第76話

 客間を後にした歩人がリビングに行くと、そこには杏奈とオルハンの姿は無く、何故か不機嫌そうなレスティナと目が合う。


「何かあったの?」


「なんでもない」


 そう言うものの、レスティナの表情はどこか憮然としている。


「母さんとオルハンさんは?」


「買い物に行った。それよりクロエと何を話していた?」


 レスティナの口調はいつもより強いもので、歩人を困惑させるが、気を取り直してクロエと同じ様にノートを見せ説明をする。


「あとはクロエさんの回復を待つだけだけど」


 歩人はそこで何気なくレスティナを見ると、不思議と彼女と目が合った。


「分かっている。無理はさせん」


「えっと」


「どうせクロエの事だ、無理してでもやると言ったのだろう」

 

 レスティナの言葉に、歩人は驚きを隠せなかった。


「良く分かったね。っと、一応秘密にしてくれと頼まれたんだけどね」


「とは言え、歩人が説き伏せたのであろう?」


「まあ、そうだけど、もしかして聞いていたの?」


「そんな事しなくても分かるさ」


「どうして?」


「歩人はそういう人間だからさ」


 歩人はその言葉に気恥しくなり、思わずレスティナから目を逸らす。


「全く、歩人もクロエも頑固だからな」


 得意気なレスティナの口調だが、クロエと同じ事を言っている事に、歩人は堪え切れず笑い出す。


「な、なんだ、いきなり?」


「ご、ごめん」


 そう言いつつも歩人は笑いが止まらない。


「おい、歩人!」


 レスティナの表情は一瞬不機嫌なものになるが、笑っている歩人を見る内にそれも崩れていった。


「ただいま」


 玄関から杏奈の声がすると、続いてオルハンと共にリビングに入ってきたが、オルハンは両手に、常人が1人で持つ量ではない程の買い物袋を持っていた。


「ありがとうございます。おかげで助かりました」


「なんのなんの、これ位朝飯前ですよ」


「どうしたの、そんなに?」


「クロエさんに早く元気になってもらおうと思って、美味しくて栄養があるものをたくさん食べるのが、一番でしょ」


「そうだね」


 その日の夕食はいつもよりも豪勢であったが、クロエも食欲だけは平常通りだった為、難なく3人分の食事を平らげた。

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