第165話
ソラと大蛇の戦いは、常にソラが圧倒しているにもかかわらず、大蛇は深手を負っても脱皮を繰り返すことで身体を再生させていき、そして脱皮を繰り返すごとに身体を覆う表皮は固くなっていく為に、物理的なダメージを与える事が難しくなっていく。
「流石に不死身ではないだろうが、本当にしつこい奴だ」
そうなると有効な手段は雷撃であるものの、自らと契約している歩人は問題ないが、歩人と一緒にいるレスティナや、近辺で戦っている同盟軍にも影響を与える可能性を考えれば、その力を十分に発揮する事は
「何か、手を考えねばな」
ソラはそう言いつつ、視線を移し歩人とディーの状況を確認すると、その口角を少し上げる。
「案外、歩人が決着をつけてくれるかもな」
その言葉とは裏腹に、一見優位に見えるのはディーであり、彼は歩人に休む間も与えぬほど攻撃を継続していたが、歩人はレスティナのアドバイスもあり、自身の消耗を最小限に抑えていた。
「大丈夫か?」
「うん、まだ大丈夫」
レスティナの問いに歩人は意外にも笑顔で答えるが、その笑顔には強がりなど感じさせず、まだ余裕がある事が窺え、レスティナもつられて笑みを見せる。
「そうか、それは頼もしいな」
「力をセーブしながら対処できるようになったのは、レスティナのおかげだよ」
「礼には及ばない。だが、奴の方は
なぜレスティナがそう言えるのか、歩人にとっては不思議であったが、急にディーの攻撃が激しくなり、それを防ぐ事に集中せねばならかった。
「奴の攻撃のリズムが早く、いや、慌ただしくなってきているだろ。どうやら、こちらの余裕がある態度が気に障ったらしいな」
歩人の考えを読んだかのようにレスティナは告げるが、それを聞いた歩人は今まさにディーの攻撃と攻撃の間隔が短くなっている事を実感している。
「人間風情が調子に乗りおって」
レスティナの推測どおり、ディーは常に自分が攻撃を仕掛けているにも拘らず、その手応えを感じられず、更に防戦一方であるはずの歩人が余裕がある態度を見せた事に苛立ちを覚えていた。
「確かに先程までと同じ人間とは思えない程落ち着いてはいるが、そう簡単に人間が変われるはずもない」
ディーは、今一度歩人に対し心理的に揺さぶりをかけようと思い付くが、先程歩人の内面で仕掛けた戦いを退いたことが脳裏によぎり、思わず歯ぎしりする。
「いや、あれは精神内にイレギュラーな存在があったからこそ」
この状況でミューゼルが現れる事はないと踏んだディーは、歩人への攻撃を右手だけで継続しつつ、その場に膝を突くと左手で地面に触れた。
「気を付けろ歩人、何か仕掛けてくるぞ」
声を上げたのはレスティナだが、当然歩人もディーの動きを捉えており、攻撃を防ぎながらディーが何をしているのかとその目を凝らす。
ディーが触れた場所を中心に地面が盛り上がると、いくつもの土くれが現れ、それはしだいに何かの形を成していった。
「人の形になっていく」
歩人の言葉通りに、土くれは人の形となり歩人達に向かってくるが、それらが次第に歩人達の知った者達の姿になっていくと、レスティナは思わず眉間に皺を寄せる。
「悪趣味な」
その中の一体である兼久の姿をした者が近付いてくると、レスティナは歩人を心配するも、どういう指示を与えるべきか悩む。
「あ、歩人、あれは」
レスティナの言葉が終わる前に、歩人は躊躇うことなく兼久の姿をした者に雷撃を放つと、その者は破裂し再び土へ帰っていった。
「歩人?」
レスティナは思わず歩人を見ると、歩人は表情を変える事もなく、向かってくる友人の伸太や、母親である杏奈、クロエやルミエラの姿をした者達に躊躇する事無く雷撃を放ち、次々と土へと返していく。
