第23話 蜂蜜入りホットミルク
覚悟していたのに心は揺れる。
聖堂の床には放心状態の彼女が居た。
彼女と真っ直ぐに向き合う事が出来ない。
それは自分自身が彼女を偽り傷つけた所為だ。
俺の父は母とイタリアのシチリアで出会った。
今で言う許されない恋という奴で、親父は駆け出しのパティシエで母は上流社会の名家の人間だった。
どう言う経緯で知り合ったのかは判らない。
結果として母の命を対価にして俺はこの世に生を与えられた。
母の家は表では大きな企業として発展し。
裏ではディオというアソシエーションとして暗躍していた。
秘密結社の様な物と言った方が判りやすいかもしれない。
裏で何をしていたのか、それは闇の者に対するための研究とあらゆる手段を使い闇の者の抹消をしていた。
その中心を担っていたのが母親の家であり母親の家系だった。
そんな母もまた闇のヴァンプの血を引き継ぐ者で金色の瞳を持っていた。
闇の家系にも係わらず母親は持って生まれた力を使い、弱き闇の者まで滅するディオを良しとせず戦い続けた。
『漆黒の救世主』などと呼ばれ。
その血を受け継ぐものとして母の命と引き換えに俺が生まれた。
俺は後に知った事だったが親父の家系も元の名を『鬼無』と言い日本では鬼を退治し続けた一族の血を受け継いでいた。
それ故に恐れられ常に奇異な眼で見られ『化け物』と罵られながら監視され続ける事になった。
強大な力で刃向かい続けた母親が亡くなりディオは鎖の切れた猛獣の如く信念を貫き通す事になる。
アソシエーションは俺に母と同じ力が受け継がれてなく、覚醒していないと知るとディオとして暗躍させる為の英才教育を施した。
人の世界で言う人を殺める全ての事を。
銃火器の取り扱い。
体術・剣術や爆発物の使用法まで。
そして1人の少女と出会ってしまう。
俺が暮らしていた大きな屋敷には一緒に遊んでくれる様な子どもなど一人も居ない。
その日も1人で遊んでいて屋敷の地下に気づきそこに行くと女の子が牢屋に幽閉されていた。
女の子は不思議な茶色い瞳に瞳の色と同じような髪をしていた。
歳は同い年ぐらいだろうか。
どうしてこんな所に閉じ込められているのか聞くと、家族と旅行中に誘拐されたと教えてくれた。
そして理由は彼女の口から直接聞く事になった。
「ママが絶対に外で言っては駄目って言っていたけれど、私がヴァンプだから。化け物だから。あの人たちが言っていたの『この世にあってはならない化け物は消えるべきだ』って。だから私は殺されちゃうのだと思う。何も悪いことなんてしてないのに」
子どもながらにショックだった。
殺すための英才教育は受けていたが幼かった為その力を使うような事はなく、そして自分が生きる世界をまざまざと突きつけられた。
それを聞いた瞬間に頭の中に牢を爆破して彼女を逃がしている自分の姿が浮かんできた。
そこが原点。
全ての始まりだった。
翌日、俺は逃がしてやる事を彼女に告げると彼女は不安がった。
「大丈夫、僕がママの所に連れて行ってあげる」
「本当?」
「うん、約束するよ」
「それじゃ、これをあげる。助けてくれるお礼だよ」
彼女が首から外し差し出したのは金色に光る月の形をしたペンダントだった。
「中に私のママの写真が入っているの。ママが高いものだから大事にしてねって言っていたけれど、今の私にはこれしかあげられないから」
「それじゃ行こう」
逃げ出せる確信はなかったけど頭に浮かぶイメージを信じろと何処かで女の人の声がした。
牢の鍵を爆破して屋敷を抜け出そうとする。
直ぐに捕まりそうになるけれど屋敷には数人の警備の人間と身の回りの世話をしてくれている人間しかいなかった。
要所に仕掛けておいた爆弾で煙に巻きながら逃げ果せる。
