第15話 別れ道


大型ショッピングモールに併設されている今日の宿泊先のホテルに向かう。

ここを買い物に選んだのもその為だ。

そして今ほど良かったと……

思っていたが、チェックインの為にフロントに行くととんでもない事を言われた。

オーバーブッキングで一部屋しか空いていないと言うのだ。

今から他のホテルを案内すると言われても菜露の状況から判断しても移動は無理だ。

それにここでごねても状況が良くなる訳じゃない。

判っていても黒いものが湧き上がってくる。

「ふざ……」

「この状況では2人分しか支払えませんよ。それでも構いませんか? エキストラベッドなんて今から運んでもらっても時間がかかるだけで迷惑です。連れの気分が悪くなり直ぐにでも休ませようと思っているのにどう言う事なんですか?」

俺の怒りを遮るように美雨先輩がフロントのスタッフに詰め寄っていた。

スタッフは平身低頭して誤りながら誠心誠意対応をしている。

話し合いは決着がつき一部屋しか空いていないと言うデラックスツインに普通のツインのそれも2人分の料金で宿泊出来る事になったようだ。


部屋に案内される頃には菜露は普段どおりに戻っていた。

「ゴメン」

「菜露が悪い訳じゃねぇだろ」

「うん」

「菜露はもう大丈夫なのか?」

「うん、霞ちゃん。ありがとう。それと美雨先輩も」

「それじゃ、順番にお風呂に入っちゃお」

「はーい」

3人ともいつの間にかコインロッカーに預けていた荷物を持っている。

ワイワイと部屋中を見渡して楽しんでいるようだ。少しだけ気が楽になる。

俺は2泊程度なら着替えなど持ち歩かない現地で調達すれば良いだけの事だ。

で、ここで一つ問題が……

「どうやって寝るんだ?」

確かにデラックスツインの部屋だけあって部屋もベッドも広い、が所詮ツインでエキストラベッドなんて物は最初に美雨先輩がつき返してしまった。

まぁ、ソファーもある事だし部屋は暖房が効いている。

そんな事を考えていると大きなバスルームではしゃいでいた3人が出てきて、入れ違いで俺がバスルームに向かう。

バスルームでのんびりと湯船に浸かり寒さで強張った体と疲れをほぐす。

部屋からは3人の声が聞こえてくる。

「どうやって寝るの?」

「やっぱり、菜露ちゃんがハル君と……」

「俺はお前となんて真っ平ゴメンだぞ」

「それじゃ、どうすれば納得できる訳?」

「そうだ、美雨先輩と晴海が一緒に」

「そうだな。それが一番収まりが良いかもしれないな」

「無理だよ!」

「それじゃ、晴海争奪じゃんけん大会!」

髪の毛をバスタオルで拭きながら出てくると菜露と霞がベッドに倒れこんでいた。

「何をしているんだ?」

「ひゃう! は、ハル君」

美雨先輩が驚いたような顔で俺を見ている。

その向こう側で菜露と霞が口々に何かを呟いている。

「な、何で勝てないんだ」

「おかしいよ。だってあんなに嫌がってたのに」

「あ、愛の力なのか」

「それじゃ無理に決まってるじゃん」

「ちょっと美雨先輩を借りるからな」

菜露と霞は無言のまま片手を突き上げ返事をしている。

美雨先輩に至っては言葉の意味がわからないのかポカンとしていた。

「行くぞ。みう」

「え、うん」

どちらとも取れる名を呼んでホテルを後にする。


ロビーを通り表に出た瞬間に瞳の色は変わらずに、栗毛色と言うか不思議な色のウエーブがあるロングコートが黒く変わっていく。

流石と言うべきか力の加減が絶妙だ。

ホテルを出て札幌駅に向かい札幌駅前通を駅とは反対方向に向かい大通公園に向かう。

駅前通の木々にもイルミネーションが飾られ綺麗に光り舞っている。

「ハル、何処に行くんだ?」

「俺に聞きたいことがあるんだろ」

「こんな人の多いところでか?」

「だからだろ。イルミネーションの光が瞳に映りこんでいるから判りはしないよ」

1丁目から8丁目の会場ではそれぞれのテーマに沿ったイルミネーションで彩られている。

「ハル、覚醒したのか?」

「覚醒と言うか力の使い方を覚え始めたと言うのが正しいだろう」

「単刀直入に聞く、あの瞳の色は何でだ?」

ミウはやはり力のレベルの事を知っている。

知っていて当然なのだろうミウの一族は代々ヴァンプの血を受け継いできたのだから。

でも、俺にはその理由を口に出すことは出来なかった。

「俺が鬼無の一族だからかな」

「また、そんな曖昧な話か」

「他に思いつく理由が」

「嘘をつくな」

「嘘だと思うなら仮契約を解除すれば良いだろ」

言いたくも無い事を言う事がこんなにも身に沁みるとは思わなかった。

これが今までいい加減に他の女の子と付き合ってきたツケなのだろうか。

欺き通す為にミウ(美雨先輩)が絶対にそれだけはしない事を知っていてそれを言葉にする。

「話を変える。力を使ってみろ」

「そうだな」

自身の中で力をコントロールしながら力を放出すると瞳の色が僅かに変わる。

ターコイズブルーと言えば良いだろうかエメラルドやぺリドットではなくあくまでブルーに近い色に。

「何故、菜露を助けた時と色違う」

「それは咄嗟だったからだろう。人間の言う火事場のクソ力と言う奴じゃないか」

