第5話
歩人と兼久、そして伸太の3人はどこの部活にも所属していない事もあり、週末になると学校帰りに秋葉原に行くのが決まり事になっていた。
それは、秋葉原に行けば彼等の趣味趣向に合う店に行くことが容易であるからだが、3人の趣味は一見似ているようで異なるものである。
歩人の趣味は関節を動かして自由にポージングが出来るアクションフィギュア収集で、主にアニメ関連のものを集めているが、特に拘りがある訳ではなく、良いと思ったものを買う為に、部屋の棚には所狭しとフィギュアが並んでいる。
兼久は物心つく頃にはドールに囲まれている生活を送っていた事もあり、ドール本体だけではなく、服や小物などの関連の物を収集し、最近では自らカスタマイズも行っている程であった。
そして歩人の母親である杏奈もドール趣味がある事から、杏奈とも交流があり、その関係から歩人もよく兼久にはドールを薦められるが、歩人自身はドールに興味はあるものの、自身の財力ではそう簡単に手が出せないのが現状である。
伸太の趣味もフィギュアだが、アクションフィギュアやドールとは異なり、あくまで鑑賞がメインな為、ポーズを変える事は出来ないが、それだけに緻密な造形と塗装を誇るスケールフィギュアと呼ばれるものであった。
その中でも伸太は女性キャラをターゲットにしており、大半はセクシーな方面で、その事を伸太は至高の造形美と称しているが、彼の家には何故かその年齢では買えないはずの物があったりする。
「これ見ろよ」
伸太はショーケース内を指差しているが、そこには露出過多の女性キャラが悩ましげなポーズをとっているフィギュアがあった。
歩人の顔は瞬間的に赤くなり、思わず目を逸らすが、一方の伸太は食い入るように眺めている。
「あの曲線、芸術的だな」
「ま、まあ、そうだね」
「いくらドールでも、こういうのは無理だもんな」
伸太は勝ち誇った様に兼久を見るが、伸太の思いに反し兼久は気にするような素振りを見せない。
「俺は球体関節の方が好みだ」
兼久のその言葉に、伸太は何も言い返せず黙ってしまった。
その後、それぞれの目当ての店を3人一緒に回っていると、レンタルシューケースのスペースに辿り着く。
「さて、何か掘り出し物はあるかな」
レンタルショーケースとは個人間で売買するスペースを店側が提供しており、コレクション整理などで売りに出された物の他に、自身で制作・販売を行っている個人ディーラーなども自身の作品を販売している為、ここでしか買えない一点物なども販売されていたりする。
歩人らは一旦別々にショーケースを見て回り、兼久は例の如くドール用の服や靴、小物などを眺め、伸太はやはりスケールモデルを中心に見ている。
歩人も2人同様色々と見て回ったものの、特にめぼしい物を見つける事は出来ず、既にショーケースも最後の一角に差し掛かっていた。
「あとはここだけかな」
全てを見終わったものの、結局興味が引かれるものは見当たらず、2人に合流しようと歩き出した時、不意に1つのケースが視界に入る。
先程はうっかり見落としてしまったのか、改めて見るとそこには1体のドールが、アンティーク調の木箱の中で横たわっていた。
服装こそ以前放送していたアニメの人気があった女騎士のキャラクターが着ていたものだが、そのドール自体はそのキャラクターではなく、見た事も無いキャラクターである。
しかし、そのアプリコットカラーの美しい長髪に、澄んだ青紫色の瞳、何よりその凛とした表情を浮かべた整った顔立ちを見た瞬間、歩人の胸は高鳴った。
はやる気持ちを抑えながら、ケース内の値札には5000円と表示されているのを確認すると、歩人は財布の中身を確認する。
まず紙幣を数えると、残念ながら1000円札は4枚しかない。
祈るような気持ちで小銭入れから小銭を手の平に取り出し確認すると、結果は500円硬貨2枚に100円硬貨4枚、そして1枚の50円硬貨に6枚の10円硬貨、そして3枚の1円硬貨の合計5513円であった。
歩人はその場で小さくガッツポーズをとると、急いで申込用紙に必要事項を記入してレジに向かった。
「何買ったんだ?」
清算を終えレジを離れた歩人に、様子を見ていた伸太が声をかける。
「ドール」
そう言った途端、兼久が満面の笑みを浮かべ歩人の両腕をつかむ。
「歩人、ようやくこっちに来たか!」
「何てこった、裏切ったな歩人」
「大袈裟だよ、2人とも」
「さて、歩人の心を射止めたのはどんな娘かな」
「じゃあ、どこかでお披露目してもらおうじゃないか」
歩人は2人に脇を抱えられ、まるで連行される様にその場を後にした。
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