第169話
異形の者達と戦闘を繰り広げていた同盟軍の兵士達だが、今は戦場のどこを見回しても戦闘はおろか動く影すら見えなかった。
先程までの喧騒が嘘のように収まっている中、身体を起こしたオルハンは仰向けに倒れているトーラスを見つけると、歩み寄り心配そうに覗き込む。
「無事ですかな?」
「ええ」
そう言うものの、トーラスの視線はあきらかにあらぬ方に向いており、オルハンも思わずその方向に目をやる。
「こんな雲を見たのは初めてですよ」
2人の眼には上空に向かって立ち上る巨大なキノコ雲が映っていたが、間近という事もあり、その存在は一際圧倒的なものであった。
「
その声にオルハンとトーラスの視線がカーティスを捉えるが、彼は槍を杖代わりにして歩いており、とても無事とは言えない状態に見える。
「いや、お恥ずかしい。爆発で馬が暴れて足をやられてしまいました」
そう言いながら苦笑するカーティスに、オルハンは肩を貸した。
「先程の声に助けられたとはいえ、これでは最早戦闘どころではありませんな」
「後は歩人君とレスティナ皇女に託すしかなさそうですね」
オルハンの言葉にトーラスが答えると、3人の視線は自然と歩人達がいるであろうキノコ雲に移った。
一方、隕石に対抗していた魔術兵達も奇跡的に死者を出す事はなかったが、爆発の影響で多くの者がまともに動く事も出来ない状態である。
「動けない方は無理に動かずその場で休んでいてください。そして動ける方は一度わたくしの所に集合して下さい」
そう告げるクロエ自身も額から出血しているなど、必ずしも無事とは言えなかったが、本来なら指揮を執るであろうルミエラが動ける状態ではない事から、引き続き指揮を執る必要があった。
クロエは動ける者を怪我人の救護と、万が一に備え哨戒に当てようと考えるが、先程合流したヒンデルグ軍のマリアが、同盟軍の魔術兵に比べ消耗が少ないという事もあり、部下と共に哨戒を買って出てくれたことで比較的スムーズに事が運んでいった。
しかしクロエの視界が不意にキノコ雲を捉えると、途端にレスティナと歩人の事が気がかりになり、今すぐにでもこの場を離れ2人のもとへ駆け付けたい衝動にとらわれるが、拳を握り締めそれを
「姫様、歩人様、どうか、ご無事で」
そう呟くと、クロエは自らの役割に専念すべくキノコ雲に背を向けた。
その巨大さから、戦場から遠く離れた場所からも確認できる為、今や多くの者達の注目を集めているキノコ雲だが、歩人はまさにその直下に立っている。
そこは爆発の影響で巻き起こる塵で視界がきかない状態で、体力魔力を消耗した状態で歩人は立ち尽くしているが、加えて歩人の耳は爆発の際にダメージを受け聴力を失っている事から、その無音の状況に何が起きているのか理解が追い付かずにいた。
「なにがどうなっているんだろう。もう分からないや」
そう呟きつつ、肩で息をしている歩人は呼吸を落ち着かせようとするが、突然身体に衝撃を受けその場に崩れ落ちる。
反射的に痛む個所を手で押さえると、その手には血がべったり付着するが、それでも歩人はどこか実感がなかった。
「なんだこれ」
その時、視線を感じ顔を上げると、周囲の視界は先程よりも回復しており、離れた場所に腹ばいになってこちらに右手を伸ばしているディーの姿を確認する。
「こうも上手くいくとは、我ながら素晴らしい」
結局右腕しか回復できなかったディーだが、その表情は勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「本当に凄いですよ貴方は、人間にしておくのも、これから死んでいくのも惜しいくらいです」
ただ聴力を失っている歩人にとっては、彼が口を動かしている様子しか分からず、思わず眉を顰めた。
「おや、気に障りましたか」
そう口にするディーだが、その言葉に反応を示さない歩人の様子に、彼が聴力を失っているのではないかと勘ずく。
「もしかして爆発で耳がやられましたか、無理もない爆発のすぐ近くにいた訳ですから、その程度で済んで良かったじゃないですか。っと、これも聞こえてはないのでしょうね」
