第8話 ホットケーキ

「何も変らないな」

「変っただろう。女子のみならず男子まで敵に回して、何故か1年の女子に人気が出たと」

「んな事をメモんな」

「ほら今日も来てるぞ」

外はうす曇で少し寒い、週の真ん中で中弛み。

特に月曜に何の準備もなくアメフトの試合に強行出場したので特に体がだるい。

そんな水曜日に学食で東雲と食事をしていると入り口からこちらを伺う1年生の女子の顔がいくつも交互に見える。

そして……

「不幸を呼ぶ男の所為で俺達には彼女が……」

一年生らしき男子の数人が急に泣きながら学食を飛び出して行く。

お前等に彼女が出来ないのはその性格の所為だと思う。

が言葉にはしない、何故なら平和を愛する人間は争いを好まないから。

「その争いを好まない平和主義者の亀梨君は愛しい先輩が絡まれているのを助け、相手を試合でフルボッコにする訳だ」

「ルール違反は一切していない、その証拠に試合はきちんと終わった。微妙な言葉があるがスルーする。ただのタックルだろ」

「ただのタックルね。あんなタックルをまともに喰らったら腹が千切れるぞ」

「まぁ、俺はあれ以上のパンチを受けた事があるけどね」

「はぁ? パンチ?」

「ああ、レバーやらマメやマルチョウにテッチャンがグチャグチャのミンチなりそうなパンチだ」

「亀梨、お前。俺が何を食べているか判っていて言っているだろう」

「あは、悪い。血が滴り落ちそうな焼肉定食か上手そうだな」

「鬼! 悪魔! 滴り落ちているのはタレだ。焼肉のタレ! 気分が悪くなってきた」

「でも、食うんだろ」

「当然だ、『食べ物を粗末にするな』が我が東雲家の家訓だ」

アメフトの試合があったのが何故か月曜日で東雲に後から聞いたが先方の都合だと言われた。

あんな事やそんな事、つまり俺がかなりの生徒の前で鳳条先輩にキスをして恋人宣言をしたにも拘らず。

俺を見る視線は相変わらずだった。

良い意味でも悪い意味でも注目を浴びてしまい、噂でしか俺の事を知らなかった1年の女子は興味津々で俺が何処に行っても必ず現れて閉口していた。

「何で俺なんだ?」

「久しぶりだからな。亀梨がアメフトの試合に出るの、だからだろう。あれだけ活躍すればヒーローだよ。それに試合に出た理由が理由だからな。学園のアイドルの貞操を守る為、噂でしか知らなかった1年にしてみれば目から鱗だろ」

