第10話

「気が済みましたか姫様?」


 クロエは呆れたような表情を浮かべながら歩人とレスティナを見ているが、レスティナは自身がたしなめられたと思い、クロエから目を逸らし不貞腐れたような表情を見せる。


「歩人様も申し訳ありません」


「え?」


 そう言うとクロエは、歩人に頭を下げるが、予期してなかった歩人は驚きを隠せないでいた。


「姫様も少し気が立っているので、八つ当たりの様な事をしてしまいまして」


「クロエ、余計な事を言うな」


 不機嫌そうに言い放つレスティナとは対照的に、クロエは笑顔を保っている。


「お二人は、仲が良いのですか?」


 自己紹介の時、クロエはレスティナのお付きと称しており、2人の様子から主従の関係である事は歩人も理解しているが、その割にはクロエはレスティナに対し敬意を持っている様に見えるものの、同時に主従関係にしては遠慮が無いようにも思えた。


「仲は良いですよ」


 クロエは笑顔で答えるが、一方のレスティナは顔を背けたまま黙っている。


「なにせ、わたくしと姫様の付き合いは長いですから」


「へえ」


 歩人は感心しつつもレスティを見るが、やはり彼女は反応を見せず、代わりにクロエが歩人に向かって意味ありげな笑みを浮かべた。


「ですから、他の方が知らないような事も知っておりますし」


「た、例えば?」


 歩人はクロエに促されたような気がしつつもそう口にすると、クロエはそれに応じるように得意気な表情を浮かべる。


「あれは姫様が5歳の頃、どうしても馬に乗りたかった姫様は」


「わ、分かった、クロエ私の負けだ」


 急に慌てだしたレスティナは、振り返るとクロエに非難めいた視線を送るが、すぐに気持ちを落ち着かせるかのように一つ小さく咳をすると、その表情を引き締める。


「そ、それで、何か分かったのか?」


「そうですね、恐らく歩人様には、力が備わっているようです」


「力?」


 そう反応したのはレスティナだけではなく、歩人も同様であった。


「魔力ですよ。この本からもそれを感じ取れますので」


「魔力?」


「説明は難しいですが、人が持つエネルギーで魔術によって具現化出来るものです。とは言え、誰しもが持つ訳ではありませんが」


 フィクションの世界では何度も聞いた言葉ではあるが、それが実在するとは思っていない歩人にとって、簡単に理解出来るものではなかった。


「でも、僕は魔術なんか使えないし」


「それは、術式を持っていないからですよ」


「術式?」


「簡単に言えば、魔術を発動させるきっかけですよ」


「じゃあ、その術式を覚えれば、僕も魔法を使えるの?」


「もちろん。ですが」


 クロエは何かを続けようとするが、少し考えるような仕草を見せる。


「残念ながら、こちらの世界にはすでに魔術の概念がなくなっている様に思えますので、術式を司る契約主自体が存在しません」


「そ、そうなんだ」


 歩人は少しだけがっかりしている自分に気が付き、内心で驚いていた。


「そ、そう言えば、クロエさんの魔術ってすごいの?」


「見たいですか?」


「はい」


 歩人が答えると、クロエはすっと右手を差し出す。


「歩人様、私の手に何か細工がしていないか、知らべて頂けますか」


「え? うん」


 言われるがまま、歩人はクロエの右手を指紋の状態も確認来るほど凝視する。


「見るだけではなく、触って問題が無いか確かめてみて下さい」


 恐る恐る歩人は、クロエの手の平に指を伸ばした。


「きゃ」


 そんな声を上げてクロエは手を引っ込めるが、その行為に歩人は自身が拒否されたのではないかと思い表情を曇らせる。


「も、申し訳ありません。少しくすぐったかったもので」


 少し照れながらクロエは再び手を差し出すと、少しショックを受けた歩人も、自分の勘違いに気が付き、静かに息を吐いた。


「い、いえ、僕の方こそ」


 そう言いながら、今度はしっかりとクロエの手に触れて、その白い肌に細い指、そしてそこからの体温を感じ取る。


「何かありましたか?」


「いえ、何も」


「そうですか」


 クロエは右手を差し出したまま、手の平を上に向けた。


「参ります」


 何が起こるのか分からないまま歩人がその手を見ていると、手の平の中心が赤く光ったかと思えば、その光はたちまち火柱となり、歩人は思わず仰け反るが、火柱は部屋の天井を焦がしかねない高さまで上がった事により、歩人の感心はすぐに心配に変わる。


「い、今のが?」


「はい、わたくしの場合は火を司る精霊と契約をしておりますので、このような事が可能です」


「そうなんですか」


 歩人はそう言いながらも、天井が気になり確認するが、焦げている様子もなく大丈夫に思えた。


「心配おかけして申し訳ありません。この世界ではどういう訳か、必要以上に力が増幅されるので、下手するとこの家が吹き飛んでしまう所でした」


「そ、それは困ります」


「昨日のは流石に驚いたな」


「ええ、まさか建物が吹き飛んでしまうとは思いませんでした」


 自身の心配をよそに、物騒な事をお言い始めた2人に歩人は困惑する。


「追っ手以外に、人がいなかったから良かったが」


 しかし2人の話を聞いている内に、歩人は昨夜の事を思い出した。


「えっと、それって昨夜の事?」


「ご存知でしたか?」


「うん、結構な騒ぎになっているよ」


 歩人の言葉に、レスティナもクロエもその表情を引きつらせる。


「そ、それはマズイな」


「どうしましょうか?」


「弁償しようにも、今の我らには何の財産も無いしな。せめて国に帰れれば」


「で、でもあのビルは元々壊している最中みたいだったから、気にしなくても良いと思うよ」


 見かねた歩人がせめてもの助け舟を出すと、2人の表情が和らいだ。


「そうなんですか?」


「うん、黙っていても平気だよ」


 歩人は内心、爆発の原因が魔術によるものだと言われても、信じる人間はいないだろうと思っていたが、そのタイミングで一階から杏奈が歩人を呼ぶ声が聞こえる。


「あ、ご飯だ」


「それでは帰ってきたら、わたくし達の話を聞いてくれますか?」


「それは良いですけど」


「逃げたりしないだろうな?」


「逃げるって、ここは僕の部屋だし」


 レスティナの言葉に呆れつつも、歩人は部屋を後にした。

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