第8話
「えっと、魔術って?」
歩人は先程のクロエが行った自己紹介の中でも、その単語の存在には気が付いていたが、何かの設定と思い、敢えて何の指摘もしなかった。
しかし、まさか自分にそんな質問が及ぶとは思ってはおらず、真剣に考え込む。
「この世界にも、そういう言葉は存在しているようですが? しかも我々と同等の定義のものが」
確かにクロエの言う通りではあるが、それはあくまでもフィクションの中のものであり、実在する訳ではない。
そう口にしようとした歩人だが、これが何かの冗談で彼女達のノリに合わせて、もっと気の利いた事を言うべきだろうか? とも思ったが、自身にそんなノリも話術のスキルもない事を確認しただけであった。
「ま、魔術って、そんなの、ある訳ないよ」
「そう、ですか」
その時の2人の表情から、歩人の答えが2人にとって期待していたものではなかった事が容易に想像が出来、何故か歩人自身もがっかりしている気持ちに気付き胸が一瞬締め付けられる。
「どういう事だ、クロエ?」
「今の時点では何とも」
2人の会話を聞きつつも、歩人は自身が2人の可能性を閉ざしたのではないだろうかと、申し訳なさと同時に、今まで感じた事のない不安な気持ちに襲われ混乱する。
「あの、何でそんな事を? そもそも魔術なんてアニメや漫画なんかの話じゃあ」
「アニメ? 漫画?」
レスティナは本当に知らないのか、歩人に怪訝な表情を向けるが、その事が更に歩人を混乱させてしまった。
「そもそもユークリッド帝国って、どこにあるの?」
「それは」
歩人の様子にクロエも困惑した表情を見せる一方、レスティナは冷静にその様子を窺っており、何かを考える素振りを見せるが、それに気付いた歩人は彼女を指差す。
「それに、そんな小さい人間なんているはずない!」
気持ちが昂ぶった歩人は勢いのまままくし立てたが、すぐにそれは言う必要のなかった事だと気付き、途端に歩人は2人がどんな表情で自分を見ているのかが怖くて視線を落とす。
「先程、私はこう言ったはずだ、目の前の現実を受け入れろと、そうでなければ話が進まないだろ」
レスティナの声は予想とは違い、少し呆れているようにも聞こえるが、それ以上に優しく静かなもので、歩人は静かに顔を上げると、レスティナもクロエも優し気な表情を浮かべていた。
「そもそも我らに近づいたのは、お前、いや歩人の方ではないか」
「えっ、僕が?」
レスティナの言葉に驚きつつも、歩人はその意味を考える。
「現に私を見つけ、ここまで連れて来たではないか」
「それは、売っていたから買っただけで、そもそもドールだと思っていたのに」
「そこですよ」
クロエの言葉に、歩人は驚いて彼女を見る。
「姫様のいたあの空間には、念の為に3重の結界を張っていました。ですから、こちらの世界の方々の目に留まる事も、まして触れる事など出来るはずは無いのですよ」
クロエの説明は十分理解出来たが、自分にその結界を破った記憶がない以上、歩人は首を傾げるだけであった。
「そ、そんな事言われても」
「それに姫様にも念の為に強制的に眠って頂き、人形のフリをして頂いていたのにも関わらず、術を解く前に目を覚ましてしまうという有様で、正直わたくしの魔術師としての誇りは地に落ちてしまいました」
そう言いながら、クロエは大げさに身振り手振りを交え、落ち込むようなポーズを歩人に見せる。
「な、何もそこまで」
「ですから、せめて、なぜこのような事が起きたのか説明して頂けなければ」
「だから、説明と言われても」
そう言いつつも、歩人は改めてレスティナを見つけた時の事を思い出し、すぐに息を呑む。
あの時、一度彼女がいた場所を通りかかった時には気が付かず、後になって見つけた事の不自然さ、そしてドールコレクターである兼久が見逃したという事を考えると、途端にクロエの言葉を裏付けている様な気がしてきた。
「何か思い出しましたか?」
歩人の心情を読んだのか、クロエは優し気な表情ながら、歩人の目をじっとその赤く揺らめくような虹彩を持つ眼で覗き込むと、歩人は思わずのけ反るが、不思議とその視線を外す気は起きなかった。
