第2話

 目を覚ましたレスティナが見たのは、ただ暗いだけの夜の空であった。


 普段であれば、数多あまたの星による輝きが夜空を彩っており、その星明りの下、ある程度の視界は保たれているにも拘らず、この日に限っては、雲が浮かんでいる訳でもないのに、空には僅かな数の星しか確認出来ずに、まるで灯りのない室内にいるような気がしてしまう程である。


「お目覚めですか?」


 聞きなれた声に、声がした方に顔を向けると、レスティナは思わず飛び上がりそうになるが、自身が何も着ていない状態だと分かると、慌てて自分の身を覆う布に隠れる。


「こ、これは、一体どういう事だ、クロエ?」


「残念ながら、わたくしにも分かりません」


 クロエはレスティナが物心着く前から、侍女として近衛として、そして何より親友として常に傍に付き従ってきた間柄だが、今ではレスティナよりも遥かに大きい存在になっていた。


「クロエ、お前いつの間にそんなに大きくなったんだ?」


 クロエの横顔はいつもの様に涼し気で、同じ女性であるレスティナから見ても美人だと思ってはいるが、いま目にしている彼女のサイズは、レスティナの身長より僅かに小さい程度である。


「申し上げにくい事ですが、わたくしが大きくなったのではなく、姫様が小さくなってしまわれたのですよ」


「な?」


 クロエの言葉に、レスティナは声にならない声を上げる。


「その様なお姿になっているのも、姫様のお召し物が身体に合わなくなったからにほかなりません」


 クロエの言葉にレスティナは考え込み、必死に答えを導き出そうとするが、それは容易な事ではなく、ただ時間だけが過ぎていく。


「姫様!」


 クロエは突然レスティナを抱えると、その場から駆け出した。


「ど、どうしたクロエ?」


「追っ手です」


「追っ手?」


 レスティナはようやく自分達が置かれていた状況を思い出すが、目に入る景色は全く見覚えのない異質な建造物が映り、それまでの状況では考えられる様なものではなった。


「ここは一体?」


「分かりません」


 クロエは必死の形相で走るが、追手の数は増えていき、一旦身を隠す為に厳重に封鎖されている建物に逃れるが、追っ手の気配は迫る一方である。


「ここまで、簡単に追いつめられるとは、どうやら敵の中に厄介な者がいるようです」


「厄介な者?」


「恐らくわたくしの魔力を感知している者が」


「魔術師か」


 レスティナの言葉にクロエは頷く。


「いたぞ!」


 その声にクロエは追っ手達が集結してくるのを確認し、ふところにレスティナを仕舞うと、振り返り追っ手達に両掌を向けた。


「姫様、隠れて」


 レスティナはクロエの指示に従い、彼女の懐に潜り込むと、身を守るように服にしがみ付く。


 そして次の瞬間、クロエの前に炎の塊が発生したと思えば、それが弾け飛び、一瞬にして辺り一面を吹き飛ばすほどの爆発が起こった。


 周囲は炎と煙に包まれ、追っ手達の姿も見えなくなるが、その威力は当のクロエすら予想出来ていなかったらしく、驚きを隠しきれず一瞬唖然とするが、すぐに冷静になり、急いでその場を離れるべく駆け出す。


 その直後、その場に局地的な雨が降り注ぎ一部の炎を消すと、辺りは水蒸気に包まれるが、その中から黒衣の人物が姿を現した。


「逃したか」


「申し訳ありません」


 兵士の1人がそう言いながら、黒衣の人物に向けて膝を折る。


「まあいい、どこへ逃げようとも炙り出してくれる」


 黒衣の人物はそう言いながら、周囲を確認している。


「こちらの被害は?」


貴女あなたが咄嗟に防御をしてくれたおかげで、皆程度の軽い怪我で済みました」


 その時、彼らにとって聞き慣れない、そして耳障りな音が聞こえて来たかと思えば、赤い光が次々とこちらに近付いてくるのが目に入る。


「な、何だあれは」


「分からんが、ここにいるべきではないだろう」


 黒衣の人物の言葉を聞いて、兵士の1人が他の者に向けて合図を出すと、直ちにその場からの撤退を開始し、けたたましい音と赤い光を放つ物体が到着する前にその場から離脱した。

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