断章

湖の伝説


ビルギッタ著、『アニム族伝承記』より抜粋


「最初の王ワイナの誕生」


過ぎ来し方の神代の昔

アニム皆一つ所にとどまらず

旅に暮らして帰る家なく


もっとも静かな獣一族

モイネン族の知恵深き女イルマタ

匂いたつ美しさ限りなく


風の噂は幾山こえて

フォーガ族の戦士リョンロート訪ね来る

干戈交えて敵うものなし


リョンロートはイルマタ欲し

イルマタはリョンロート求め

契り交わしてモイネン栄え

偉大な戦士ワイナ生まれる


人々はワイナを指して褒め称え 

母が与えし美しさ並ぶものない知恵を持ち

父が与えし慈しみ並ぶものない強さなり


その生誕を賢者が祝い

その冠は精霊抱き

モイネン族の長となる


冬の暮れモイネン族は森を行く

ワイナ分け入るその森は背高く深く

昼も静かでなお薄暗い


夜更けワイナは歌を聞く

流水の如しその声は

他の誰にも聴くことかなわず


ワイナは歌に導かれやがて大きな湖に至る

静かな水面優しき音色

一人残らず感じ入る


湖の傍深い洞窟

恐れる皆を押しのけて一人ワイナが分け入った

右手に握る松明だけが洞窟の闇遠ざけた 


洞窟は狭くて深く

どこまでもただ闇だけ続く

何を見て何があったのかワイナは何も答えない


やがてワイナが闇から戻る

右手に握る松明の火消え失せて

その左手に短剣一つ


抜き放たれた短剣は

青白い光一筋輝き放ち

湖の淵照らし出す


淵より出でしスフュレリア

静かに暮らすフュルギアの民

安寧と心安をもって司る者


スフュレリアはワイナを愛し

ワイナは恋してスフュレリア求め

二人結ばれ契りあった


婚姻は精霊に祝福されて

その湖は喜びに満ち

清らかな花埋め尽くす


その愛しみ海より深く

決して忘れぬ誓いを立てた

誓いの限り精霊守りこの地は続く


人々は指して云う

ワイナ持つ其は約束の短剣と

スフュレリア側に咲く其を勿忘草と


人々は指して謂う

剣と花持つモイネン族の御子ワイナ

アニマのもっとも偉大なる最初の王と

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