第164話
ソラは意識を失っている歩人を守りながら、ディーの魔術と大蛇の攻撃を防いでいる為、当然の様に防戦一方となるが、そんな状況にもかかわらず彼女の表情は相変わらず淡々としている。
レスティナもこの状況では流石にソラを心配するものの、ソラの無難にこなしている様子と、今の自分では到底力になれない事に、自分は相変わらずただの傍観者であると失望しかけるが、今の自分に出来る事である歩人への呼びかけを続けた。
一方、攻めているディーであったが、異界の者達を召喚して自軍の戦力を増強していたものの、その召喚に必要な
それに加えて、自信をもって臨んだ歩人の内面に対する攻撃も、ミューゼルというイレギュラーな存在によって阻まれた事で、歩人が再び目覚めるのは時間の問題であり、ディーの心中は穏やかではなかった。
「最早この状況で、この世界に執着するのは愚か以外の何物でもない。頃合いを見て去らねば」
思わずそう呟いたものの、強大な力を持つソラを相手に逃げるのは簡単な事とは思えなかった。
「では、どうする?」
ディーはソラへの攻撃を緩める事はしなかったが、頭の中では思考を展開させる。
「誰かを人質に取り、休戦に持ち込むか?」
その時視界に入ったのはレスティナであったが、ソラの手の届く範囲にいる限りは不可能に思えた。
それならばと、同盟軍の誰かを捕まえればと考えたが、向こうにも門を破壊するほどの術者がいる上に、この場を離れたとしても、ソラが黙って自分を自由にするとも思えない。
「くそ忌々しい大トカゲめ」
その言葉がソラの耳に届いた訳ではなかったが、ディーがほんの僅かに考える事に重心を置いた時、その動きが一瞬止まったのをソラは見逃さず雷撃を放った。
「しまった」
ディーは慌てて避けようとするも間に合わず、左の膝下が雷撃によりはじけ飛ぶ。
「むう!」
そう声を上げたものの、ディーは平然としており、実際に左足もすぐに再生されるが、内心改めてソラの力を脅威を感じていた。
「やはり、あの者と一戦交えるのは避けねば」
ディーは再び頭を働かせようとするが、そのタイミングである気配を感じ、奥歯を噛みしめた。
「間に合わなかったか」
その瞬間ディーだけではなく、その場にいたソラはもちろん、そしてなにより一番
「歩人」
歩人の目覚めに感極まったレスティナは、その瞳にうっすらと涙を浮かべていたが、それに気付いた歩人はそっと指を伸ばし優しく涙を拭った。
「ありがとうレスティナ、声が聞こえたよ」
「歩人」
レスティナは歩人の額に自らの小さい額を合わせると、歩人は少し照れつつもレスティナの髪に触れる。
「歩人、戦えるか?」
ソラの問いかけに、レスティナは不安そうな表情を見せるが、歩人は静かに身体を起こすとレスティナを肩に乗せ、真っすぐとソラを見て頷く。
「歩人」
歩人の表情は戦いの最中とは思えないほど清々としており、ソラも珍しく驚いたように見えた。
「大丈夫、戦うよ」
「そうか、ならば一気に片付けるぞ」
ソラの言葉に、その様子を見ていたディーは不満気な表情を見せた。
「ソラ、お願いがあるんだ」
予期していなかったその言葉に、ソラは思わず眉を顰める。
「なんだ?」
「ディーとは僕が、いや僕とレスティナに戦わせて欲しい」
それを聞いたレスティナも流石に驚くが、ソラは眉を顰め怪訝な表情を浮かべる。
「ダメだ」
「僕は確かに戦い方も知らなくて、さっきは感情に流されたけど、今はもう大丈夫だから」
「ダメだ」
「私からもお願いする」
レスティナがそう言ってソラに向かって頭を下げると、流石にソラも困惑しているように見えた。
「今度は、私も一緒に戦う」
次の瞬間、ソラは空気を読めず攻撃を仕掛けてくる大蛇をあしらい、しばらく会話が途切れるが、次に歩人達に顔を向けた時にはすでに結論が出ているような表情であった。
「2人でならば、いいだろう」
その答えに歩人とレスティナは思わず表情を緩めるが、その場で一番安堵したのはディーであろう。
彼はソラとの戦闘を避けられた事で、自身が生き残る可能性が格段に上がったと確信していたが、それを決して悟られないように細心の注意を払っていた。
「この状況で随分と呑気な事ですね」
ディーの言葉に、歩人達の視線は彼に集中する。
「この際言っておきますが、こちらは最早この世界にとどまる気はないのですよ」
その言葉に歩人は困惑するが、レスティナとソラは関心を示している様子はなかった。
「かと言って、流石に黙って見逃してもらえるとも思ってはいませんがね」
「当然だ、貴様の様な奴が」
「私が彼に勝てば、私が去る邪魔はしないで頂きたい」
ディーはレスティナの言葉を遮るように告げるが、ソラはその言葉に従うつもりはないという表情を見せている。
「まあ、確かにこう言ったところであなた方には何のメリットもないですからね。なので私が勝っても彼の命はとらないという事と、そちらのレスティナ皇女にかけられた呪いも解呪するというのが前提ですが」
「つまりは、自分の命だけが惜しいと?」
「恥ずかしながら」
ソラの問いにディーが口角を上げ不敵な笑みを浮かべながら答えると、ソラは思わず眉間に皺をよせ、視線を歩人に移す。
「僕はそれで構いません」
ソラと目が合うや否や歩人は即答すると、ソラはそのまま背を向けた。
「ソラ?」
「私はあの蛇を退治してくる」
そう言うと、ソラは高く飛び上がり、上空で再び竜の姿となる。
「まあ、今の歩人達なら、負ける事はないと信じているがな」
その言葉に歩人が頷くと、ソラは振り返る事もなく大蛇に戦いを挑んでいった。
「良いのか? 私は何の役にも立たないぞ」
ソラの姿を目で追っていた歩人に、レスティナが声をかける。
「多分」
歩人はそう口にするが、すぐに首を横に振り否定する。
「いや、間違いなくレスティナは僕より冷静に戦いを見れるし、それにクロエさんの戦いとかも見てきてると思うから、気が付いた事があれば指示してほしい」
「分かった」
真剣に告げる歩人に対し、レスティナは笑顔でそう答えた。
「しかし、随分と舐められたものです。悪魔である私が人間風情に」
ディーは二人を尻目にそう告げるものの、明らかにその表情から余裕は消え去っており、歩人はそれを冷静に見れている自分に驚く。
「貴方がいた事で、多くの人が死んで、多くの人が不幸になった。だから僕は決して許せないと思ったけど、それだけじゃダメなんだと教わりました」
「歩人?」
「僕には守りたい人達がいる。その人達の未来の為に戦うんだ!」
「知った事か!」
ディーは苛立ちを抑えきれず、歩人に向けて瘴気の波動を放つが、歩人はそれを右手一本で薙ぎ払う。
続けざまにディーは攻撃を仕掛けるが、歩人は落ち着いてそれを防ぎきる。
「歩人、力をもっと狭い範囲に絞る事は出来るか? 少しでも力の消耗を抑えるのが得策だ」
「やってみる」
「この状況で奴が勝つためには仕掛けねばならない。歩人は極力無理せず最小限の力で防御に徹しよう」
レスティナの言葉に歩人は頷くと、使用する魔力を抑えディーの攻撃を次々と防いでいった。
「正直、奴の魔力がどれほど続くか分からないが、人間とは比べ物にならないレベルかも知れない。だが今まで奴の戦いを見て、時折集中力を切らすような部分があるのも事実、歩人はその隙を狙おう」
「分かった」
歩人の返答を聞いたレスティナだが、内心自分のアドバイスが本当に的確なものか心配になるものの、すぐそばにある歩人の横顔は落ち着いており、それを見たレスティナも自然と不安が消えていった。
その後もディーの攻撃は止むこともなく歩人に襲い掛かるが、歩人も集中力を切らす事もなく、先程よりは少ない力でも確実にその攻撃を防いでいく。
先程の戦いとは打って変わっての歩人の落ち着きぶりに、レスティナは驚きつつも、自らも与えられた役割を果たすべくディーの一挙一動様を何一つとして見逃さないように目を凝らしながら、頭の中では作戦を練っていた。
「レスティナ」
「どうした?」
歩人の呼びかけにも、レスティナは決してディーから目を逸らさず返事だけを行う。
「絶対に勝とう」
歩人の積極的な言葉に、レスティナの口角は思わず上がる。
「もちろんだ!」
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