第18話

 湖面に現れた怪物達はレスティナ達に向かって襲い掛かるが、クロエがすかさず火炎を放つと、怪物達は瞬く間に炎に包まれた。


 相手が水上にいようともクロエの炎は勢いを失うことはなく、何体かは岸に上がる前に崩れ落ち湖底へ沈んだが、残った者は火に包まれたままでも、お構い無しに突進を続ける。


「任せろ」


 そう告げて前に出たレスティナ目掛け、怪物が力任せに武器を振り下ろすと、レスティナは無駄のない動きでそれを避けるが、標的を失った怪物の武器が地面を叩き、その衝撃は距離をとっているクロエの足にも伝わる程であった。


 この時点で、レスティナは既に怪物の動きが自身よりも緩慢な事を見極め、冷静にかつ、最小限の動きで相手の攻撃をかわすと同時に、勢い余って体勢を崩した怪物の隙を突いて、身体の無防備な場所に剣を突き立てていくという作業を繰り返していく。


「流石は、と言うべきか」


 2人の戦いぶりに怪物達の骸が次々と地面に転がっていくのを見て、流石にヨシュアの表情は固くなるが、更に多数の怪物を召還し2人に向かわせる。


「さて、この数相手にいつまで持つか高見の見物と行きましょう」


 そう言って笑みを浮かべるヨシュアだが、突如自身に向かってきた矢に驚き、慌てて水の柱を発生させ矢を防ぐも、一方の怪物達は次々と矢を受けて倒れていった。


「突撃だ、化け物共を2人に近づけるな!」


 オルハンの合図で、駆けつけた兵士達が一斉に怪物に突進していく。


「こいつらは動きは遅いが、力は強いから気をつけろ」


 レスティナの言葉を受けて兵士達は慎重に戦うが、ただ一人オルハンだけは怪物の攻撃を受けても動じる事は無く、むしろオルハンが力で怪物をねじ伏せる戦いを見せていた。


「流石はユークリッドの騎士団と言うべきか。そうなると彼等では厳しいか」


 そう呟くヨシュアに対し、今度はクロエの放った火球が向かって来るが、再び水柱を発生させると、火球は蒸気を上げ消えていく。


 更にクロエはヨシュアに向かって炎を連続で放つと、ヨシュアはことごとく水の壁を出現させそれを防いでいくが、クロエの炎が更に強まると、水の壁は激しく破裂するようになり、ヨシュアの表情からも余裕が消えていった。


「くっ、流石はユークリッドの魔女という事か」


 ヨシュアの言葉に対して、クロエは冷たい視線をヨシュアに向ける。


「なるほど、湖の増幅効果があっても、所詮はその程度ですか」


 その言葉にヨシュアの顔は、クロエとは対照的に紅潮していく。


「お、おのれ、言わせておけば」


「いきますよ」


 クロエは更なる火球を放つが、それまでとは比べ物にならないような大きなもので、ヨシュアも水の壁を展開するが、火球はいとも簡単に壁を蒸発させ、そのまま勢いを失うことなくヨシュアに向かっていった。