庭に出ると騒ぎに乗じてイメージどおり一人の女の人がワンピース姿で現れた。
「ママ!」
「ハル! 止めろ」
「嫌だ!」
彼女がママと呼ぶワンピース姿の女の人に抱きつくと直ぐに女の人は彼女を抱きかかえ、止めてあった車に走り出した。
「ハル! 止めるんだ」
「嫌だ!」
「仕方がない、やれ」
俺が声を上げると同時にスイッチを入れると追っ手の後ろにある噴水が爆発する。
それと同時に自分の世話をしてくれていた霧華の掛け声で対物ライフルが自分の後ろで走り出す車を捕らえている。
咄嗟に持っていたバッグを投げつけると銃弾がバッグを貫きバッグに仕込んであった爆弾が誘爆を起こし大爆発を起こし。
吹き飛ばされ遠のく意識の中で視線の向こうには走り去る車が見えた。
次の瞬間、左目に激痛がはしり意識を失い。
意識が戻った時には左目と同時にディオによって封印という形で記憶までも失っていた。
封印によって一定の安全を手に入れたと思ったのか俺は親父に引き合わされ連れ回される羽目に合う。
その件以来、霧華は俺を監視し万が一の時の為に監視役として任務に就くことになった。
それからいく幾年も時が経ち、運命の悪戯か。
ディオはイタリアで昔取り逃がしたヴァンプの少女を日本で見つけだし追い詰め。
俺はクリスマスの夜。
段ボール箱の中に衰弱している少女を見つけた。
そして幸か不幸か万が一の事態が起きてしまう。
ディオにとって一番恐れていた、目覚めてはならない血の覚醒。
それも選りに選って俺が自身の事を何も知らずにディオが追い詰めたヴァンプに血を分け与えてしまうと言う皮肉な形で。
ディオは青天の霹靂に度肝を抜かれ右往左往し霧華に全てを抹消する事を命じた。
時が経ち過ぎ震災が起き取り巻く状況は変わっていたが、手を拱いていれば事は最悪の状態になる事は容易に判断でき霧華は仕方なく動いた。
しかし動けば動くほど糸は複雑に絡み収集がつかなくなっていった。
解決する方法はたった一つだけ。
絡みついた糸の大本を断ち切る事。
その為には多大な痛みが必要だった。
彼女は大切なものを失い。
霧華は祖国と仕える者を失う。
失ったものを対価かとして彼女は命を救われる。
彼女の家は俺を消すことに加担した事で大口の融資を受け会社は飛躍するだろう。
しかし、対価として娘の信頼という大きなものを失う事になる。
霧華は愛する者との唯一の思い出を手に入れ菜露との自由な生活を手にするだろう。
糸を断ち切る為にオルコをイタリアから霧華が呼び寄せた。
彼女を俺から遠ざけ婚約者として潜り込ませて彼女を守らせ、その半面で俺の命を狙う役を与えられ。
保険の様なものだ、この計画の目的は彼女を守る事が最優先事項なのだから。
俺は彼女の目の前で消え散り、霧華の影に潜みこの世から消えた事を霧華に報告させる。
すると直ぐにディオは約束どおりに融資を決定した。
そして霧華はその足でイタリアに向かいアソシエーションの本部に俺を放ち直ぐにイタリアを離れた。
俺は有無を言わせずディオのトップを力任せに捻じ伏せ。
子どもの頃に過ごしていた屋敷に向かい大切な預かり物を探し出し日本に帰ってきた。
俺に一途に向けてくれた愛情と信頼を裏切り。
どんな対価を支払っても償いきれない心の傷を彼女に負わせてしまった。
全てを失う事になるだろう。
その対価として得た物は心から止め処もなく溢れ出す痛みだけだった。
皮肉な事に始まりも自分自身に流れている血だった。
そして終わらせる為に必要だったのも俺の体に流れる母親の一族の血だった。
霧華には俺の母親のアリアの血が眷属として流れている。
オルコは1種の使い魔の様な者で闇の者の血液を与えられる事で擬似的に与えられた血液の力を一時的ではあるが使えるようになる。
その力を使いディオは世界中に潜む者を滅してきた。