「えっと、何か魔術を?」
「いえ、そんな事をせずとも、歩人様が嘘を吐くような方ではないと信じておりますので」
クロエにそんな事を言われ、嘘を付ける人間がいるだろうか? 歩人は心の中でそう呟きつつも、一度呼吸を整え、慎重に言葉を選びながら口を開く。
「正直に言いますと、最初に見た時には確かに気が付かなかったです。2回目に通りかかった時に初めて気が付いたという感じでした」
「つまり最初の段階では、結界の効果は損なわれていなかったと」
「それは流石に僕には分からないけど、僕の友達にドールが好きな奴がいるのに、その友達も気が付かなかった。って言っていたから」
「なるほど、では姫様を見た時どう思われましたか?」
「綺麗だなって」
言った後に本人がすぐそこにいる事を思い出し、途端に歩人の顔は恥ずかしさで熱くなる。
「ですってよ、姫様」
「べ、別に、そ、それが、何だというのだ。ま、まあ悪い気はしないがな」
そう言われたものの、歩人は気恥ずかしさからレスティナの表情を見る事が出来ず視線を逸らしたが、彼女の声の様子が慌ててはいるものの、否定的な感じは受けない事に救われた。
「って、そう意味ではないだろ」
レスティナは口を尖らせ歩人ではなくクロエに抗議すると、クロエは笑えを堪えながら歩人に向き直る。
「そうですね、今の質問は姫様を人形と認識したか? というものでした」
「は、はい、そうです」
歩人はまだ視線を上げる事が出来ないが、ハッキリとそう答えた。
「では、その後、歩人様は姫様に触れましたか?」
「確か買った後、ハンバーガーショップで、いや、あの時は兼久、さっき言ったドールが好きな友達だけど、直接触れたのは兼久だけで、僕は箱にしか触れていないです」
「他の男に触れさせたのか?」
レスティナの言葉が不満気なものに聞こえると、歩人は慌てて顔をレスティナに向ける。
「えっと、兼久はドールの扱いにも慣れているし、そもそも眺めただけで何もしていないし、すごく良い奴だから大丈夫だよ」
歩人は友人の事を悪く言われない様に、必死に兼久のフォローをすると、レスティナが何故か感心したような表情を自分に向けている事に気付く。
「親友なのだな」
その言葉に照れ臭さもあってか、歩人は頷くだけに留めた。
「それで、結局姫様に触れたのは?」
「この部屋に戻ってきて、ついさっきだよ」
歩人の言葉にクロエはレスティナに確認するかの様に視線を向けると、レスティナは少し考えるような仕草を見せた後頷いて見せた。
「私の記憶も、この部屋より前はないな」
そう口にすると同時に、何故かレスティナは首を傾げる。
「あの時、一体何をしようとしていたんだ?」
レスティナの言葉を聞いた途端、歩人は身体をビクつかせるほどの動揺を見せる。
「あの時は、ちょっと調べようと思って」
「まさか、服を脱がそうとしていたのか?」
その問いに、歩人は思わず黙ってしまい、レスティナの表情は厳しくなっていく。
「ごめん。その、誰が作った人形か知りたくて、君が生きている人間だと知らなかったとはいえ、ごめんなさい」
そう言って歩人は頭を下げレスティナの言葉を待つが、次に来るのは言葉ではないかも知れないと、ぐっと歯を食いしばりレスティナの裁定を待っていた。
「レスティナだ」
「ふぇ?」
歩人はレスティナが何故彼女自身の名前を口にしたのか理解出来ず、間の抜けた返事をしてしまい、その顔はすぐに真っ赤になる。
「君じゃない、名で呼べ」
続いて出たレスティナの言葉にも、歩人はどう反応して良いか分からず、しばらく固まってしまう。
「えっと、それだけ?」
「他に何が?」
「いや、だって僕は、レ、レスティナを」
「未遂だ。それに理由も理解したし、何より真摯な気持ちで頭を下げて詫びた者を許さない理由などないだろ」
レスティナの言葉に、ようやく安堵した歩人はそっと息を吐いた。
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