 火球が触れた途端、大きな爆発と共に周囲は蒸気の霧に包まれる。


 クロエは用心深く霧が晴れるのを待ちながら、次の火球の用意をするが、霧が晴れるとそこにヨシュアの姿はなかった。


「確かに、現時点で出し惜しみ出来る相手ではないですね」


 クロエは背後からの声に驚き、振り返ろうとするが、それより先にヨシュアの放った衝撃波を背中に受け倒れこむ。


「さて、折角だから色々試したいものですね。いつもは何の力のない人間で試しているので、たまにはあなたの様な魔術師相手に試すのも悪くないですね」


「まさか、エレイブの人間を」


「ええ、いい実験材料でもありますから」


「下衆が」


 その言葉に反応して、ヨシュアは倒れているクロエの頭を踏みつける。


「真理に近付く為の崇高な行いですよ。あなたも光栄に思ってくださらないと」


 ヨシュアは冷たく笑うが、クロエはあからさまな嫌悪の表情を見せた。


「何にしましょうかね。最近気に入っているのは、身体を腐らせる術なんですが、生きたまま身体が腐っていく様子を見るのは、なかなか楽しいものですよ」


 そう言いながらヨシュアはワザとらしく笑顔を見せると、クロエに向かって掌を向ける。


「クロエ!」


 ヨシュアはその声に驚くが、レスティナはすでにヨシュアとの間合いに入り剣を振りかざしていた。


「何!?」


 慌ててヨシュアはその場から飛び退くが、レスティナの剣は容赦なく彼の左腕を斬り落とす。


「ぐわっ!」


 悲痛な声と共にヨシュアは呻きながらうずくまるが、次の瞬間には水面に転移していた。


「大丈夫かクロエ?」


 ヨシュアが距離をとった事もあり、レスティナはクロエに近付くと、クロエは立ち上がり笑顔を見せる。


「助かりました、姫様」


「これは高くつくぞ、レスティナ姫」


 左腕を失ったヨシュアは苦悶の表情を浮かべつつも、血走らせた眼でレスティナを凝視する。


「ふん、貴様の様な下衆には、更なる報いをくれてやる」


「それはどうかな」 


 左の足首に何かの感触を覚えたレスティナが足元を見ると、斬り落としたヨシュアの左手がレスティナの左足首を掴んでいた。


「我が左腕と引き換えに、姫の命は貰っていくぞ」


 そう告げると、ヨシュアは左腕を押さえながら、狂ったように高らかに笑う。


「ヴィオラ」


「ここに」


 ヨシュアの呼び掛けに対し、その場に黒衣の少女が現れた。


「兵を与える。奴等を1人残らず殲滅しろ」


「お任せを」


 ヴィオラがそう答えると、ヨシュアの姿はその場から消えていき、代わりに数人の兵士がその場に現れた。


 その時、レスティナは突然その場に崩れ落ち、クロエが慌てて駆け寄る。


「姫様!」


 クロエの声にレスティナの反応はなく、その身体から次第に体温が奪われていき、肌の血色も見る見るうちに失われていった。


「なんて事」


 クロエは彼女の足首を掴んでいる左腕を剥ぎ取ると炎で燃やし、すぐにレスティナに治癒術を施すが、その効果よりもヨシュアの術の進行速度が勝っており、クロエを焦らせる。


「どうすれば」


「クロエ、どうした!?」


 その場に駆けつけたオルハンではあるが、レスティナの様子を見るや否や表情を強張らせた。


「なんて事だ」


「どうすれば」


 クロエは同じ言葉を呟きながら、必死に手段を考える。


「何か手はないのか?」


 オルハンはクロエに問うものの、今のクロエにそれに答える余裕はなかった。


「くそ、ワシに魔力があれば」


 苛立ちのあまり、オルハンは地面を殴りつける。


「魔力。その手が、いやその手しかない」


 クロエは立ち上がり、レスティナを抱き起こそうとするが、クロエの力ではそれは困難なものであり、見かねたオルハンが軽々とレスティナを抱え上げた。


「どこに連れて行けば良い?」


「湖に」


 2人は湖の浅瀬に入ると、レスティナをそこに寝かせる。


「どうする気だ?」


「湖底の鉱石を使えば、あの者の力よりも、わたくしの力が上回るはずです」


 その場でクロエは再びレスティナに治癒術を施すと、途端に湖全体が光に包まれていき、その光景は一見神秘的なものにすら思えた。


「なんだこれは?」


 突然の事にオルハンは困惑するが、同時に何人ものヒンデルグ兵に囲まれている事に気付き戦斧を構える。


 その中にはヴィオラの姿もあり、ヴィオラは3人に向かい衝撃波を放つと、オルハンはレスティナとクロエの前に立ちはだかり、戦斧でそれを受け止めた。


「くそ、こんな時に魔術師まで相手にせねばならぬとは」


「オルハン、わたくしは手を離せません」


「任せておけ、その代わり姫様を頼むぞ」


 オルハンはヴィオラ達をけん制するが、時間と共にヴィオラ達は3人との距離を詰めていき、ヴィオラを含めヒンデルグ兵達も湖に入っている状況であったが、クロエはレスティナの治癒に集中し、自らの力を更に強めていく。


「絶対に、死なせはしませんよ、姫様!」


 クロエの魔力が高まるにつれ、湖の光もそれに合わせて更に強くなり、やがて目を開けるのも厳しくなるほどの閃光に周囲が包まれた。

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