第4話
追っ手を振り切ったクロエだが、知らない土地を彷徨う内に、夜にも拘らず光り輝き、道には鉄の物体がものすごいスピードで走り、何より人が寝ることなく行動している異様な光景に心底驚きつつも、自らがこの街の者達と似て非なる存在である事に気付き始める。
「どうやら、我々の知らない所に来てしまったみたいですね」
懐にいるレスティナに声をかけるが反応がなく、クロエは慌てて確認すると、レスティナは静な寝息を立てており、その様子に安堵したクロエは思わず息を吐く。
「流石にお疲れですよね」
そう言いつつも、クロエ自身の疲労もピークに達している上に、この街の明るさに慣れてない為か頭痛すらしており、思わず右手で額を押さえ、今度はため息を吐いた。
「わたくしもそろそろ休みたいところですが」
行き交う人々の中には、クロエに対し好奇の眼差しを向ける者も少なからずおり、時折コスプレやサツエイ、モデルといった言葉が聞こえてくるが、それらはクロエに理解出来る言葉ではなかった。
ただ一様に自身の容姿に対しては好意的に受け取られているらしく、クロエにも理解出来る美人や女優といった言葉も耳に入ってくる。
「どうやら、言葉に関しては問題なさそうですね」
ただ自身が目立つ事は、追われている身としてはマイナスに働く可能性もある上に、万が一に現在のレスティナの事が知られると更なる好奇の目に晒される事は目に見えている事から、クロエは思案し自らに他人の関心を逸らす術を施す。
途端にクロエに関心を示す者はいなくなり、他人の視線を感じる事のなくなったクロエは、寝床を探すべくしばらく歩くが、体力の限界を迎えると近くの建物の敷地内にある石で造られたベンチに横たわり、念の為に他人が近付かないように魔術で結界を張りすぐに深い眠りに落ちた。
そして、どれほどの時間が経ったかは分からなかったが、日の明かりの眩しさと、周囲が騒々しくなっている事で目を覚ましたクロエは、改めてその目に映る光景に息を呑む。
灰色の建物を色とりどりに飾りつけた街並みに人が溢れていき、その数は時間と共にさらに膨れ上がっていく。
「これは、いったい何故これほどの人がこの場所に集まるのでしょう」
不思議に思ったクロエが辺りを見回すと、ごく僅かではあるが道行く人々とは異なる格好をしている人間もおり、どちらかと言えばそれらはクロエに近い恰好をしている様に思えた。
その様な恰好をしているにも拘らず、その者達を昨夜の自分に向けられた、奇異の目で見るような者もおらず、クロエは安心するものの、念の為に自らに施した術を解くことなく情報収集を始める。
クロエは散策しながら街に書かれてある文字を読み取り、また周囲の人間の話し声に耳を傾け、やがて書店と呼ばれる場所でこの街に関する情報を書物から探っていた。
「クロエ」
その声に気付き懐を確認すると、目を覚ましたレスティナが懐から不機嫌そうに顔を覗かしており、クロエは慌てて読んでいる雑誌でレスティナを周囲から隠す。
「今の状況は?」
「とりあえず、ここがアキハバラと呼ばれる地だという事は分かりました」
「アキバハラか」
「アキハバラです」
「そ、それはともかく、私の服はどうにかならないか? 流石にこのままというのは」
現状レスティナは裸身に布を巻きつけているだけであり、クロエもどうにかしたいとは思うものの、良い考えは思い浮かばなかった。
「流石にそれは難しいかと思われます。この土地に姫様と同じ大きさの者がいれば別ですが」
「しかし、なあ」
レスティナは改めて自身の格好を確認すると、恥ずかしさのあまり顔を赤らめる。
「作るにしても我等はこの地の貨幣を持っておりませんので、今の所は盗むという選択肢しか」
「それはならぬ」
クロエもレスティナがそう答える事は分かっており、レスティナに向けて静かに微笑んだ。
「とりあえず、いましばらくこの辺りを回ってみましょう」
「すまないな」
「何がですか?」
「クロエ一人なら、転移術も使えるのに」
転移術は空間と空間を瞬時に移動できる術だが、自分以外の人間を一緒に運ぶ事は無理な為、仮にクロエが転移術を使えば、レスティナはその場に置いて行かれる事になるのであった。
「良いではありませんか、わたくしはこうして姫様と一緒に見知らぬ街を巡れる事は楽しくて仕方がありませんよ」
クロエの言葉に、レスティナは自分の意に反して赤くなった顔を隠す様に懐に潜り込んでいくと、クロエはそれを目を細めながら見届けていると、顔を上げたレスティナと目が合う。
「クロエ」
「なんでしょうか?」
「くれぐれも無理はするなよ」
その言葉に、クロエは胸の奥から暖かくなるような感覚を楽しみながら優しく微笑んだ。
「仰せのままに」
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