第14話 トラウマ

朝食を済ませて小次郎さんに今日の宿泊先の札幌まで車で送ってもらう。

昼前には着く事が出来るだろう。

まほろさんから小次郎さんは買い物を頼まれているようだった。

札幌駅前で車から降りて小次郎さんに礼を言い別れた。

時計を見ると昼には少し早い。

寒い路上で思案しても仕方がなく歩き始めると3人はキョロキョロと札幌の景色を楽しんでいる。

「なぁ、亀梨。どこに行くんだ? こんな住宅街の中を」

「晴海、時計台は?」

「ハル君、迷子になったの?」

質問に答えようとすると前方に不思議な物が見え隠れしている。

なんと言えば良いのか中国の無意味に頭のでかい被り物と言えば判るだろうか、たしか『かぶり面』という名前だと思う。

そして俺達を見るなり電柱の影に隠れるがかぶり面が大きすぎてはみ出している。

「無視しろ」

そう3人に告げて電柱の脇を通り過ぎようとすると俺達の前に飛び出してきた。

面だけなら驚かないがこの真冬の札幌でミニのチャイナドレスを着ている、もちろん肩出しで素足にパンプスを履いている。

「寒くないのか?」

質問に答えずに顔を両手で押さえながら首を振った。

「馬鹿だろ」

返答は同じだった。

徐に頭のてっぺんを掴んで勢いに任せて被り物を回すと少しずれて体も回転して電柱にぶつかり鈍い音がして道端に転がった。

「ハル君」

「晴海」

「亀梨」

「無視だ、無視しろ。何も見えてないからな」

3人の縋る様な瞳を一瞥して歩き出す。

すぐに何の店だか全く判らない店の無地の真っ白な暖簾をくぐり引き戸を開けた。

店の中はカウンターしかなくカウンターの向こうには白髪を後ろで一括りにした頑固そうな親父が座っている。

俺達を一瞥すると険しい顔が綻んだ。

「おお、ハル坊。やっと来たか。待ちくたびれたぞ」

「久しぶりって貸切じゃないよな」

「まぁ、似たもんだ。小次郎から電話を貰った時は腰を抜かしそうになったがな」

「一見さんお断りは健在なんだな」

「もちろんだ。で、未奈和を見なかったか? さっきまで裏に居やがったのに」

「その先でみょうちくりんなお面を被ったチャイナドレス姿の馬鹿が転がっていたけどな」

「あの馬鹿が」

重い腰をゆっくりと上げてカウンターを潜り白髪の親父は店の外に出て行ってしまった。

するとすぐに美雨先輩が声をかけてきた。

「ハル君、ここは何の店なの?」

「ラーメン屋だ。少し変わっているがな」

「でも晴海、一見さんお断りって」

「だから少し変わっているって言っただろ。だからこそ常連になる価値のある店なんだよ」

「亀梨、店の名前もメニューも無いぞ」

「店の名前は『白龍』でメニューは正油ラーメンのみだからな」

「へぇ~」

「ふぅん」

「なるほど」

3人とも感心しきりだ。

それもそうだ高級料亭でもあるまいしラーメン屋が一見さんお断りで店が成り立つかと言えば、この店は成り立っている。

行列も出来ないし看板もない。あるのは無地の白い暖簾だけ。

普通の人なら怖くて暖簾を潜ろうなんて思わないだろう。

勇気をだして潜ってもあの無愛想の塊の様な親父に一瞥されて終りだ。

椅子に座ってもメニューすら無いのだから何を注文して良いのか判らない。

それでも美味しいと評判を聞けば常連に誘ってもらうしか味わえないラーメンなのだから客が途絶える事はほとんど無いに等しい。

今日が特別なだけだ。

しばらくすると北風が舞う外で親父の怒鳴り声が聞こえてくる。

あまりにも可哀想なので風邪を引くぞと声を掛けてやった。


俺達の目の前には4杯の正油ラーメンが湯気を立てている。

そしてカウンターの向こうには白髪の親父と女の子がしょんぼりうな垂れていた。

「頂きます」

手を合わせ、目を閉じ食べ物に感謝する。

白龍の作法の様なもので先ほどいきなり食べ始めようとした霞が親父にお玉で小突かれ涙目になったばかりだった。

スープはこってりしているのに後を引かず、麺は北海道のほとんどのラーメン屋がそうであるように製麺会社の麺を使っているが親父が選び抜いた麺だけの事はある。

そして具は自家製チャーシューが口の中で蕩け、季節の野菜が彩りを添えている。

札幌に来たら必ず食べたい一品になっていた。

カウンターの中から小さなくしゃみが聞こえ、女の子が鼻を啜っている。

「未奈和は本当に馬鹿だろ。この寒い中であんな格好をして」

「だってハルが一人で来ると思ったんだよ」

「聞いてなかったのか?」

「どの子が彼女なの?」

「当てたら今度東京に招待してやるよ」

俺の言葉に未奈和が真剣な目で品定めをしている。

未奈和の父親は東京に出稼ぎに行っていて母親も仕事をしているために、祖父である白龍の親父の店に居ることが多い。

手伝い兼マスコット的存在になっている。

そして未奈和の回答は外れ、再度のチャンスにも外し美雨先輩を盛大に凹ませた。

「亀梨、この子は誰なんだ?」

「安西未奈和。今度中学3年になる。霞を小突いた親父の孫だよ」

「ふうん、未奈和ね。でこのおっさんは?」

「近江 優。未奈和の爺さんだよ」

「優と言うより優一郎だな」

霞の意味の判らない発言はスルーして美味しいラーメンを堪能する。

他じゃ決して味わえないラーメンだから。

今を有意義に過ごす為に。


白龍を後にして菜露リクエストの時計台を見に行く。

正式名称は『旧札幌農学校演武場』と言い小次郎さんと別れた札幌駅の近くにある。

「うわぁ、何だかもういいや。公園の中にあるのかと思った」

「満足か?」

「ちょっと興ざめかな」

菜露の感想どおり周りは森や公園ではなくオフィスビルに囲まれていて初めて見た人は小さく感じてしまう。

そしてその足で国内最大級のショッピングモールに来た。

カフェを見て回るのが目的だが全天候型の館内で、色々なフロアーが連絡通路で結ばれているのがありがたい。

休憩を挟みながら広い館内を歩き回る。

揃わない物は無いと言えるくらいバラエティーに富んでいて見て回っていてもぜんぜん飽きずに時間さえも忘れてしまいそうだった。

美雨先輩に菜露と霞はアクセサリーショップに釘付けになっていた。

甘い物の次あたりに女の子の大好きなものだ。

毎日の様にこの3人に振り回されている気がするが、段々と嫌じゃなくなってきている自分に気づく。

最初に俺を呼んだのは菜露だった。

「晴海、見てみてイニシャルのネックレス。可愛いよ」

「菜露なら少し大人ぽいホワイトゴールドが良いかな」

「欲しい!」

「良いんじゃないか」

「本当に?」

「まぁ、菜露の我侭なら聞いてやる」

「ありがとう」

「で、霞は欲しいものはないのか?」

「お、俺は無い。アクセサリーなんて付けた事がないから」

霞には珍しく慌てて首をブンブンと音がするくらい振っている。

そんな霞の為に菜露が見立てたのはイエローゴールドとホワイトゴールドのコンビになったブレスレットだった。

「これで良いのか?」

「う、うん。良いのか帽子まで買ってもらったのに」

「構わないさ、らしくないぞ」

「あ、うん。ありがとう」

後は美雨先輩だけだが、どうするか悩んでいると菜露と霞の視線が突き刺さった。

「なんだ」

「まさかピアスなんて言わないよね」

「そうだな、恋人同士だもんな」

「「ペアだよね。な」」

二人にハモる様に言われてますます考えてしまう。

すると菜露にケツを叩かれてしまった。

「もう、グズグズするな。男だろ晴海は」

「はぁ~ わったよ」

渋々と美雨先輩の側に行く。

美雨先輩は食い入る様にガラスのショーケースの中を品定めしている。

そっと視線を読むとその先にはペアリングが並んでいた。

「まだ早いな」

「ひぃ!」

俺の一言で美雨先輩が悲鳴に近い声を上げて周りの視線を集めてしまう。

菜露と霞に至っては呆れた顔をして天を仰いでいる。

「あのな、そんなに驚く事はねぇだろ」

「だ、だって急にハル君が声を掛けるからでしょ。もう」

「もうってな」

軽い言い合いに発展しそうになり次の言葉を飲み込んで変換した。

「ゴメン。あんまり真剣なんで、何を見ているのかと思ってな」

「こっちこそゴメン。ちょっと驚いたからだよ」

美雨先輩に出会ってから一ヶ月ほどなのに色々な自分に気づかされている。

これが小次郎さんの言っていた手遅れと言うやつなのだろう。

先が見えないし結末は判らないがこれから先は予定がぎっしり詰まっている。

一線を越えなければ良しとしてって、ある意味もうとっくに一線は越えてしまっているのかもしれない。

今は今なんだと考えを改める事が最優先事項なのだろう。

「記念にペアで何か買おうか」

「へぇ? 今なんて言ったの?」

「二度は言わないからな。ペアで何かを買おうかと言ったのだが」

「うん!」

先輩が極上の笑顔を俺に向け。

そして涙を零した。

「泣くな。まるで俺が苛めているみたいだろうが」

「らって嬉しいんらもん」

親指でぶっきら棒に涙を拭いてやるとすぐに笑顔に変わった。

2人で何を買うか選んでいる。

その姿はどこから見ても幸せそうな恋人に見えているのだろうか……

リングは俺の言葉どおりまだ早い気がする。

ブレスレットは俺も美雨先輩もあまり好きじゃない事が判った。

そして選んだのは医療用ステンレスであるサージカルステンレスを使ったペアのペンダントだった。

メンズにはブラックダイアがレディースにはダイアモンドがそれぞれ小粒だが埋め込まれている。

そして二つを合わせると時計の文字盤が現れる様にレディースには1~6の数字が、メンズには7~12の数字がローマ数字で刻まれているシンプルなものだった。

「ありがとう、大好きだよ」

「あのな、こんな所で言うな」

「それじゃ二人っきりならハル君の気持ちも伝えてくれるの?」

「気が向いたらな」

「ずるいよ」

「飯でも食いに行くぞ」

「待ってよ!」

走って追いかけてくる美雨先輩の胸元には買ったばかりのペンダントが揺れていた。


アクセサリーショップを後にする頃には辺りは暗くなっていた。

何が食べたいかを聞くとお寿司という返事が返ってきたのでアトリウムの地下にある気軽に入れる回転寿司のお店に行くことにした。

トイレに寄りたかったので先に下で待つように伝えトイレに向かう。

アトリウムは吹き抜けの広場になっていて天井はガラス張りのアーチ型になっている。

天井の向こうには星空が出ているのだろうか。

そんな事を考えながら3人の待つ所に広場に行こうと階段を一段降りた時にそれは起こった。

突き上げる様な揺れの後に大きな横揺れが起きる。

北海道も火山が多く地震が多い、その為に震源地が近い為のだろう。

周りから悲鳴が上がった時には勝手に体が動いていた。

周囲に居るはずの人の動きがスローモーションの様に感じられる、それは自分自身が人ではない動きをしている為だった。

瞳の色も変わっているのだろう事がすぐに理解できるが思うように力をセーブできない。

それは己が動揺している所為で、その理由は菜露にあった。

瞬時に菜露を抱きしめる。

菜露は震災に遭ってから地震に対して過剰に反応してしまう。

一種のトラウマと言うか心的外傷後ストレス障害(PTSD)と言った方が良いかもしれない。

月日が経ちだいぶ症状は治まったとは言え大きな揺れを感じるとフラッシュバックを起こしパニックを起こしてしまう。

それは仕方が無い事なのかもしれない。

大切な家族を目の前で失ってしまったのだから。

「菜露、大丈夫だ。俺だ。晴海だ、判るな」

「嫌だ、嫌だよ。晴海、助けてよ」

俺の腕の中で菜露が泣きじゃくっている。

この状況の時が俺も一番辛い。

ただ抱きしめてやる事しか出来ない不甲斐無さに打ちのめされる。

地震の揺れは当におさまっているのに俺と菜露の居る場所だけが時を止めたような感覚に陥る。

それを救ってくれたのは美雨先輩だった。

「ハル君、大丈夫?」

「ああ、俺は平気だ」

「んん、ハル君も泣きそうな顔をしているよ」

そう言いながら俺の頭を優しく抱きしめてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る