第166話
「この私を地面に這わすとは」
怒りのあまり醜く表情を歪ませるディーに、歩人は一瞬怯む。
「歩人、
「わ、分かった」
歩人は一つ息を吐くと右手を伸ばし、その掌をディーへ向けた。
そして意を決して雷撃を放つが、雷撃はディーの身体に届く前に、まるで壁にでも当たったかの様に弾かれてしまう。
「残念だったな」
そう言ったディーが笑みを浮かべると、歩人は続けざまに雷撃を放つが、その全てが同じように弾かれてしまった。
「歩人、一旦落ち着こう」
歩人はレスティナの言葉に素直に従い右手を降ろすが、ディーからは決して視線を外さずにいる。
「そう焦らないでくださいよ、少しすれば身体は元通りになって、再び相手をして差し上げますから」
ワザとらしく口元を上げながらそう言い放つディーに、歩人は思わず眉間に皺を寄せるが、一方のレスティナは表情を変えることなく様子を
「歩人、
「僅かって?」
「ダメージを与えようとは思わなくていいから、奴の身体に届かせる程度の魔力でだ」
「やってみる」
歩人はレスティナの指示に従い、とりあえずディーに届かせるつもりの力で雷撃を放つと、案の定ディーに届く前にそれは弾かれる。
「その感じだ、少し間をおいて続けてくれ。奴の防御にいつ穴が開くとも限らないからな」
その言葉に、ようやく歩人はレスティナの意図を理解する。
「分かった」
2人のやり取りをディーは顔を地面に突っ伏しながら聞いていたが、それは歯を食いしばり悔しがる表情を決して見られまいとしているからであった。
「おのれ小娘、余計な事を」
ディーの身体のダメージは深刻であり、その身体を再生させるには相当の魔力が必要となるが、歩人の攻撃を防ぐために障壁を張っている事で、再生に必要な魔力は足りない状況であった。
それだけに魔力を身体の再生の為に使用すれば障壁は当然弱くなり、今行われている歩人の攻撃で気付かれてしまうであろう。
「今一度、冷静にならねば」
ディーは目を瞑りしばらく考えるが、次に目を開けた時には、その口元に歪んだ笑みをたたえていた。
「その手があったか」
その考えは、大規模な災害を起こす事で歩人の注意を自分から逸らし、その隙に回復の時間を稼ぎ、更に歩人にダメージを与える事が出来るのではと思い付く。
「しかし、あのガキとトカゲがいる以上、相応の事でなければなるまい、火災、水害、もしくは暴風」
そう呟きつつも、ディーはどれも決め手に欠くと思い、思わずため息を吐く。
「どれも今一つだな。この世界を破壊するレベルの事を成さねば」
ディーは手足のない身体を回転させ仰向けになると、そのまま空を見上げる。
「これだ」
そう言ってディーが突然笑いだすと、歩人はその光景に警戒しつつ、レスティナに言われたように弱い雷撃をディーに向けて放ち、それが障壁に当たって消えていくのをディーも確認する。
「猶予はない。次の攻撃までの僅かの時間に事を進めねば」
ディーは歩人に気付かれぬように障壁に用いている魔力を最低限のレベルまでに引き下げ、同時に自らの意識を今いる場所とは別の場所に移動させた。
そして何も知らずに歩人が次の雷撃を放つと、雷撃が今までよりもディーに近付いたことに、驚きつつレスティナを見ると彼女は力強く頷く。
「今だ、歩人!」
歩人はすぐに集中し強い雷撃を放つと、それはディーの前でブレーキがかかったものの止まる事なく、ディーにダメージを与えるには十分な威力であった。
うめき声をあげるディーに対し歩人は続けざまに雷撃を放つと、雷撃は次々とディーの身体を捉えるが、次の瞬間、歩人は悪寒を感じ思わず攻撃を止める。
「ど、どうした歩人?」
緊張感漂う歩人の表情に、何事かが起きたと察したレスティナも神妙な顔を見せる。
「よく分からないけど、なにかマズい事が起きている気がする」
「マズい事?」
「流石に、気が付きましたか」
2人の会話に口を挟むディーの姿は、歩人の雷撃により更にボロボロになっているものの、その表情は意外にも余裕に満ちていた。
「一体、何を?」
「なに、ちょっと私からささやかな贈り物を、空から落としてやろうと思いましてね」
「贈り物だと?」
レスティナは思わずそう口にするが、歩人は空から落ちてくるという言葉から、その正体に気付く。
「隕石」
歩人もその事について十分な知識を持ち合わせている訳ではなかったが、それでもそれがこの世界に深刻なダメージを与えるであろう事は想像出来た。
「この場に落とす為に力を使うには、流石に障壁は諦めなければならなかったのですが、寸でのところで何とか間に合いましたよ」
そう言って自慢気に笑うディーを尻目に、歩人はディーに向けて掌を向ける。
「おっと、すでに隕石がこの地に落ちる事は決定しています。今私を倒したところで、最早衝突を防ぐ事も出来はしません。それに、ここで力を使えば、肝心な時に力が足りなくなるかもですよ」
ディーの笑いは更に嫌味を帯びたものに変わり、歩人とレスティナの表情がより険しいものへと変わるには十分であった。
「つまりは私を殺すなら、隕石は諦めて下さい」
「構わない歩人、こいつに
レスティナの言葉を受けて歩人はディーに手をかざすが、すぐにその手を降ろす。
「ソラ!」
「分かっている」
ソラは隕石をその場で視線を上空に向け、目を凝らすと人間とは比べ物にならない視力で接近する隕石を視界に捉えるが、予想をはるかに超える巨大な物体に思わず息を吐いた。
「少し近付いてみるか」
そう言うや否や、ソラは大蛇を後ろ脚で捕獲すると、そのまま上空高く舞い上がる。
すぐにソラの姿は地上からは見えなくなるが、やがてソラは雲の高さを遥かに超え、世界が見下ろせる高さ達していた。
「流石にこの高さが限界か」
見渡すとすぐに目当ての隕石がソラの視界に入ってくるが、それはソラよりも遥かに巨大で、ゆっくりとそして確実にこちらに向かってくる。
「地上に落ちるまでは、この半分の大きさにはなるだろうが」
ソラはそこで言葉を止め考えるが、すぐに意識を隕石に向ける。
「考えている時間が無駄だ」
そう言い放ちソラは隕石に向けて雷撃を放つ。
しかし、その巨大な物体の表面を傷付け破片が飛び散るも、それはほんの僅かなものであり、ソラの雷撃をもってしても大したダメージを与える事は不可能であった。
「しかし、ここで簡単に退けば、歩人達の行いを否定する事になるな」
すでに自分だけの力では無理なのは承知していたが、それでもソラは繰り返し隕石に向かって雷撃を放つ。
その数がちょうど10回に差し掛かった時、隕石は降下を開始し、その表面は摩擦熱で光を帯び始めた。
「こうなると時間の問題か。だが、その前に」
ソラは今の今まで後ろ足で捕らえていた大蛇を隕石に向けて放り込む。
たちまち大蛇はその摩擦熱で焼かれ、のたうち回りながらも脱皮を繰り返すが、流石に回復は間に合わず、やがて真っ黒に焼けると灰になって消滅した。
「ふん」
ソラは気を取り直し隕石と共に降下しながら、更に隕石に向けて雷撃を放つ。
摩擦熱もあり隕石の表面が削られていくことから、ソラの雷撃も先程よりも効果が見て取れるが、それでも隕石全体の質量からすれば微々たるものであった。
「そろそろ、助けを借りるか」
ソラは目を閉じると、自らの集中力を高めていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます