第7話 再始動


亀梨君の優しさがただ嬉しかった。

でもそれは私の覚悟を見抜いたからだと思う何故だか亀梨君には嘘が全く通用しない気がする。

私の覚悟に気付いた亀梨君は一度断った私からの告白を『先輩の恋人にしてください』と言う言葉で受け入れてくれた。

そして自分の気持ちをきちんと私に伝えてくれて、仮契約と言う形で良いのならと言う条件付だったけれど。

あれは亀梨君の本心なんだと思う。

それなのに一歩を踏み出す前に私の所為で亀梨君は私に瀕死の重傷を負わせた相手に襲われてしまった。

気づくのが早くて直ぐに助けに入る事が出来たけれどもう少し気づくのが遅れれば亀梨君はきっと……

それともう一つ不思議な事が、人狼の左腕が折れていた。

あれは誰が?

もしかして亀梨君が?

本当の事が聞きたい、後悔しないか聞きたい。

でも、出来ずに私はあの場にいるのが怖くなって逃げた。


そして明けなければと思っていた週が明けてしまった。

学院中の至る所で亀梨君が私の告白を断ったって言う話題で持ちきりになっている。

私の中ではどうして良いのか答えが出ないままだった。

亀梨君には嘘が通用しないと思うと彼に会うのが怖くて仕方がなく、携帯が掛かってきてもメールが来ても出る事すら出来ず返事を返す事も出来ないでいる。

それなのに亀梨君が私の事を探し回っているという話をしている友達がいた。

どうしようもなく亀梨君の姿を見ただけで不安になりまた逃げてしまった。

昼休み。

空には今にも泣きそうな雲が掛かっている。寒い冬の季節には誰も居ない屋上に来ていた。

ここは3学期の始業式の日に亀梨君と初めて話をした場所だ。

もう会ってくれないよね…… そう思いメールに曲を添付して送ってしまった。

すると直ぐに返事が返って来て見るとメッセージは無く曲が添付されていた。

その曲はとても切ない曲だった。

確か亡くなった友人に送った曲だって聞いた事がある。

涙が溢れてきた。でもそれは哀しい涙じゃなくて……


迷いながらも最初のメールに『放課後に講堂の前で待っていろ』ってあったとおりに講堂の前に来てみるといきなり他校の生徒3人が声を掛けてきた。

見るからに柄が悪そうで体格も良く取り囲まれてしまい逃げ出す事が出来なくて困っていた。

助けてもらおうと周りを見ると周りに居る生徒達は怖いのか見てみない振りをして遠巻きに見ているだけだった。

用事があるからと言っても引き取ってもらえずに困り果てていると、何処からか凄い勢いで何かが飛んできて1人の男の側頭部に直撃して地面に転がった。

それはラグビーかアメリカンフットボールの楕円形のボールで飛んできたほうを見ると亀梨君と亀梨君の親友の東雲君の2人が立っていた。

「もしかして亀梨君が……」

そう思うと涙が再び溢れそうになる。

今ここで泣いてしまったら決定打になってしまう、そう思って必死に我慢した。

私に声を掛けてきた3人の他校の生徒は亀梨君と東雲君の所にもの凄い顔をして向っていき、まるで大リーグとかで審判と選手が顔を突き合わせて怒鳴りと合っている様に挑発し合っている。

