第17話
レスティナ達の部隊は総出で湖周辺をくまなく調べるが、手がかりらしい手がかりは得られないまま時間だけが過ぎていき、気が付けば西の山に日が隠れようとしていた。
「仕方がない。調査は切り上げて、各自夜営の準備にかかれ」
レスティナの指示で兵士達は各々動き出すが、その中にクロエの姿はなく、レスティナは思わず首を傾げる。
「クロエはどうした?」
レスティナは兵士達に呼びかけるが、誰一人としてクロエの行方を知っている者はおらず、不安になったレスティナは湖の周りを徒歩で回るが、クロエの姿を見つける事は出来ずにいた。
「一体、どこに?」
不意にこの湖で何人もの人間が姿を消しているという伝承が脳裏をよぎり、途端に血の気が引く感覚を覚えたレスティナは居ても立ってもいられず駆け出す。
「あれは?」
ふと視界に入った木のふもとに、クロエの服が置かれているのを見つけたレスティナは、走るのを止め呼吸を整えながら近付いていくと、クロエの服はキレイに折りたたまれており、その不自然さからレスティナは呆然としてしまうが、湖から何かが跳ねるかのような音が聞こえ、反射的に振り向くと今まさにクロエが湖から頭を出し呼吸を整えている所であった。
「クロエ!」
レスティナの呼びかけにクロエは一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに何かを警戒するような険しい表情に変わる。
「姫様、他に誰かいますか?」
「いや、私一人だ」
「それは助かります」
そう言ってクロエは岸に上がって来るが、その姿は一糸まとわぬ姿であり、それを目にしたレスティナも流石に驚きを隠せないでいた。
「そ、そんな格好で何をしている。他の者に見られたらどうするつもりだ」
動揺したレスティナは、思わず語気を荒げるが、それにはクロエも眉間に皺を寄せる。
「そんなに大声を出したら、それこそ気付かれてしまいます」
「わ、悪い」
「まあ、見ようものなら焼き殺しますが」
その言葉が冗談であるかどうか判断出来ずにいるレスティナは、クロエを見つけたのが自分一人で良かったと内心ほっとしていた。
「そ、それより何をしていたんだ」
「湖の中を調べていたのですよ。流石に服を着たままでは無理ですから」
クロエは服を手に取るが、濡れたままの身体で服を着るのに抵抗があるらしく、しばらく動きを止め考える。
「拭くものを持って来よう」
「助かります」
レスティナは一度夜営の準備をしている兵士達の元に戻り、荷物から大判の布を見つけ、それを手に急いでクロエの元に戻ると、彼女は背の高い草木にその身を隠していたが、レスティナの姿を目にすると周囲を警戒しつつも布を受け取る。
「ありがとうございます」
クロエが身体を拭き服を着終えるまで、レスティナはとりあえず他の誰かが来ないように辺りを警戒していた。
「お待たせしました」
クロエは布で髪の水分を取りながら、レスティナの前に出る。
「それで、何か見つかったのか?」
クロエは握った手をレスティナの前で開くと、そこには鉱物の欠片があった。
「これは鉱石?」
「見てて下さい」
クロエが種火程度の小さな火球を発生させると、その欠片が突然発光したかと思えば、同時に火球は激しい火柱へと変わり、それを目の当たりにしたレスティナも驚きを隠せずにいる。
「ど、どういう事だ?」
「この鉱石には、魔力を増幅させる力があるようです」
「そんなものが、この湖に?」
そう言いながら、レスティナは湖を凝視するが、無論丘の上からでは鉱石を確認する事は出来ない。
「ええ、驚いた事に水底にびっしりと存在しておりました。こうなると、この湖自体が立派な触媒に成りえますね」
クロエの言葉を受けて、レスティナは神妙な面持ちに変わる。
「まさか、過去に起きた事柄は、この湖自体が原因という可能性が?」
「何らかの力が、この鉱石に反応して起きたと仮定するのなら、充分に考えられます」
「ほう、それに気付かれましたか」
「誰だ!」
突如聞こえてきた知らない声に、2人は辺りを見回すと、いつの間にか湖面に黒いローブ姿の男が立っていた。
「水の上に立っている?」
目の前の光景に驚きつつも、レスティナはすぐさま剣を抜き構える。
「何か反応があると思って来たら、まさかユークリッドの姫君と魔女とは、これはついてますね」
そう言いながら、男は2人に向けて不敵な笑みを浮かべていた。
「貴様、何者だ?」
「私はヨシュア。ヒンデルグ皇帝の下で魔術を極める者」
仰々しく身振り手振りを交えてそう発したヨシュアに対し、同じ魔術師であるクロエは渋い表情を見せる。
「あなたは古代魔法に手を出していますね?」
「真理を求めて何が悪い。そもそも法王庁ごときが決めた事に従う理由はない」
クロエのにとってみれば疑念だけで確証のない状態で、いわばヨシュアに対し鎌をかけたにも拘らず、いとも簡単に更には悪びれることなくそう告げたヨシュアに対し呆れてしまう。
「その言葉、自分だけではなく、ヒンデルグの立場も危うくするものだぞ」
「構いませんよ。いずれ大陸にはヒンデルグ以外の国は存在しなくなるのですから」
レスティナの言葉に、ヨシュアはそう返すと不敵な笑みを浮かべた。
「とは言え、しばらくは秘密は漏れないのが理想的ですね」
そう告げたヨシュアが両手を広げると、湖面は鈍く光りいくつかの人影が湖面に現れる。
「あれは?」
レスティナは思わず後ずさるが、一見人間だと思ったそれは、明らかに人外の怪物であった。
「召還術?」
「左様、これも古代の先人が探求の末に行き着いた術」
ヨシュアはクロエの疑問にもわざわざ答えるが、相変わらずその仰々しい物言いにクロエ自身は苛立ちすら覚えていた。
「先人達は偉大ですが、その失われた術を、こういう形で目にする事が出来るとは思いませんでしたよ」
「ユークリッドの魔女よ、お前もこちら側に来たらどうだ? 魔術師としては真理を探究出来る事が、どれほどの価値があるか理解出来るだろう」
皮肉を込めたクロエの言葉は、ヨシュアには通じず思わずため息を吐くが、気が付けばレスティナがクロエを見ており、それに気付いたクロエは少し考えるような素振りを見せる。
「姫も無駄な抵抗はおよしなさい。降伏していただければ悪い様にはしませんよ」
「貴様、誰に言っている。我はユークリッド第一騎士団団長、レスティナ・エリフ・ユークリッド。我に降伏の2文字はない」
それを聞いたヨシュアは、やれやれといったジェスチャーを見せる。
「おやおや仕方ありませんね。それでそちらの御婦人はいかがですか?」
「探求ですか、確かに興味はありますが」
そう告げるクロエに、レスティナは慌てた様子で彼女を見るが、目が合ったクロエは今の状況に似つかわしくない程の笑顔をレスティナに向けた。
「いや、わたくしにはそんなくだらない事よりも、ずっと大切なものがありますので、謹んで遠慮いたします」
その答えにクロエはレスティナを見て頷くと、レスティナもそれに応える様に口元に笑みを浮かべた。
「くだらない事だと」
ヨシュアは途端に苦々しい表情を見せるが、気持ちを落ち着かせるかのように呼吸を整えると、改めて2人を見る。
「い、良いでしょう。ならば2人にはここで死んで頂きましょう」
「やれるものなら、やってみろ」
レスティナはそう告げると、改めて剣先をヨシュアに向けた。
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