第7話

 歩人は帰宅すると、玄関先で遊んで欲しそうに飛び付いてくる番犬のコロンを振り切り、母親の杏奈への挨拶もそこそこに、2階への階段を駆け上がると自室のドアを勢いよく開ける。


 そして急いで買ったドールを買い物袋から取り出し机の上に置くと、緊張しながら木箱を開いた。


 歩人は気持ちを落ち着かせるかのように一度大きく息を吐くと、しばらくその姿を眺めるが、やはり好みの容姿に思わず表情が緩んでしまう。


 ふと気になって、モデルになるようなキャラクターがいるのか?と、手がかりを探すべく箱の中を探してみるが、それらしい手掛かりは得られなかった。


 次に素体にヒントがあると思い付きドールに手を伸ばすが、同時に伸太の「脱がす」という言葉が頭をよぎり、伸ばした手を思わず止める。


「か、確認するだけだから」


 言い訳をするように呟くと、歩人の指先は上着の襟元に触れるが、その手は震え鼓動が高鳴っていた。


「何をだ」


 突然の自分以外の声に、歩人は心臓が停止するかと思うほど驚き、伸ばした手は硬く固まってしまう。


 恐る恐る目の前のドールを再び見ると、ドールは不機嫌そうに腕組みして歩人を見ているが、その視線は鋭く、明らかに歩人の行為を責めており、その圧力に歩人は伸ばした手を引っ込めるが、すぐにある事に考えが及ぶ。


「う、動いた、喋った」


 歩人は慌てて立ち上がろうとするが、バランスを崩して椅子に座ったまま後方へ倒れ、同時に大きな音が部屋に響き渡った。


「お、おい、大丈夫か?」


 ドールは歩人を覗き込むが、すでに混乱している歩人は、その場から逃げようともがいた末に起き上がりドアに駆け寄る。


「クロエ!」


 そんな言葉が背後から聞こえたが、歩人は構わずドアノブに手を伸ばす。


 しかし突然視界は暗くなり、何か柔らかいものににぶつかった歩人はその場に座り込んだ。


「大丈夫ですか?」


 その優しい声に歩人が顔を上げると、そこにはいつの間にか知らない女性の顔が間近にあった。


 端正な顔立ちに赤みがかって輝いている瞳、そして肩までのサラサラとした黒髪から放たれる良い香りに戸惑うが、歩人はその女性に抱きつくような体勢となっており、それに気が付くと慌てて距離をとった。


「だ、誰?」


「突然の無礼はお詫び申し上げますが、とりあえず落ち着いて頂けると助かります」


 女性が穏やかな笑顔を見せると、歩人も少し安心して静かに頷いた。


「これは一体、どういう事?」


「どういう事もこういう事もない、黙って目の前の現実を受け入れろ」


 目の前の穏やかな雰囲気を持つ女性とは異なり、ドールは相変わらず威圧的な空気を発している。


「そんな無茶な」


「全く、何をそんなに驚く必要がある?」


「だって人形が喋って動いたら、誰だって驚くよ」


「私は人形ではない!」


「まあまあ姫様、事情を知らない方にそんなに強く言っては、相手が委縮するだけです」


 女性はそう言いながら、倒れている椅子を起こし歩人の前に運ぶ。


「とりあえず、お掛け下さい」


 歩人はその言葉に従って大人しく座ると、前にいる女性とドールを見る。


 改めて見ると女性の格好は、ファンタジー系の作品に登場しそうな服装で、何かのコスプレかと思っていると、当の女性がゆっくり口を開く。


「さて、まずは自己紹介を、姫様からお願いします」


「我が名はレスティナ・エリフ・ユークリッド。ユークリッド帝国第二皇女にして、第一騎士団の団長を務めている」


 その内容はともかく、小さい身体ながら堂々とした名乗りに、歩人は一瞬にして惹きつけられた。


「続きまして、わたくしはクロエ・ベルキャンプ・アイネマン。クロエと呼んでいただいて結構です。わたくしはレスティナ様のお付きですが、魔術の心得がありますので戦場にもお供いたしております」


 クロエの挨拶が終わると、レスティナとクロエは一斉に歩人を見る。


「須田歩人。えーと16才で、普通の高校生です」


「普通の?」


 レスティナとクロエは、互いに顔を見合わせた後で考え込むが、やがてクロエが手を上げた。


「一つ聞いてもよろしいでしょうか?」


「はい、僕に答えられる事なら」


「歩人様は魔術の心得があるのですか?」


 その質問の意味が理解出来ず、歩人は呆気にとられたまま固まっていた。

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