「誰かと思えば明陽ホワイトエンジェルチュ~のワイドレシーバーさんじゃないですか? また、俺らにフルボッコにされたい訳? ああん?」

「相変わらず大口だけは変らねぇな。冥陰ブラックアリゲーターズのワニさん達よ。ボールをぶつけたのはこの俺だ」

「はぁ? 誰かと思えば不幸を呼ぶ永久欠番の№13じゃねぇか」

「へぇ、脳みその小さなワニさんに覚えてもらったなんて光栄だな」

「おい、まるで俺達が馬鹿みたいな言い方じゃねぇか」

「悪い、悪い。煩悩剥き出しだから煩悩で生きているのかと思ったぜ」

「舐めんなよ、テメエら全員ぶっ潰してやる」

「はぁん。皮剥いでなめしてお前らの墓標代わりにしてやんぜ!」

どうも他校の3人はアメリカンフットボール部の選手だったみたい。

彼等が真っ赤になって怒りながらグラウンドの方に歩いていくと亀梨君が中指を立てている。

すると今度は東雲君が亀梨君に食って掛かっている。

「おい、亀梨。てめぇ、これから試合だって言うのに相手に喧嘩売ってどうする」

「どうもしねぇよ。返り討ちにすりゃ良いだろうが」

「まさかお前……」

「土下座してでも試合に出てやる」

「よっしゃ! ホワイトエンジェルス完全復活だ! 俺も一緒に土下座してやる。けど如何するんだ? あれ」

「知るか! 躓いて転んで怪我しただけで、逃げ回っている姫様なんか願い下げだ。時間が無い東雲行くぞ」

亀梨君の言葉に一喜一憂している自分がいた。

そして私は亀梨君の『躓いて転んで怪我しただけで、逃げ回っている姫様なんか願い下げだ』と言う言葉で再び戸惑ってしまった。

あんなに酷い目に遭ったのにそれを躓いて転んだ怪我だって言ってくれる。

逃げ回っている私の事を姫様だって言ってくれる。

でも語気は突き放すように荒っぽい。

動けないでいると亀梨君はグラウンドの方に大股で歩いて行ってしまい、その後を東雲君が追い掛けて行ってしまった。

「おい、聞いたか亀梨がアメフト復活だってよ」

「ねぇ、今のってどう言う意味?」

「すげー、試合が見られるぞ」

「うわぁ、本人が居るじゃん!」

周りに居た生徒達は口々に色々な事を叫びながら、まるで蜘蛛の子を散らす様に慌てふためいて走り出している。


「どうしよう……」

「あれ? 鳳条先輩。こんな所でどうしたんですか?」

そんな状況の中にひょっこりと茶髪でショートボブの3年生からも人気があるけど、竜ヶ崎先生の義理の妹と言うだけで誰も声をかける事すら出来ない。

亀梨君と仲が言い朝香菜露さんが見慣れないジャージ姿で声を掛けてきた。

「朝香さんこそどうしたの、そんな格好して?」

「えっ? これですか実は私アメフト部のマネージャーをしているんです。今日は試合があるんですよ」

「らしいわね。亀梨君と東雲君がそんな話をしていたわ」

「ふぇぇ、晴海に会ったんですか? 先輩」

「会ったと言うか……」

「で、晴海とどうなったんですか? 付き合うんですか?」

朝香さんとは始めて話をするけど皆から人気があるとおりとても可愛らしい女の子だと思う、そんな事を考えているいきなり核心を突かれて戸惑ってしまった。

「その、まだ話出来なくって。亀梨君が試合に出てやるってグラウンドに向かってしまって」

「ふぇえええ! 晴海が試合に出るって…… それで皆が大騒ぎしていたんだ。大変だ、今日の試合は大荒れになるか没収試合になっちゃう。急がなきゃ、先輩も一緒に来てください」