「本当にハルは食えない奴の様だな」

「菜露に言わせれば人でなしだからな」

「帰る」

ミウが踵を返しホテルに向かおうとする。

すぐにミウの手をとって引っ張った。

「もう少しだけ良いだろ。ミウとのデートも新鮮だ」

「な、何を」

掴んだミウの手をダウンジャケットのポケットに強引に押し込むと大人しくなった。

「今は今しか無いんだ。たとえこの身が永久の物になろうともな」

「ハル……」

何処かでBGMに使っているのか松任谷由実の『春よ、来い』が流れていた。


翌朝は豪快な熊の笑い声で起こされた。

部屋の電話を取り耳に当てるとその向こうから小次郎さんの声が聞こえてきた。

「ハル、グズグズしないで早くチェックアウトして出て来い。ロビーで待っているからな」

「相変わらず、突拍子も無く早いな……」

昨日の晩は誰が誰と寝るかもめて結局俺が強引に美雨先輩の手を取ってベッドに潜り込んだ。

そして目を擦りながら起き上がろうと。

「重い、暑い。起きろ!」

「ふぇい」

「おぅ?」

「おはお」

広いとは言えどうやって一つのベッドで4人も寝ていたのだろう。

菜露なんて俺の上で寝てやがった。

有り得ないだろ。

すると直ぐに俺のスマホが着信を告げている。

「はいはい、もし」

「ハルちゃん、朝食なんて食べないで出てきなさいさもないと小次郎と襲撃に行くわよ」

物騒極まりないまほろさんの声がする。

結構、このホテルの朝食も嫌いじゃないが襲撃を受ける訳に行かず。

2匹の小動物(ジャンガリアン)と犬を引き摺る様にロビーに行くと野獣と美少女が待ち受けていた。

「美少女なんて嫌やわ」

「全然、嫌そうに見えませんけど」

「急いで出るぞ」

「は、はい?」

小次郎さんはいつもの正装姿でその傍にはノルディック柄の温かそうなワンピの裾が紫色のダウンコートから見え隠れしたまほろさんが立っている。

小次郎さんは問答無用で2匹の小動物と犬をデリカに放り込みデリカを走らせた。

向かった先は札幌市中央卸売札幌場外市場だった。

ここには60店舗ほどが犇めき合い卸したての海の幸や山の幸を格安で取り扱っている。

行く先々で声を掛けられ小次郎さんは体だけでなく顔も広く人気者だった。

いろいろな店で試食と言いながらいろいろな物を食べさせてくれる。

まほろさんが朝食なんて食べないでと言った意味が理解できる。

新鮮な海産物や乾物でお腹が膨らんできた。

霧華に支払う対価を見繕っていると小次郎さんが声を掛けてきた。

「網走の姉さんに土産か?」

「まぁ、菜露を借りた貸しっていうか」

「お前も苦労人だな」

そう言いながら小次郎さんが次々に指差していく。

タラバ・毛蟹・花咲ガニ・ズワイ・帆立貝・真ツブ……

店の人が「あいよ」と言いながら箱に詰めている。

「小次郎さん、そんなに沢山どうするんですか?」

「はぁ? あの姉さんに送るんだろ」

「でも、多すぎじゃ」

「良いんだよ。少ないと文句言われるよりましだろう。俺の奢りだ。なぁ、菜露ちゃん」

「……」

あまりの量の多さに菜露は開いた口が塞がらない様だ。

それもその筈で菜露と霧華は二人暮しでそんなに食べられないと文句を言ってもしょうがない。

ここは小次郎さんに甘えることにする。

市場を後にして小次郎さんのデリカで市内にあるパティスリーを回る。

情報収集と味見が目的でついでに『Nero e bianco』のスタッフにお土産を買う為に。

こちらでも親父の名前が知られている事に驚いた。

そして行く先々で歓迎され1匹増えた小動物3人と犬一人は大喜びをして試食と言うもてなしを受けている。

何処の店でも『早速、新商品の方をお店に送らせて頂きます』と言われてしまった。

恐るべし情報社会と言うべきか2~3店舗を訪ねただけで他のお店にも親父の代理が来ていると知られていた。

思った以上に親父の代理の責任は果たせたようだ。

午後一便の飛行機で東京に戻る。

別れはまほろさんの涙まで見せてもらえた。小次郎さんに何かを聞いたのだろう。


羽田に着き到着口をでるとそこは異様な世界になっていた。

ダークスーツを着た明らかに一般人ではない厳つい男が待ち構え、それを遠巻きに警備委員や警察官が見守っている。

美雨先輩が掴んでいる俺の手に痛みが走り、菜露は俺の後ろに身を潜め霞が前に出ようとするのを諌めた。

「お嬢様。旦那様がお待ちです」

「こんな迎えなどせずとも、家には直ぐに戻ります。それからでもお話は良いでしょう」

凛とした表情で美雨先輩が言っても男達は動じなかった。

「ほら、迎えに来てくれたんだ。また学院で会えるだろ」

「ハル君。もしかして」

厳つい男のなかから一人が近づいてくる。

直ぐに美雨先輩が制した。

「この方達に指一本でも触れたら承知しませんよ。また、明日ね」

「ああ、そうだな」

名残惜しそうに美雨先輩が俺の手を離れ男達と共に到着口を後にする。

俺と菜露に霞はただ見送るだけだった。





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