「大丈夫、本物じゃないのは分かっているから」
そう言いながら、知っている者達の姿をした物に対し、平然と攻撃をする歩人にレスティナは違和感を覚えるものの、歩人が攻撃の為にかざしている手が微かに震えている事にそれが杞憂であると安心し、むしろ歩人の決意のほどにレスティナ自身も身のしまる思いがしていた。
「歩人」
その聞き慣れた声と共に、歩人は不意に背後から抱き付かれるが、見るとそれはレスティナの姿をした者で、歩人は思わず息を呑む。
「あ、歩人、それは私ではない!」
「わ、分かっているけど」
歩人が一瞬
「歩人、これでいいのか?」
「え?」
「歩人は凄い力を持っている。その力をもってすれば誰も歩人に逆らう事など出来ないだろ」
「と、突然、何を?」
「歩人、そいつの話を聞くな!」
歩人の耳には二人分のレスティナの声が届いていたが、一方の囁きに対し、もう一方の声はしだいに聞こえなくなっていく。
「今の歩人なら、富も権力も思いのまま手にする事が出来る」
なぜレスティナがこういう事を言うのか理解出来ずにいたが、その声と姿からか、不思議と疑う気持ちはなくなっていった。
「いや、この世界を我が物に出来るんだ。それが出来るのは歩人しかいない」
「僕はそんな事望んでは」
「この世界だけじゃない。私も好きにできるんだぞ」
そう言うとレスティナは怪しい笑みを浮かべ、歩人の首筋に唇で触れたかと思えば、その肌に舌を這わせる。
「れ、レスティナ?」
歩人は顔を真っ赤にし、その身を硬直させる。
「ふふふ、歩人だって、本当は望んでいるんだろ」
その言葉が頭に入ってくると同時に、歩人は自身の中で何かが弾け飛んだような感覚と共に、今まで感じた事のない強い怒りが一瞬にして思考を支配した。
「レスティナを汚すな!」
その瞬間、強い魔力が歩人から放出され、レスティナの形をした土塊は破裂する。
更に歩人は怒りのままディーへ向けて雷撃を放つが、それは今までの雷撃とは比べ物にならない程の激しいものであった。
「なんだと!」
歩人への攻撃を継続していたディーだが、歩人の雷撃を目のあたりにして防御は間に合わないと判断し、自らの瘴気の波動を雷撃にぶつけ相殺しようと試みる。
「馬鹿な、抑えきれないだと」
歩人の雷撃はディーの瘴気の波動を難なく打ち破り、次の瞬間にはディーの身体を飲み込んでいった。
怒りの形相をした歩人は、更に魔力を放出させ周囲に雷を発生せていたが、不意に頬に痛みを感じ我に返る。
「歩人!」
その声に歩人は自分の肩に乗る小さなレスティナに目をやるが、思わず痛む頬に触れるとわずかだが指に血が付き、その傷は彼女が手にしている小さい剣によるものだと気付く。
「正気に戻ったか」
「ごめんレスティナ」
「歩人でも怒るんだな。まあ、偽者とは言え、私が歩人を怒らせてしまったようだが」
レスティナの複雑そうな表情に、歩人もどう反応していいのか困惑するが、レスティナの偽物との事は歩人も流石に口にはしたくなかった。
「怒りで更に力が発揮する状況は利用すべきか迷ったが、歩人にかかる負担が増える可能性があるから、それはすべきではないだろうな」
「ありがとうレスティナ」
そんな言葉を聞けるとは思っていなかったレスティナは、思わず咳ばらいをし気持ちを切り替える。
「それよりも歩人、奴に
その言葉に歩人はディーを見ると、思わず表情を強張らせる。
「僕がやったの?」
「そうだ」」
ディーの身体は歩人の雷撃により両手両足を失い、地面に這っている状態であったが、その眼だけはまだ強烈な敵意を漂わせていた。
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