そう言いつつも、ディーは悪意を感じ取れるようなわざとらしい笑みを浮かべた。
「まあ今更、貴方と何かを語り合う必要もありませんけどね」
そう告げるディーの眼は鋭くなると、その右手に瘴気を発生させる。
「感謝して下さい。大好きな皇女
その言葉が口から出た直後、ディーは自身の言葉に違和感を覚える。
「あの娘は、どこだ?」
ディーの視界には歩人の姿はあれど、共にいると思っていたレスティナの姿は確認出来ず、ディーは思わず周囲を見回した。
「私の事か?」
その声が自分の近くでした事に驚いたディーは、声のする方に顔を向けるが、そこに彼女の姿はなく、代わりに自らの肩に軽い衝撃を感じる。
「歩人に比べると随分と居心地が悪いな。とは言え、そう長居するつもりはないがな」
レスティナはディーの左肩に立ちディーを見ているが、その右手には既に抜き身の剣が握られていた。
「い、いつの間に?」
「貴様が自分の回復と、隕石に気をとられてくれたおかげでな」
その光景を目にしていた歩人は先程レスティナに耳打ちされた時の言葉を思い出す。
「歩人、私はあの悪魔に近付く。だから、出来るだけ奴の眼を引くような派手な雷撃を頼む」
歩人は危険だからとレスティナを制止する為の言葉を口にしようとしたが、それを察したのか彼女は歩人の唇にその小さい手で触れる。
「私にも、少しくらい仕事をさせてくれ歩人」
その口調は落ち着いており、その表情まで確認する事は出来なかったが、恐らく笑顔である事は予想出来た。
「あと、どんな状況になっても、力を使い果たすような真似はダメだ。奴が命を狙っている事を頭に入れ、最後の一撃分だけは残しておけよ」
そう言うと、レスティナは歩人の肩から飛び降りていく。
「また後でな、歩人」
その後、歩人が渾身の力で雷撃を放ったタイミングでディーに近付いていったレスティナは、その小さな身体ながら爆発に影響される事無く接近したのであった。
「この位置なら、貴様が先程の様に壁を作ったとしても、私はその壁の内側にいれるのだろう?」
「くっ」
「今の今まで、随分と好き勝手してくれたな!」
その小さな身体に似つかわしくない怒気に満ちた剣幕に、ディーはその表情を引きつらせる。
「調子に乗るな、小娘!」
「遅い!」
ディーは右手をレスティナに向け瘴気を放たんとするが、レスティナはそれを上回るスピードで、ディーの首目掛け剣を振るった。
レスティナの剣はその身体に合わせて小さいものであるが、ユークリッド
切断された動脈から噴き出した血が気道に流れ込むと、ディーは呼吸が出来ずにその場で喉を掻きむしり苦しむが、それは痙攣に代わりやがて動かなくなった。
しばらく地面に横たわるディーを眺めていたレスティナだが、彼が動く気配がない事から背を向けて歩人に向かって駆けだす。
「歩人!」
息を切らせながら向かってくるレスティナを見て、彼女がディーを倒したのだと理解した歩人は、静かに身体を起こし自らも彼女に歩み寄る。
「待て歩人、お前はそこで大人しくしていろ」
しかし歩人は歩みを止める様子はなく、ふらつきながら向かってくるその姿に、レスティナは違和感を覚えた。
「歩人!」
一際大きな声で名を呼んだにもかかわらず、歩人が呼びかけに反応する素振りを見せない事に、レスティナは歩人の耳が聞こえていないと判断し、思わず立ち尽くす。
一方で歩人はレスティナに向かって歩きつつ、ディーとの戦闘中にも覚えた違和感を再び感じていた。
「なんだろう、さっきもあったなこの感じ」
そう呟きつつ、改めてレスティナを見ると、彼女は立ち尽くし不安げな表情でこちらを見ている。
「レスティナ?」
なぜ彼女がそのような表情を見せているのか戸惑う歩人だが、同時にようやく自らの感じている違和感の正体に気付き足を止める。
「なんでレスティナは、小さいままなんだ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます