第167話

「この世界に存在する魔力を持つ者達よ、我はこの世界を構築する五大元素の内、空の力を司るドラゴンなり」


 突然聞こえてきた声に魔術師達は驚き、その多くが事態を飲み込めず思わず周囲を見回すなど混乱していたが、それが魔力を持つ自分達に向けての念話である事に気付くまで、それほどの時間は必要としなかった。


 当然、馬車で休息していたルミエラとクロエにもその声は聞こえ、互いに顔を見合わせる。


「これはソラの声?」


「間違いありませんね」 


「今、地上に向けて巨大な隕石が落下している。このままでは甚大なる被害が生じるであろう。皆にはその隕石を破壊する為に力を貸して欲しい。もし力が及ばないと思う者は、隕石衝突に備え自らの周囲の者達の為に防護して欲しい」


 この世界の魔術を管理する法王庁がソラの声を啓示と受け止め、直ちに各国に伝令を飛ばすと、現状ヒンデルグとの戦闘に参加していない魔術師達は法王庁と連携し行動する事となった。


 そして魔術師の養成所である魔術院においても魔術師の卵達は教官の指示を受け行動を開始し、更には現役を引退し隠居している術者までも隕石に備え行動を起こすなど、それぞれが世界を救うための動きを見せている。


「ルミエラ王女にクロエ」


 先程の言葉から一拍置いて、ルミエラとクロエの耳に再びソラの声が届く。


「今は2人にだけ話しているが、2人には教えておくべきだと思ってな」


「その言い方では、良い知らせという訳ではなさそうだな」


 ルミエラの表情はその言葉とは裏腹に物怖じしている様子はなく、改めてその胆力たんりょくにクロエも感心するばかりであった。


「隕石の落下地点は歩人のいる場所、つまりその辺りも間違いなく危険だが、今から避難したとしても、とてもではないが逃げきれるとは思えない」


「なるほど」


 そう呟くとルミエラは、何事か考える素振りを見せる。


「この隕石もヨシュアが?」


「ヨシュアだった者というべきだろうが、その話は後にしよう」


 自身の問いに対する答えとしては不十分なものであったが、その返答からも悠長にしている時間はないのだとクロエも納得する。


「要は隕石を破壊すればいいのであろう」


「なにか考えが?」


「無いな」


 クロエの問いに、何ら躊躇ためらうことなくそう答えるルミエラに、クロエも思わず苦笑する。


「まあ、選択肢が他にない以上、最期まで足掻あがくしかなかろう」


「フッ、我も今しばらくあらがってみるとするが、そちらも頼んだぞ」


「ああ」


 ソラの声が聞こえなくなると、ルミエラは馬車の窓を開け、並走する馬上の兵士に目をやる。

 

「戦況はどうなっているか?」


「只今確認して参ります」


「頼む」


 戦闘の指揮はカーティスが執っているとはいえ、ルミエラとの連絡をスムーズに行う為に、一定の間隔で連絡役の兵士が置かれており、その兵もその連絡役のいる場所へ向かっていった。


「念話は使わないのですか?」


「あれは術者でないとな。それに念話で使う鉱石は脆いから水の中で使用しなければすぐに消失する」


 ルミエラの説明に、クロエはラシーニャ湖で初めて鉱石を手にした時、自らの術を増幅した後、鉱石はあっという間に燃え尽きた事を思い出していると、そのタイミングで先程の兵士が戻って来る。


「報告します。いまだに数的には劣っているものの、優勢なのは我らにつき、逆転するのも時間の問題かと思われます」


「我が軍の主力は、相変わらず騎馬兵か」


「左様でございます」


「カーティスに伝令、魔術兵を必要最低限前線に残し、残りはこれから現れるであろう隕石に対応すべく我に預けよと」


「隕石!? いえ、失礼いたしました」


 兵士は驚きを隠せないまま頭を下げると、すぐにその場を去っていった。


 その様子からも、魔力のない者には先程のソラの声は聞こえなかったのだという事が確認出来た。


 その後、馬車は前線とは距離をとって開けた場所へと移動するが、その場に続々と魔術兵達が集結する。


「カーティスめ、随分な事をしてくれる」


 集結する魔術師を見てながら、クロエはルミエラが何を言わんとしているのか分かった気がしていた。


「この数、もしや術者全員を?」


「まあ、カーティスとオルハン卿、そしてトーラス王子が率いている騎馬隊だ、今更心配はいらないと思うがな」


「戦士の方々には、我々には理解しがたい矜持きょうじとやらがございますから」


 そう言って近づいて来るのは、ルミエラの御傍おそば係でもあるミランダであった。


「それ分かります。戦いは互いに剣を交えてこそとか、身体を使ってこそが戦いだとか、ウチのオルハンはよく言っております」


「あらあら」


「あれは人間に進化し損ねた、前時代の獣ですから」


「本当にあの方達は腕力至上主義ですから、たまに私達の事を軽く見て、本当に失礼な話ですよね」


「全くです」


 ミランダとクロエは互いに笑いあうが、やがてどちらが先にという訳でもなく自然と2人の視線は上空に移った。


 そこにはまだ隕石の姿は見て取れなかったが、周囲の緊張感も相まってその表情は固くなる。


「まあ、今の内から気を張る必要もあるまい」


 ルミエラはそう言いつつも、事の重大さからその面持ちは真剣そのものであった。


「そうだクロエ、指揮はそなたに委ねようと思うのだが」


「え?」


「そなたはまだ力が戻っていない以上、指揮に集中するのが効率的だと思ってな」


 ルミエラの言葉にミランダも頷いてみせる。


「王女は?」


「私はあと1回なら何とかなるだろう。2日3日にさんにちはロクに動けなくなるだろうがな」


「それほどの御覚悟なら、わたくしに断る理由はありませんね」


「ミランダはクロエの補佐を」


「お任せください」


 そう言うとミランダはクロエの背後に移動する。

 

「とは言え、隕石への攻撃など誰もやったことはないと思いますので、上手くいくか分かりませんが」


「なあに、上手くいかなければ皆で仲良くあの世へ行くまでだ」


 そう口にしたルミエラの屈託のない笑顔に、クロエも苦笑するしかなかった。


 その時、突然湧き上がる声に3人は声のする方向に振り返ると、上空に出現した光る物体を確認する。


 それはまだ小さく見えるものの、あきらかに移動している事が確認できた。


「間違いなさそうだ」


 ルミエラの言葉にクロエは頷くと、魔術兵の指揮を執るべく前へ進む。


「皆さん、力を分散させず集中させる為に、全軍密集隊形へ移行してください」


 クロエの横でルミエラが頷いている事もあり、ネグレスの魔術兵達もクロエが指揮を執る事を即座に理解し、その言葉に従う。


「しかし、あの距離では流石に届かせるのは厳しいですね」


 ミランダの言葉にクロエは頷くが、その事は恐らく他の魔術師達も思っている事であり、これから自分が口にする言葉も皆が思っている事であろうと考えていた。


「引き付けるだけ引き付けて攻撃を仕掛けるしかなさそうですね」


 その時、また別な場所で声が上がったかと思えば、1人の魔術兵がクロエのもとに走り寄る。


「西にヒンデルグ軍の軍旗が」


「何?」


 クロエが言われた方角を見ると、ヒンデルグの軍旗を掲げる一団がこちらの様子を窺うかの様に整列しているのが確認出来たが、それと同時に緊張感が辺りを包みこんだ。


「こんな時に」


「我々の妨害に?」


 ミランダの言う通り妨害に来たのなら、対応する魔術兵の数を割かねばならず、当然隕石に対する攻撃が薄くなり、かと言ってヒンデルグ軍を放置すれば、みすみす魔術兵の被害が増すだけに、クロエは一際険しい表情を見せる。


「向かってきます」


 その言葉にクロエは右手を上げ、全軍に指示を出そうとするが、向かってくるのはたった一騎の騎馬兵であり、更には見える位置に来るとその兵士は自ら武器を捨てた事から、クロエはその右手を降ろしその兵士を迎える事にした。


 ヒンデルグ兵は下馬し一礼をすると兜のバイザーを上げるが、そこには意外にも自分達と同じ若い女性の顔が現れた事に、クロエもミランダも思わず驚いてしまう。


「ヒンデルグ軍の魔術兵を指揮しているマリア・フォンベルクと申します。討たれても仕方がない身ですが、この様にお目通り出来た事に感謝します」


 そう言うと、マリアはその場で膝をつく。


「この部隊を指揮しているクロエ・ベルキャンプハースト・アイネマンと申します。どうぞ立ち上がってください」


 マリアは立ち上がると深々と一礼し、クロエに向き直る。


「早速ですが、我らヒンデルグ軍魔術兵は全員貴軍に投降し、いかなる処分も受け入れる所存ではあるが、可能であればそちらの指揮の下、隕石を迎え撃つ手助けがしたい」


「なんと」


「先程の竜の言葉を聞いて、我らが住む世界に危険が迫っている以上、この戦いを続ける意義は最早ないと判断しました」


「いいだろう、そなたらは我が客人として迎える。この戦いが終わった後も便宜を図ってやろう」


 突然現れたルミエラにマリアは目を白黒させているが、クロエはそれを察しマリアに耳打ちする。


「ネグレス王国王女のルミエラ様です」


 それを聞いたマリアは再び膝をつき敬意を示した。


「お心遣い感謝します」


 その後のヒンデルグ軍の編入もスムーズに行われ、思いがけず戦力増強が出来た事にクロエは少しばかり安心するが、先程よりも接近している隕石を目にすると気を引き締める。


「果たして、どれだけの事が出来るか」


 そう呟いて、攻撃開始のタイミングを計っていると、突然地上から雷が隕石に向かっていく光景を目の当たりにする。


 その雷は威力が衰えることなく隕石に到達すると、隕石の表面が更なる光に覆われるが、同時に隕石の近くで幾度も雷を放つ様子も確認でき、ソラが断続的に攻撃を仕掛けている事も見て取れた。


「ソラ、そして先程の雷は歩人様の」


 2人の戦いぶりを目にしたクロエは、自身の昂ぶりを必死に抑えつつ、隕石が射程内に入ったと同時に右手を掲げた。


「全軍、攻撃開始!」

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