第19話

「それで気が付いたら、こちらの世界にいたんですか?」


 歩人の問いに、クロエは静かに頷く。


「じゃあ、何でレスティナは小さくなったの?」


「どのような術を使われたのか分からないので、これは推測でしかありませんが、姫様の生命力が削り取られた結果ではないかと思います」


 それに対し、歩人はどう答えていいものか分からず、黙るしかなかった。


「他に聞きたい事はございませんか?」


 クロエの問いに歩人は考える素振りを見せるも、すぐに何かに気付き首を横に振る。


「えっと、今日はこの辺にしておくよ」


 そう答えた歩人の視線をクロエが追うと、そこにはレスティナがいたが、彼女はいつの間にか目を閉じており座ったまま身体を小刻みに揺らしていた。


「あらあら」


 クロエは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔に変わる。


「これは珍しいですね」


「え?」


「いえ、姫様がわたくしや御家族の方以外の前で寝るような事は今までなかったので」


 レスティナの立場や今までの立ち振る舞いを見て、それだけ他人に隙を見せるような事がないのだろうと歩人も納得するが、それだけにゆっくり休ませてあげたいとも感じた。


「ちょっと待って」


 歩人は一度部屋を出ると、バスタオルとタオルを数枚手に戻ってくる。


「これを使って下さい」


「ありがとうございます」


 クロエがそっとレスティナを抱えると、歩人は机の上に畳んだバスタオルを敷きそこにレスティナを寝かせ、更に掛け布団の要領でもう1枚のタオルをレスティナの上から掛けた。


 横になったレスティナは穏やかな寝顔で静かな寝息を立てており、歩人は思わず見入っていたが、クロエの小さな咳払いに身体をビクつかせる程驚く。


「あ、すいません。つい」


 歩人は済まなそうに頭を下げるが、クロエに怒っている様子はなかった。


「本当に、ここまで穏やかな寝顔を見せる姫様は久し振りです。歩人様が見入るのも仕方がありませんが」


 そこでクロエは言葉を止め、改めて歩人を見て口元を緩める。


「この事は秘密にしておきますね」


「お、お願いします」


 もしレスティナに知られたら、と思うと背中に冷たい汗を感じずにはいられなかった。


「と、ところでクロエさんはどうするんですか?」


「わたくしが、どうかしましたか?」


 クロエは歩人の問いを理解出来ないようで、笑顔は保ったままだが、その首を傾げる。


「寝る所」


 その言葉にクロエはしばらく考え込むが、すぐに答えが出そうな気がせず、歩人も心配のあまり険しい表情になっていく。


「ちなみに、昨夜はどうしたんですか?」


「追っ手から逃げて、何とか落ち着けそうな場所で睡眠はとれました」


「追っ手?」


 普段聞く事がないものの、その緊張感を煽る言葉に歩人の表情も険しくなっていった。


「どうやらあの場にいたヒンデルグの兵も、こちらの世界に来てしまったようです」


「そ、それは、マズくないですか」


「彼らは一介の兵士ですから、それ自体は大して問題はないと思います。しかし向こうにも魔術師がいるみたいですし、こちらは姫様がこういう状態ですので」


 クロエが不安げな表情を見せると、歩人もいたたまれない気持ちになり、話題を戻す事に決める。


「クロエさん、よかったらベッドを使ってください」


「そ、そんな、悪いです」


「クロエさんも、しっかり休まないと」


 立場が逆転した事に歩人も違和感を覚えるも、ここで退くべきではないと強気を保つ事にした。


「歩人様はどうされるのですか?」


「他の部屋使うと母さんに見つかるかも知れないから、この部屋の床で寝ようかと」


「そんな、悪いです」


 恐縮するクロエに対し、歩人は自然と優し気な表情に変わる。


「父親から言われているんです。困っている人には手を差し伸べろって」


「良いお父様ですね」


 その言葉に歩人は照れ臭さと、それを悟られまいとする気持ちが相まって思わず表情を強張らせる。


「子供の頃から、母さんと一緒になれたのはそのおかげだからって、散々聞かされましたから」


 面倒くさそうに言う歩人に対し、クロエにはそれすら微笑ましく思えていた。


「だ、だから、クロエさんはベッドでゆっくり休んでください」


「分かりました。お言葉に甘えます」


 その後、就寝の準備終えたクロエを確認した歩人は部屋の明かりを消すと、床に敷いた布団に潜り込む。


「あの」


「どうかしました?」


「先程のお父様のお話ですが」


「どうかしました?」


「もしかしたら、歩人様はわたくしか姫様と一緒になりたい。という事ではないですよね?」


 クロエの言葉に、歩人は勢いよく身体を起こした。


「い、いや、流石にそこまでは考えてないですよ」


「それは、わたくし達に魅力が無いという事ですか?」


「ち、違いますよ。僕にそこまで考える余裕がなかっただけです」


 それを聞いたクロエは自らの思い過ごしに、思わず頬を赤くするが、すでに暗くなった部屋の中では歩人に気付かれる事もなく安心する。


「それは失礼いたしました」


 一方、そういう形にとられるとは思わなかった歩人も、恥ずかしさのあまり顔が熱くなっているのが自分でも分かり、消灯した後で良かったと思っていた。

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