第11話 黒
雪の様な人だと思った。
何処までも白く全てを包み込んでくれる。
触ると冷たいかもしれないけれど雪の中はとても温かい。
穢してはいけないと思った。
闇黒の人間が触れれば儚くも薄汚れていく。
全てを断ち切るために。
まずは己を繋いでいたものを断ち切る。
肉体に埋め込まれていた超小型の発信機の様な物を噛み潰すと。
そいつはすぐさま現れた。
「やっはり黒幕は身内か」
「こんな夜中の公園で何をしている家に帰れ」
「試合に出したのは確かめる為だな」
「何の話だ」
「左目 封印 記憶」
それだけを言うと俺の目の前に立っている漆黒の刃の様な女は口を噤んだ。
「まだ、しらを切りとおすか?」
「やはりそうか」
「随分と手の込んだ事をするもんだな。まぁ、あいつに感づかれない為か」
「何が言いたい」
「そのまんまだよ。で、どうするんだ。この場で消すか?」
「私にはそんな力は無い」
「嘘をつけ。アリアの眷属の癖に」
「牙を折りカルマになったのだ。もう昔の話だ」
「一緒に散ったという事か」
「散ってはいない、歩き続ける為だ」
カルマとは時を止めた者を意味するらしい。
ヴァンプは牙を失えば力の大半を失い、人と変わらなくなるが流れ続ける血液はヴァンプのそれで治癒能力は衰えなので血液を補充しなくて良いらしい。
それ以外は何も変わらない、限りなく人間に近いヴァンプ。
ホワイトアッシュの杭でも打ち込まれない限り永遠に生き続ける事になる。
そして孤独との戦いが永遠に始まる。
「こんな事をしてどうする気だ。直ぐにアソシエーションは気づくぞ」
「その為にお前を呼んだんだろ」
「何をする気だ。アソシエーションに刃向かうつもりじゃ。奴らにとってそれは神への冒涜にも等しい行為だぞ」
「だからどうした。アリアは何をして来たんだ?」
「それは……ふっ、貴様如きに何が出来るというんだ。ディオを蹴散らすと? 若造の貴様にそんな事はできやしない」
『ディオ・アソシエーション』自らを世界の秩序を守る神だと信じている者の集まり。
その本拠地はイタリアのシチリアにある。
シチリアはマフィアの巣窟の様な土地で色々と都合が良いらしい。
ブラウン神父曰く。
『賢い人は葉をどこへ隠す? 森の中だ。森がない時は、自分で森を作る。一枚の枯れ葉を隠したいと願う者は、枯れ葉の林をこしらえあげるだろう。死体を隠したいと思う者は、死体の山をこしらえてそれを隠すだろう』と言う事らしい。
ブラウン神父の言葉を借りればディオは己を隠すためにマフィアを作り上げたのかもしれない。
「今から報告するか? それならば俺もこの場に呼び出すまでだ」
スマートフォンを取り出し画面をスクロールする。
「本気か?」
「あいつが真実を知ればどうなるかな?」
「貴様、この私を脅すというのか」
「結果は見えている。俺の特異体質を知らないはずないよな」
「結果は見えているか。だがな、切り札は最後まで伏せておくべきだ」
横に寝かすように倒されたベレッタPx4 Stromの銃口がいつの間にか俺の額に当てられていた。
大半の力を失ってもこんな事を平然と顔色一つ変えずに行ってしまう。
失う前のことを考えただけでぞっとする。
「撃てよ」
「確実に散るぞ。この弾頭にはディオ特製の特殊なウィルスが仕込まれている、闇の者の体内に入れば瞬時に灰になる」
「この瞳を散らせるならな。切り札は最後まで伏せておくのがセオリーなんだろ」
体の中に流れるアリアの血が俺の瞳の色を変える。
俺の額に銃口を当てている彼女の顔色が瞬時に変わり、銃口が音も力も無く下がっていく。
「私に何をしろと?」
「出来もしない事を頼むつもりは無い、ただ指示に従って行動してもらう。簡単な事さ、絡んだ糸の大本を断ち切るだけだ」
これから行おうとしている事を時系列に従いながら説明していく。
話を進めるうちに段々と目の前の顔が険しくなっていく。
「本気で言っているのか?」
「何の為にお前を呼び出したと思っている。大本を断ち切れば自由になれる。その対価として失う物もあるけどな。それはこの計画に関わる者全てに言える、いわゆる痛み分けって奴だ。だが計画はあくまでも計画で全て思い通りに動くなんて考えていない。その時はエンディングまで一気に飛ばせば良い」
「仕方が無い協力してやる。ただしこれだけは言っておく。ディオを砕き散らして来い、それが唯一つの条件だ」
鬼が出るか蛇が出るか運命のブラックボックスかパンドラの箱が開けられた瞬間だった。
そして俺が唯一危惧する鼻の効く奴にも釘を刺しておく『手出し無用』と。
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