第168話
自らが放った雷撃に続いて、複数の魔術師による攻撃が開始されるのを見ると、戦っているのは自分一人ではないと感じ、その状況に似つかわしくないと思いつつ、歩人は口元に笑みをたたえる。
「心強いな」
レスティナの言葉に歩人は小さく頷くが、決して雷撃の威力を弱める事はしない。
やがて世界の方々から隕石への攻撃が開始され、いくつもの光が隕石に向かって行くが、その光景は壮観という言葉以外適切な言葉が見つからなかった。
歩人の肩に乗っているレスティナも思わずその光景に目を奪われるが、同時に自らがここにいて何も出来ない事にその拳を握り締める。
「歩人」
レスティナはそのまま歩人に耳打ちすると、その言葉に歩人は驚いた表情を見せるが、隕石に集中している為に彼女の表情を確認する事が出来なかった。
「私を信じられるか?」
その言葉に歩人は無条件で笑顔に変わる。
「もちろん!」
歩人の返答に、今度はレスティナが笑顔を見せた。
その頃、ディーは自らの身体の再生を行うべく魔力を集中していたが、ここにきて自身がかなり消耗している事に気付き、焦る気持ちも生じていた。
「これでは全身再生させるのは厳しいか、ならば」
ディーは魔力を自らの右手に集中させると、やがて右腕の傷口から組織が再生を始める。
「須田歩人、貴様だけは必ず殺す」
上空の隕石は世界中の魔術師の連携により削られていくが、それでもその質量は巨大で、時間と共にその姿をはっきりさせていった。
それは人々に恐怖を与えるには十分で、隕石を目の当たりにした民衆はパニックを起こすほどであったが、それらを法王庁の人間や防護役を買って出た魔術師達が辛うじて抑え、大きな騒動にはならずに済んでいる。
その中で、ユークリッドにおいては皇帝ノーランや第一皇女であるジュリアが民衆の前に姿を見せる事で民衆を落ち着かせ、またネグレス国王ヨーゼフは病身にも拘らず、悠然と隕石観察をしている姿を民衆に見せる事でネグレス国民を鼓舞していた。
そして、そのネグレスの王女であるルミエラは,自らの契約主である森の女王を再び出現させ魔力を集中させるが、その心中は不安でいっぱいであった。
「もし、攻撃が効かなかったらどうすればいい」
目を瞑り大きく息を吐き、その考えを振り払おうとするが、その不安を払しょくする事はなかなか出来ずにいる。
「皆がこんなに頑張っているというのに、私がこんなに弱気でどうする」
やがて森の女王は弓に矢をつがえると、更に集中力を高めていった。
同じ頃、歩人は雷撃を隕石に向け放ち続けている。
流石にその顔には疲労の色が生じているが、額から流れる汗を拭う事もせず、その汗が流れ込んだ右目を思わず瞑るも、決して集中力を切らす事はなく隕石に意識を注ぐ。
その時、突然腰に付けている布袋から音が鳴りだし、流石に驚いた歩人は左手で雷撃を放ちながら、右手で布袋からスマホを取り出し画面を確認すると、そこには母親である杏奈からの着信が表示されていた。
「え、なんで?」
この世界に来てずっと圏外だったこともあり、バッテリー消費を抑える為に電源そのものをオフにしていたはずなのだが、何故か作動しているスマホに驚きつつも、右手で器用に通話を選択すると耳元にスマホを持っていく。
「歩人、聞こえる?」
「聞こえるけど、今忙しいから」
「分かっているわよ。さっき私達にも声が聞こえたから」
「ソラの声が? って、私達?」
「ヴィオラもいるけど、私みたいに過去にそっちからこっちに流された人達と川のほとりにいるわ」
それを聞いて歩人は思わず絶句するが、隕石に対する集中だけは切らさないようにする。
「流石にこちらから隕石に力を集中させる事は出来ないから、攻撃には参加できないけど、私達の魔力をそちらに送るから上手く使いなさい」
「どうやって?」
「感じ取りなさい。歩人なら出来るわ」
「わ、分かったよ」
母親というものは息子を過信するものなのだろうかと、歩人は思わずにはいられなかったが、杏奈の手前そう答えるしかなかった。
「歩人」
「なに?」
「帰ったらカレー作ってあげるから」
その言葉に歩人はどう答えていいものか分からず困惑するが、同時にその表情に笑顔が戻る。
「もうすぐ帰るから」
自然とそんな言葉が口から出た事に、歩人は自分でも驚きつつも、杏奈と話している自分がこんな状況にもかかわらず安心しきっている事もおかしく思えていた。
「じゃあ、レスティナ達にもよろしくね」
「あ、ヨーゼフお祖父ちゃんと、母さんの姪にあたるルミエラにも会えたよ」
「そう、土産話楽しみにしているわ」
杏奈の声は一際優しいもので、歩人も思わず口元を緩めた。
通話を終えた歩人はスマホを布袋に戻し、改めて隕石を見るとその光は更に大きくなっており、地上への衝突は時間の問題だと覚悟するが、そのタイミングで不意に歩人は優しい風をその身に受ける。
そして風を受けた途端に、自らの魔力が回復していくのを実感した。
「これは、さっき言っていた母さんの」
その風を感じ取れたのはもう1人おり、杏奈の姪であるルミエラであった。
「この風、魔力を帯びているのか?」
風に包まれると、その時感じた温もりにルミエラの不安は一瞬にして消え去り、その力強い眼に隕石を映す。
「これならいける」
森の王女は手にした弓の弦を力の限り引き絞り、ルミエラの決意を込めてその矢を放った。
途端に力を使い果たしたルミエラはその場に崩れ落ち、その身をミランダに支えられる。
「すまないなミランダ」
「お気になさらず、よくやりましたよルミエラ様」
そのまま2人が上空を見ると、一際明るく輝く光の矢は隕石に向けてその勢いを失う事なく向かって行き隕石に命中した。
途端に強い光を放つと、弾けるような音と共に隕石は上下2つに割れ、上半分は途端にブレーキがかかり急降下を始める。
隕石の近くにいるソラが確認すると、落下予想地点は一面海で被害を受けそうな陸地はなかった。
「隕石の半分が落下する地点は海だが、衝撃で津波が起きる可能性がある。沿岸に住む術者はそれに備えよ」
ソラは術者に念話を届けるが、次の瞬間その身に衝撃を受け体勢を崩す。
「なんだ?」
見れば破片が凄い勢いで放出されており、その一部がソラにぶつかったのだが、それ以上に隕石の残り半分は、皮肉にも破壊された時に受けた衝撃で落下速度が増し、先程までとは比べ物にならない勢いで降下していた。
巻き込まれる訳にはいかないと、ソラは慌ててその場を離れようとするが、大きな破片をその身に受けて失速すると、その翼に隕石が接触し飛行不能となったソラは真っ逆さまに墜落していった。
「ソラ!」
歩人が思わず叫ぶがソラからの反応はなく、その表情は険しくなるが、速度を増し接近してくる隕石を目の当たりにし、大きく息を吐いて気持ちを切り替える。
隕石が見る見るうちに地上に接近してくると、その巨大さに誰もが息を呑み、ある者は絶望のあまりその場に崩れ落ち、ある者は祈りを捧げ、それぞれが覚悟を決めていく中、歩人だけは隕石を凝視し自らの力を高める。
「いっけえええええええええええええええ!」
それまで以上に発生したいくつもの雷は、眩いばかりの光を放ちながら、まるで生き物の様に隕石に向かって行くと、それは勢いを失うことなく隕石に到達し、隕石の動きを完全に止めた。
まるで光の柱で隕石を支えているかのような光景は、遠くからでも確認できるほどで、それを目にした者達から一様にどよめきが上がる。
その状態がしばらく続くかと思ったが、途端に隕石が放つ光が明るくなっていった。
「皆、すぐに身を守れ!」
緊張感に満ちたソラの声は魔術師だけではなく、付近で戦闘を行っていた同盟軍の兵士達にも届き、戦闘中にもかかわらず騎馬兵達はすぐに下馬し馬共々体制を低くする。
その瞬間、隕石は更なる光を放ったと思えば大きな破裂音と共に爆発を起こし、その衝撃波は周辺の木々をなぎ倒し、同盟軍と戦闘を繰り広げていた異形の者達は、防御姿勢を取っていた兵士達とは対照的に、その場にとどまる事が出来ず次々と吹っ飛んでいく。
爆発の衝撃波は、戦場から離れているユークリッド帝都にも到達し、建物への被害や怪我人なども出たが、防護役の魔術師達の働きもあり、いずれな軽微なもので済んだ。
「あれを見ろ」
次に人々の目に映ったのは、爆心地から立ち上る巨大なキノコ雲であった。
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