「ええ、どうして没収試合になってしまうの?」

「アメフト部の顧問は私のお義姉ちゃんの竜ヶ崎先生だからです」

いきなり朝香さんに手を掴まれ、問答無用で朝香さんが慌てて走り出し私も一緒にグラウンドに行く羽目になってしまった。

竜ヶ崎先生は亀梨君がお目付け役と言っていたけれどどう意味なのか判りかねていた。

親代わりに近いものだと思うんだけど。

それに竜ヶ崎先生は学院では超が付くほど厳しくって有名で曲がった事が大嫌いな先生だった。


朝香さんに引き摺られる様にグラウンドに着くと黒地に白いナンバーがあるユニフォームを着た相手チームがウォームアップしている。

明陽学院のベンチ前には竜ヶ崎先生がいつもの黒いスーツ姿で腕を組んで仁王立ちしていて。

その前で真っ白なユニフォームに空色に金色の縁取りで13と21のナンバーがある2人の選手が深々と頭を下げている。

ナンバー13が亀梨君で恐らく21が東雲君だ。

「遅れてすいませんでした」

「ナンバー13は永久欠番だ。絶対に試合には出さん!」

朝香さんが竜ヶ崎先生に向い頭を下げて遅れた事を謝ると、竜ヶ崎先生は気づいていないのか亀梨君と東雲君を怒鳴り飛ばす声がグラウンドにまで響き渡った。

そして先生は朝香さんを一瞥して横にいる私の事を真っ直ぐに見ている。

「また台風の目は亀梨か」

「竜ヶ崎先生、亀梨君は何も悪くありません」

「ほぉ、鳳条。どう言う風の吹き回しだ。お前、こいつに振られたんじゃないのか?」

「違います、ちょっと行き違いがあって」

「まぁいい。今回は特例だ。が負けは許さん、ワニ革の墓標をおっ立てて来い。いいな」

「「アイ・ショーティー!」」

不思議な事に私の顔を見た後の竜ヶ崎先生の顔から怒気は感じ取れず穏やかな瞳になっていた。

そして試合に出る事の了承を得た亀梨君と東雲君は拳を突き合わせヘルメットを被り、ウォームアップする為にグラウンドに駆け出した。

それを合図のように明陽ホワイトエンジェルスの選手たちもグラウンドに走り出しオフェンスの選手は感覚を確かめながらボールを投げ合っている、ディフェンスの選手は柔軟をしてウォームアップを始めた。


朝香さんは既にベンチに座りクリップボードとファイルノートを見ながらメモを取るのに集中している。

すると竜ヶ崎先生が声を掛けてきた。

「まぁ、鳳条も座れ」

「は、はい」

先生が朝香さんの横に少し離れて座り私も先生に促されて先生の隣に座ると先生は腕を組んで真っ直ぐグラウンドを見ながら口を開いた。

「お前、本当に亀梨と付き合う気なのか?」

「え? どうして先生がそんな事を気にするんですか?」

「亀梨から俺とあいつの事をどう言う風に聞いている」

「竜ヶ崎先生は亀梨君のお目付け役の様な人だって」

「あいつの父親が不在の時の世話役の様なものだ。特に何をしてやる訳でもないからお目付け役と言われても仕方が無いがな」

「あの、亀梨君のお母さんって」

「それは本人に聞いてくれ。俺の口から言えることは何も無いし本人に聞くのが一番良い事だと俺は思うが。菜露の事は少し話しておこう。菜露は俺の親友だった奴の娘だ、先の震災で孤児になってしまい俺が引き取った」

