せるって多いよね」

紗子  「ハルって映画オタクだった?」

ハル  「でも、記憶は消えちゃうんだよ・・ねぇ」

    晴心をにらんで。

晴心  「・・・」

    敬と栄治が、晴心の肩を叩く。

敬   「(ウググ)花・・・クシャン」」

栄治  「花粉症で、部活休むって」

晴心  「学園アニメみたいに、よく分からない部活に出たりして」

ハル  「映画だと、不治の病で死ぬね・・簡単に」

紗子  「で、リセット・・しちゃうんでしょ」

晴心  「現実は、リセットできない・・」

ハル  「・・・」

敬   「(ズルズル)ころ・・」

栄治  「殺すなって」


○ (晴心の夢) 


    ガラスの大きな箱、中に一人の少女。

    その少女が、箱の中で四つん這いで、うごめいている。

    晴心が、その中を覗こうとすると、ガラスにへばりつく少女。

少女  「出して・・ここから・・」

    ガラスに爪を立てる。

晴心  「出さない・・一生」

    少女の顔が、悪魔に変わる。

少女  「オオがぁ~」

    少女の顔がどす黒く燃え立つ。

    箱の中が曇ると、ガラスが粉砕し飛び散る。

    顔を腕で覆う晴心。


○ 高校 正門前 春 5月


    桜の花が咲く風景、「強歩大会」の横断幕。

    全校生徒が、順に動く出す。

    手をつなぎ歩き出す晴心とハル。

    


○ 国道沿いの果樹園 その後 5月


    果樹園の中に晴心の手を引っ張って来るハル。

    一本桜の下に着く。

    晴心を引き倒し、にらむ。

ハル  「覚えてるよね、あの時の記憶は消してないから」

    晴心は、頭を抱え唸りながら、ひざまずく。

     XXX

    しばらくすると、立ち上がり歩き出す。

    果樹の枝に頭をぶつけるが、無反応で歩き続ける。

    