「で、真実を知っている2年や3年からは目の敵で、1年の女子を奪われたと思っている男子は泣き出したと。俺の知る由もない事だな」

「お前が全てだろうが」

「ここ、空いているかしら」

「ご自由にどうぞって、うわぁ。鳳条先輩」

「東雲の横も空いていますよ」

「ハル君、酷い。恋人にそう言うこと言うんだ」

東雲が焼肉定食の載ったトレーをずらそうとして引っくり返しそうなくらい驚いている。

俺の横には栗毛色と言うか不思議な色のウエーブがあるロングコートの小動物もとい鳳条先輩が立っていて椅子を引いて俺の横に腰掛けた。

変った事と言えば俺の呼び名がいつの間にか亀梨君からハル君に変っていた。

「もう、いつの間にかじゃないもん。恋人宣言してからです」

「おっしゃるとおりです」

「意地悪。でも何の話をしていたの? 貞操をどうって」

「あはは、こいつが鳳条先輩の貞操を守る為にアメフトの試合に出たって言う話です」

「なぁんだ。ハル君にならいつでも私の貞操なんてあげるのに、だって私の始めては全部ハル君だもの」

思わず食べかけていた日替わり定食のから揚げを喉に詰まらす寸前になった。

東雲に到っては完全にフリーズしている。

「NGワード連発だな」

「本当の事だからキスも……」

これ以上はNGワードじゃ済まないと思って、から揚げを鳳条先輩の小さな口に突っ込んで睨み付けた。

周りではただでさえ目立つ俺と東雲なのに先輩の登場で更に視線を集め聞き耳を立てている輩が周りを取り囲んでいる。

そんな状態で俺が辺りを見渡すと急に素知らぬ顔をして食事を再開したり話をし始めた。

「それ以上先輩が暴走するなら俺はどうすれば良いんだ?」

「モキュ、モキュ」

「あのな、食べるか喋るかどちらかにしろ」

先輩が口を動かしゴックンとここまで聞こえそうな音がした。

「ハル君がから揚げを突っ込んだんでしょ。ハル君と2人の秘密の事なんて誰にも話しません」

「それが余計な事なんだ」

「それに未だに私の事を鳳条先輩って他人行儀な呼び名で呼ぶし」

「わぁた。前向きに善処します」

どう足掻いても先輩に勝てる気などせず、それに俺に対する視線もある意味この先輩が原因だと言うのもあるのだろうが、そんな事を言えばどつぼにはまる事間違いないだろう。

早々に食事を済ませ退散する事にしよう。

「ご馳走様でした」

「うわぁ、女の子が食事しているのに先に行っちゃうんだ」

「…………」

再び突き刺さるような視線を浴びせられそうな事を言われ、仕方なく石像の様な東雲を放置して鳳条先輩が持参している小さな弁当を食べ終わるのを待つ事にする。

しばらくすると先輩が弁当箱と箸を可愛らしいポーチに仕舞い両手を合わせた。

「頂きました。そんなに私の顔を見ても何も面白くないでしょ」

「いや、可愛いなと思って」

瞬時に先輩の顔が真っ赤になる。

時々はこんな軽いジャブ程度の仕返しも許されるだろう。


そして待ちに待った金曜日が……

一通のメールで砕け散った。

『晴海 夕方 店』

って、それだけかよ。句読点すら無く何かの連想ゲームを彷彿とさせる。

クソ親父、理由なり経緯を書け、そして俺に敬意を持て。

今までの親父がしてきた事から考えると文面どおりに夕方に顔を出して何度となく酷い目にあった事がある。

ここは早めに店に行った方が得策だと考える。

それに金曜はなるべく早い時間に帰れるように講義を取っているので午後の講義を飛ばせば昼には帰れる。

ここで問題が一つだけ、メールで解決する事にした。

『先輩、ゴメン。急用で、昼で抜けます。晴海』

昼飯は学食か購買で済ませている、購買で買ったにしても外は寒いので学食で食べる事になる。

すると必然的に鳳条先輩と会う事になるので連絡をしておかないと何をされるか判ったものじゃない。

メールを送信するとしばらくして返事が返ってきた。

『判ったわ。私に1人でお弁当を食べろと言うのね』

判っていない様だった。

『今日は本当に申し訳ないが店を手伝いに行く。』

『了承しました。うふふ』

速攻で返事が返ってくる。『うふふ』の意味が知りたい。

嫌な予感がするが放置と決め込んだ。

東雲には一応声を掛けてから午前中最後の講義を受けて速やかに教室を後にする。

「ああ、またサボるんだ。お義姉ちゃんに言ってやる」

「はぁ~ 何で菜露がここに居るんだ?」

「だって今まで隣の教室で授業だったんだもん」

「そうか、それじゃ午後もお腹が一杯になって眠らないように授業を真面目に受けるんだぞ。俺は親父に呼び出されたから午後の授業は飛ばすからな」

「あっそ、鳳条先輩にはもちろん連絡済みなんでしょ」

「そう言うことだ。急ぐからじゃな」

歩き始めて振り向くと菜露が拗ねた様な目をして小さな手を振っていた。


「で、何で2人がここに居るんだ?」

明陽学院大学付属高等学校の校門を急ぎ足で出た瞬間に両脇から飛び出してきた2匹の小動物によって腕をがっちりとホールドされてしまった。

これが黒ずくめの大男なら完全に拉致られていただろう。

ここで不思議な事が……

鳳条先輩は学食に向うのを飛ばして待ち構えていたのだろう。

しかし、菜露は俺と別れてどう言うルートで先回りしたのだろう。

そのうえに息一つ切らしていない。

クリスマスから色々な事と出会いがあり一つの仮説が浮かんだが止めておこう。

そんなはずは無いのだから、多分。

そして小動物2匹に拉致られながら駅に向う羽目になった。


並木道沿いのガラス張りの『スイーツ&カフェNero e bianco』の前には、相変わらずの行列が夕方ほどではないが出来ている。

「出入り口の近くで待っていてくれ。スタッフに呼びに行かせるから」

「えっ、ハル君はどこに行くの?」

「裏口だよ、今日は仕事だからな」

そう二人に告げてガラス張りの店舗の脇にある通路に向かう。

着替えを済ませ店内に出るとチーフが俺の顔をみるなり声をかけてきた。

「代理、お2人をミーティングルームにご案内しておきました」

「ありがとう」

「駄目ですよ。寒空の下で女の子を待たせたら」

「女の子? あれは2匹とも小動物のジャンガリアンみたいなもんですよ」

「もう、代理たら」

菜露はこの店の常連だし俺が時々連れてくるので(色々と手を打つ為)チーフとは仲がよかった。

それで菜露の姿を見かけてチーフが声をかけてミーティングルームに案内したことが容易に分かった。

先に親父が呼び出した理由を聞き判る範囲で指示を出す。

それが的確な指示なのかは自分自身では判断しづらいけれど今までもこうして店を動かしてきた。

それはある程度の経験から言えることで親父の修行につき合わされていた俺にはそれなりの味覚が備わっていたし、基本的なことは親父から叩き込まれている。

その為にレシピを見ればパティシエと話をしながら話をして作業を進める事が可能だった。

高校生なんかにと思うかもしれないが親父の店の皆は俺の事をとても可愛がりそして信頼してくれている。

色々な話をしているとかれこれ1時間が過ぎている。

話でこれならば試行錯誤を繰り返しながらしていたら直ぐに2~3時間は過ぎてしまう。

それ故に早めに店に来ることが必要だった。

まぁ、親父がきちんと店に居れば俺など必要も無く無駄な時間だといつも思う。

そして話が終わる頃合を見てチーフが親父の言付けを伝えてきた。

「……という事ですが。週末にお願いして宜しいのでしょうか?」

「はぁ~ この時期に何でもっと寒い所に……了承しました。行って来ます」

身内である親父ならけんもほろろに蹴散らしていただろう。

それを判っていてチーフに伝言を頼んだのが良くわかる。

もしかして今日も……深読みはやめよう。

ジャンガリアンの2匹が頬を膨らませているのが直ぐに頭に浮かび、チーフにホットミルクを2つ頼んだ。


巷ではVIPルームなどと呼ばれているミーティングルームに行くと、2匹のジャンガリアンは退屈と待ち惚けを盛大に詰めた頬袋を膨らませていた。

「お2人のそのほっぺには何が入っているんですか?」

「晴海のおたんこなす。人でなし」

「だってハル君が」

「あの一言だけ言っておきます。勝手に付いて来たと言うか拉致してきたのはお2人ですからね」

菜露は俺の言葉に無言で頬を膨らませたまま眼で訴えてテーブルに顎を載せて力尽きたジャンガリアンその物だった。

「晴海、ケーキは?」

「ご自由にどうぞ」

「うう、今月はお小遣いがピンチなの」

「また、無駄遣いしたんだろ」

「だって、晴海が遊んでくれないんだもん」

「その腹いせに無駄遣いをしたと?」

「しょうがないじゃん。可愛らしい小物を見つけたんだから」

可愛らしい小物つまり自分と同じような可愛らしいファンシーグッズが菜露は大好きで、霧華からもらっている毎月の小遣いはほとんどがスイーツかファンシーグッズに化けていた。

「美雨先輩? どうしたんですか?」

「ふぇぇ! み、美雨先輩って呼んだ?」

「前向きに善処してみましたがいけませんでしたか?」

フルフルと先輩ジャンガリアンが身震いする様に首を横に振っている。

「でも、その格好って……」

「あ、先輩は初めてなんだ。晴海のパティシエ姿見るの」

「う、うん。なんだか別人みたい」

「まぁ、晴海は何を着せても似合うしね、ハーフだからかな」

「ハーフ?」

「あれ? 晴海は話してないの?」

「話したぞ。イタリアで生まれたって。普段掛けていないメガネの所為にでもしておいてくれ」

店名の通り店内は白と黒を基調としたデザインになっていて、店内に入るとオープンキッチンになっていてお客さんがスイーツを作っている所を見られるようになっている。

そしてホールの女性スタッフはモノトーンのギャルソン姿で、パティシエは黒のコックコートに黒いズボンで黒のロングエプロンをして頭には黒いバンダナキャップといったカラスの様な真っ黒な格好になっている。

そして俺はお客さんから高校生に見られない様に伊達メガネを掛けていた。

そこにスタッフが頼んでおいたホットミルクとブラックティーを持ってきてくれた。

「失礼します。代理、お持ちしました」

「ありがとう。後はこっちで適当にするから」

「今日は両手に花ですね」

「まぁ、そういう事にしておいてください」

テーブルの上にスタッフが湯気の立っているマグカップとホットケーキが乗ったお皿を置いて部屋から出て行った。

もちろん含み笑いをしながら。

ホットケーキはチーフが気を利かせて持たせた物だと思う。

「うわぁ、美味しそう」

「ん~ なんだか花の匂いがする」

「女の子には大切なものらしいので、って先輩? 俺の事は放置ですか」

「ん~ 素敵だよ」

そんな事を言いながら視線はホットミルクとホットケーキに釘付けになっている。

どうやら甘い物に負けたらしい……

「晴海……」

「ハル君……」

どう足掻いても勝てそうに無いので俺が引くことにした。

「どうぞ」

「「やったー」」

2人が眼を輝かせてホットミルクが入っているマグカップを手に取って口につけた。

「うわぁ、うわぁ。メチャ美味しい」

「あれ? ハル君。なんだか蜂蜜の香りがいつものと違うよ」

「ああ、蜂蜜が違うんです。いつも俺が使っているのは百花と言って色々な花から出来た蜂蜜で、これは厳選されたアカシアの蜂蜜なんです」

「ふうん、そうなんだ」

菜露はまるで子供の様にホットケーキに夢中で百歩譲っても高校生には見えないが、無理に話しかけると食べ物の恨みは怖いのでこの際そっと放置しておく。

「今度、カフェでだすホットミルクに入れてみようと思っているんです」

「ハル君が選んだの?」

「まぁ、今日はそれで呼び出された様なものですから。色々な蜂蜜がありますからね」

「どんな種類があるの?」

「日本だと東のアカシア、西のレンゲ。それに菜の花や栗にハゼ・蜜柑・林檎なんかですかね」

「それじゃこれはハル君スペシャルなんだね」

そんな事を言いながら美雨先輩もホットケーキとホットミルクを堪能し始めた。

しばらくするとスタッフに呼ばれお客様の相手をして店を後にする。

美雨先輩は店の前で良いと言ったが駅まで菜露と一緒に3人で歩いく。

「晴海と先輩がね。変なの」

「何が変なんだ?」

「だって晴海はいつだって本気じゃなかったでしょ。適当って言うか」

「あれはあれ。今は今だ」

「でも良かった。なんだか今の晴海のほうが人間らしいもん」

「あのな、俺は一応人間だ」

美雨先輩と目が合い苦笑いをする。

「はいはい、ご馳走様」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る