第9話
「よろしいですか?」
その声に歩人とレスティナの視線がクロエに集中すると、クロエは2人を見ながら不自然な程優し気な微笑みを浮かべていた。
「な、なんですか?」
「1つ試してみたいのですが」
そう言うとクロエは、部屋を見回し本棚からハードカバーの本を一冊取り出す。
「お借りしてもよろしいですか?」
「どうぞ」
クロエが手にしたのは、歩人が中学生の時に流行ったファンタジー小説で、映画化された作品である事から、歩人はクロエも知っているのかと思ったが、クロエは本を手にしたものの、中身を読むことはおろか表紙に目をやる訳でもなく、ただ本の表紙と背表紙を両手で挟み込みすっと目を閉じた。
歩人はクロエが何をしているのか理解出来なかったが、その真剣な表情から声をかけるのも躊躇われた為、思わずレスティナに目を向ける。
「ああ、そのうち分かる。歩人に先入観を持たれるのは良い事とは思えないから、私も説明はしない」
そう言われてしまえば、歩人もクロエの行為を黙って見るしかなかった。
「お待たせ致しました」
そう言って静かに目を開けたクロエは、その本をレスティナのいる机に置くと、レスティナは小さな身体でその本を開こうとするが、本は全く開く気配は無い。
「このっ」
レスティナは意地になって何度もその本を開こうとするが、やはり本は固く閉じられたままで、最後は苛ついて本を蹴ろうとしたものの、これが歩人から借りている物だと思い出し不自然な体勢で固まってしまった。
「い、良いだろう」
そう言いながらも、レスティナは息を切らせている。
「姫様はまだその身体には慣れていないでしょうから、そんなに無理しなくても良いですよ」
半ば呆れつつもクロエは机の上の本を拾い上げると、それを歩人に差し出した。
「では歩人様、この本を開いて下さい」
「う、うん」
僕は本を受け取りしばらくそれを眺めると、思わず息を呑む。
直前のレスティナの様子から、そう簡単に開くものではないと思い、ゆっくり息を吸うと、吐くと同時に勢いよく手に力を込めた。
「あれ?」
本は呆気ないほど簡単に開いた事から、歩人は思わずそんな声を上げてしまったが、むしろ力を入れ過ぎた影響で勢い余って床に落としてしまう。
「えっと」
戸惑う歩人を尻目にクロエは床に落ちた本は拾うと、その本を真剣な表情で観察する。
「一体何が?」
「その本には、封印を施してあったんだ」
そう答えたのはクロエではなく、レスティナであった。
「封印?」
「簡単に言えば、本を開かない様にしていた」
「いや、そんな事」
「実際に私が試したのを見ていただろ」
「でも、そっちは小さいし、単純に力が足りなかったんじゃあ」
歩人の言葉の後、一瞬の間が発生すると、歩人は急に空気が変わった気がしてレスティナを見るが、レスティナは無表情で歩人を見ている。
「なるほど、そういう見方も出来るか」
静かに言い放ったレスティナは、無表情のまま歩人に手招きする。
「手を出せ」
歩人は言われるがまま右手を差し出すと、レスティナは自身の小さい手で歩人の手に触れた。
小さいながらも温もりが伝わり、普段女子との接触が皆無な歩人にとっては、これだけでも緊張してしまい身体を硬直させる。
「私にあの本を開く力が無いか、その身をもって判断するが良い」
レスティナは歩人の人差し指を脇に抱えると、その時一瞬感じた柔らかい感触に歩人の緊張は更に高まるが、次の瞬間、襲い来る激痛と共に甘い気持ちは吹き飛んだ。
「あいたたたたたたたたたたたたたた!」
見るとレスティナは、歩人の人差し指を本来曲がらない方向に曲げようとしている。
「ちょっと、痛い。痛いってば」
歩人の言葉に、レスティナはようやく指を放す。
「な、何すんだよ」
「どうだ、これでも小さいから、力が無いと言い切れるか?」
レスティナの表情は少し怒っている様に見え、歩人は自身の言葉が彼女を傷つけてしまったのだと気付く。
「ごめん」
「わ、分かれば良い」
素直に謝った歩人に、レスティナは意外に思いながらも自身も大人げなかったと反省する。
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