○ 橋の歩道 その後 5月


    橋の歩道、前を歩く数人の男子生徒に、いつの間にか走って

   追いつく。

     橋の中央の展望スペースに、敬と英治が休んでいる。

     父兄などが、ペットボトルを渡している。

敬   「あれ、今年も追いついてるし・・また、おでこにこぶ!」

    晴心の顔を覗き込む。

栄治  「・・どうした晴心?」

    声をかけられても、無反応な晴心。

    光の消えた瞳。


○ ゴールの公園 その後 5月


    大型バスに乗る晴心、ハルが居ないのに誰も気づかない。

    敬と栄治、紗子がわいわいと話している。

    バスのガラスに映るのは、晴心の顔。


○ 高校 体育館裏 翌早朝 5月


    翌早朝、薄暗い中、高校の体育館裏。

    体育館の建物の基礎に通風口、柵を外し中に手を入れる晴心。

    取り出した保存容器、それを開け、取り出したスカーフ。

ハル  「ここに隠してたんだね」

    いつの間にか、現れて晴心の横に立つハル。

     XXX

     (晴心の夢)フラッシュバック

     ランドセルを背負ったハル。

     ハルの出した小指に、自分の小指を絡めた、あの約束。

ハル  「友達だよね、ウソはつかないって約束だよ」

晴心  「うん、ウソはつかない」

     XXX

晴心  「渡したくない・・」

ハル  「おとなしく、返して、無理やりはイヤ」

    手を差し出す。

晴心  「いつまでも一緒に居たいんだ、君との記憶のまま、においとかぬくもり、それと声も、何もかも失いたくない」

    スカーフを握った手を、後ろに隠す。

ハル  「私だって、楽しかった、クラスメイトの笑う顔や声、おじい

さんのお菓子の味、そうして晴心の笑顔。色々な現実の記憶。

でもそれも幻の記憶と同じ、消えるものなの」

晴心  「消えない記憶は・・、何か残せない?」

ハル  「写真も石に彫った文字も、記憶と同時に消える」

晴心  「せめて、あの場所の桜の樹の下で、年に1度でも良いから

会えない?」

ハル  「もし会えたとして、どうする?」

晴心  「・・・」

ハル  「あなた!、私だけを思って生きていけるわけ無いでしょ」

晴心  「・・・でも」

ハル  「それなら、桜を植えて、やがてあなたが導かれる場所に」

    そう言って、スカーフを首に巻く。

    ハルの体は浮き上がり、空に消えていった。

     XXX

    やがて稜線に登る太陽。

晴心  「こんなに残酷な記憶なら、消えても・・」

    涙を流す晴心。

     XXX

    我に返り、射し始めた陽の光に、眼を細める。

晴心  「なんで・・・オレここに?」


○ 廃工場 日替わり 


    晴心、敬と英治、光一と紗子。

光一  「帰れるんだ・・準備は・・・」

紗子  「お父さん仕事は?」

光一  「再開するんだ」

敬   「良かったな、でも学校は?」

光一  「通信課程で、続けるよ」

英治  「じゃ、引き続き同級生だな」

晴心  「・・・」

    ひとつ開いている椅子の前に立ち、手を伸ばす晴心。

晴心  「・・・」

紗子  「なに?誰かいるの?」

英治  「時空を超えて・・つながる」

敬   「新海誠の世界か!」

晴心  「・・・ハル」

紗子  「・・何?」

英治  「ヤバイんじゃね」

敬   「オイ、晴心!」

    敬が晴心の肩を揺らす。

晴心  「・・えぇ」

    足から崩れて、しゃがみ込む晴心。

    その頬につたわる水滴。


○ 海辺の浜 翌年 早春 3月 


    ある海辺、砂浜に単管やシートで出来た祭壇。

    花や飲み物など、たむけられている。

    祭壇に静かに手を合わせる晴心と誠一郎。

    持ってきた桜餅を包から出し置く。

    少女のハルと母親の遺影。

誠一郎 「君の好きだった桜餅だよ」

晴心  「さくらの葉の芯を取り食べていたのかな」

誠一郎 「わしの桜餅は芯取らなくても柔らかいけどな」

    晴心左手で鎖骨あたりを擦る。

誠一郎 「この写真の母親は、ニイノの親友だった、それと

    らんぶちゃんの母親も・・・三人は仲良しで・・

    その二人が死んしまった・・」

晴心  「それじゃ・・」

誠一郎 「三人とも同じ年に子供を授かって・・年に一度は

    会ってたな」

晴心  「覚えてない・・・」


○ 浜辺から見える高台の公園 その後 3月


    浜辺から見える高台の公園。

    大勢の人々が手に手にスコップを持って、桜の木を植えて

   いる。

    誠一郎と晴心、らんぶと光一も桜の木を植え、そこに札

   を縛り付ける。

    札に書いた言葉(約束通り、桜の木を植えます。晴心)

     XXX

    敬と栄治、紗子も合流する。

    海が赤く焼けて、遠くの漁火が消えてはまた光る。

    空はまだ青白い。

敬   「この海がな・・」

栄治  「穏やかなのに・・」

紗子  「きれいねぇ~」

光一  「信じられないな」

らんぶ 「なつかしい・・」

    並んだ六人の背景。

晴心の声「明日、この世界を見ることは出来るのだろうか?、

    だれもそんな不安を覚えてはいない。そして、この夕日を

    見る事無く、あどけない瞳のまま、記憶を止めて・・

    恐怖心を知らないうちに・・」



○ 国道沿いの果樹園 5月

 

    一本の八重桜木、その下に立つ晴心とらんぶ。

    白い蝶が、二人の前に舞って来て踊る。

らんぶ 「ここは死んだママのふるさと、この桜が大好きだった

    ・・・」

晴心  「ここは俺も大好き・・ここに引き寄せられて、遅咲きの

    桜と菜の花を見るのが、毎年・・」

らんぶ 「やっと来れた・・ちょうど咲く時に来れるのは、

    あなたが連れてきてくれたから・・ありがとう」

晴心  「毎年?来ていた気もするし、初めてのような気もする

    ・・」

らんぶ 「小さい時、ママに連れられて来た時、遭ってるかもね」

晴心  「逢った気もするし、初めてのような・・・」

らんぶ 「曖昧だね・・やばいよ、それ」

晴心  「やばい?」

らんぶ 「若年性痴呆・・」

晴心  「!・・そしたら・・」

らんぶ 「・・介護してあげようか」

晴心  「あぅ、・・・頼むね」

らんぶ 「うん!任せ・・・いいの?私で」

晴心  「・・・あの桜、もう咲いてるかな?」

らんぶ 「まだ小さい木だけど、咲いてると良いね」

晴心  「必ず・・時が来たら必ず咲くんだね」

らんぶ 「・・うん、そうね」

晴心  「もし俺達、普通に出会ってたら・・」

らんぶ 「普通?何それ?」

晴心  「当たり前に、自然に・・」

らんぶ 「自然じゃない・・だから?」

晴心  「好きになるのは・・・不自然な気がしてた・・」

らんぶ 「私にしたら、ごく自然に・・好きになったんだけどな」

晴心  「・・・」

らんぶ 「私じゃ・・・ダメだよね」

晴心  「・・・」

らんぶ 「曖昧・・だね、君は・・、でも良いよ、誰か居るなら

    ・・」

晴心  「居た・・気もするし、居なかった・・気もする」

らんぶ 「・・・やっぱり介護が必要ね」



○ 和菓子店 何年か後 春


復興した商店街に立て替えられ、ビルになっている和菓子店。

店の前のガラスケースに桜餅を並べるらんぶ。

XXX

ニイノの抱っこする赤ん坊に、声を掛ける晴心。

その子の右あごに姉御ぼくろ。






end

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

うららか槐夢(かいむ) @thukikage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る