そして使役する霧華の血を与えられ金色の瞳の力を使ったに過ぎない。
霧華の影に俺が潜む事が出来たのも脈々と流れる血のためだった。
初めて出会った時の様に背後から首筋に紅雀を付き付けられ。
刀が床に落ち彼女が頭を俺の背中にコツンと当てた。
あの時と違うのは彼女の体から力が抜けるのではなく彼女の強い意志を感じる。
振り返ることも出来ずにいると彼女が俺の右腕を掴んで俺を振り向かせた。
俺の瞳は自身の未来を示すことは無い。
彼女の瞳から涙があふれている。
この後に見えるのは歯を食いしばりながら右腕を振り上げている先輩の姿だった。
もう、失うものは何も無い。
覚悟を決めて静かに眼を閉じた。
『ぺチン』
左の頬に先輩の手が当たる。
「これは菜露ちゃんの心の痛み」
『ぺチン』
右の頬に先輩の手が当たった。
「これは私の心の痛み」
両方の頬を押さえられ目を開けると彼女の顔から怒りなど無く、あるのは……
「これはハル君の痛みなんだから」
口を開こうとすると言葉を掻き消され首に先輩の重みを感じ。
唇を塞がれてしまった。
「謝ったりしたら怒るからね」
「はい、でもこれだけは言わせてください。先輩の側に居て良いんですか?」
「馬鹿! 何でそんな事を聞くの」
「何を聞いても怒るんですね」
「ば、か……」
心の痛みを失った対価として得た物は。
失ったと思っていた、俺の全てになっていた先輩だった。
痛みが消え代わりに愛おしさが溢れ出す。
優しく包み込み。
先輩の唇に唇を重ねる。
俺が先輩の中に流れ出し、先輩が俺の中に流れ込んでくる。
このまま時が止まれば良いとさえ思えた。
no3bの『Answer』の着ウタが聖堂に流れた。
祭壇の前で霧華が俺のスマートフォンを手に掴み振っている。
「おい、亀梨。菜露が待ちかねている」
霧華に返事をせず先輩の瞳を見た。
「「頂きました」」
「おい! まさか……」
「お前ら、いい加減にしろよな。俺を放置するな。先公、いったい何なんだ」
「血の契約を交わしやがった」
「はぁ? まぁ良いじゃねえか。この二人ならどの道するんだろ。早いか遅いかの違いだよ」
今度は米米クラブの『君がいるだけの』着ウタが響き渡った。
霞が慌ててポケットから携帯を取り出した
「うわぁ、な、なんだ菜露かよ。驚かすなよ」
「あら、珍しいわね。そんな古い歌をどうして着ウタにしているのかしら。確か両A面でもう一曲は『愛してる』だったわよね」
「だから何なんだよ。べ、別に良いだろ俺がどんな曲を入れていようが。手前らの考えているような事は絶対ねぇよ」
霧華は冷たい視線で俺を見据えている。
美雨先輩は俺の顔と霞の顔を交互に俺の腕の中で見ている。
霞に到ってはからかわれているだけなのに顔を赤くしていた。
「散れ!」
堪らず声を上げて先輩から手を離し教会の外に飛び出した。
「ハル君!」
「ちげぇよ!」
口々に叫びながら美雨先輩と霞が教会のドアから出てくる。
その後を霧華が珍しく楽しそうに笑みを零しながらオルカと歩いてきた。
菜露は待ちくたびれて不機嫌そうに口を尖らしていた。
「遅いよ! 晴海」
「悪いな、ケーキで手を打つか?」
「うん!」
「よっしゃ!」
「蜂蜜入りホットミルク ハル君スペシャルで!」
菜露・霞・美雨先輩が嬉しそうに片手を突き出し。
その手の先にはいつの間に鈍色の雲は消え。
黄昏にはまだ少し早く。
不思議な色に染まりかけた青空が広がっていた。
蜂蜜入りホットミルクとブラックティー・完
最後までお付き合いいただきましてありがとう御座いました。
蜂蜜入りホットミルクとブラックティー 仲村 歩 @ayumu-nakamura
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