「そうだったんですか。それで義理の妹なんですね、それと亀梨君と……」

「菜露と亀梨は兄と妹の様な関係だ、恋愛感情は無いとは言わないが俺が認めん。それにあいつの噂は知っているだろう」

「知っています。女の子と真剣に付き合った事が無いって本人から聞きました」

「それでも付き合おうと?」

「亀梨君が言ってくれたんです。それでも良いなら付き合おうって」

「ほぉ、あいつがね」

私と話していても竜ヶ崎先生は無表情で淡々としている。

怒っている所は何度も見た事があるけれど笑った顔を見た事が一度も無い。

一瞬、先生の顔が驚いて私に視線を移して直ぐにグラウンドに視線を戻してしまった。

でも、そんな先生の顔を始めてみた。

グラウンドでは両校のウォームアップが終わったみたいだ。

審判が選手を集めているのが見えた。

「先生、始まりますよ」

「そうだな」

「あの、先生。もし負けた時はどうするんですか?」

「負ける理由が無い」

朝香さんが竜ヶ崎先生に声を掛け試合が始まる事を合図する。

負ける理由が無いと言い切ったその意味が知りたかった。

「なんで負けないんですか?」

「鳳条はホワイトエンジェルスの試合を見た事が無いのか?」

「一度だけ見た事があります。確か亀梨君が試合に出ていた最後の試合です」

「天使の仮面をつけた悪魔や白き悪魔・ブリザード。それが亀梨の2つ名だ。アグレッシブなんて攻撃じゃない。一番敵に回したくないプレーヤーだ」

「だから負けないんですか? でも私が見た試合は」

「その試合は追悼試合の様なものだったからな」

「追悼試合ですか?」

「そうだ。亀梨が出た最後の試合はあいつが1年の時の春季大会の予選だ。震災からちょうど1年目、菜露もあいつも震災で大切な人を失っている。そんな試合に怪我人を出す訳に行かないのでな、俺がハードなプレーは禁じた。が今日はどうだかな、久しぶりにあいつの冷酷な目を見た」

グラウンドではコイントスがおこなわれキックかレシーブとサイドを決めている。

竜ヶ崎先生が私に投げ込んだ爆弾で胸が締め付けられた。

亀梨君が震災で大切な人をなくしていたなんて、それじゃ亀梨君が言っていた『大切な人と酷い別れ』って……


再びグラウンドに目を向けるとありえない事が起きていた。

コイントスで選択権を勝ち取ったのにキックを選択している、レシーブつまり攻撃権を取るのが定石だと言うのに亀梨君が自陣35ヤードでキックの準備をしている。

「うわぁ、先生」

「あの馬鹿、やる気だ」

「何をですか?」

「ガチで喧嘩だ。菜露、保険医に連絡して来い」

「は、はい!」

朝香さんが竜ヶ崎先生の指示で校舎に向かい走り出した。

すると亀梨君がキックしたボールが天高く舞った。

ブラッグアリゲーターズの選手がボールを自陣深くでキャッチして一気に敵陣に向かいリターンする。

あっという間にタックルされホイッスルがなりアリゲーターズのオフェンス(攻撃)が始まる。

アリゲーターズの選手が自陣でハドルを組んでいる。

エンジェルスはなんだか生き生きとして楽しそうだ。

そこに校医に連絡に行っていた朝香さんが息を切らしながら戻って来た。

「朝香、遅いぞ」

「すいません、皆に捕まってしまって」

「それでこの祭り騒ぎなのか」

「うう、あれは私の責任じゃありません」

見るとフィールドの周りには明陽の生徒が沢山集まっていて中にはブラスバンドまでいる。

するとラインバッカーの位置に居る亀梨君が人差し指を突き出し天高く掲げる。

今にも泣き出しそうだった雲の隙間から日が指し天使の梯子が舞い降りる。

すると曲が流れ始めた。

「この曲、聞いた事がある」

「チャゲ&飛鳥の『Yah Yah Yah!!』だ。鳳条、亀梨と何があった」

「あの、私が冥陰の選手に絡まれているのを亀梨君が……」

「鳳条絡みだと思っていたが早まったか」

「どう言う意味ですか?」

「あの曲は相手に対しての宣戦布告の合図だ。可哀想に」

「可哀想?」

先生はそのまま何も言わずにフィールド上に冷たい視線を落としている、朝香さんは試合の流れを食い入る様に見ていて話しかけられる雰囲気じゃなかった。

フィールド上ではスクリメージラインを挟んで睨みあう様に両チームが陣形を組んでいる。

アリゲーターズの選手がスナップつまり地面に置いたボールをクォーターバックに渡して試合が始まる。

ライニングバックがクォーターバックからボールを受け取り走りだしオフェンシブラインとディフェンシブラインが激しくぶつかる。

アイゲーターズのランニングバックが隙を突いて前へと突進する。

「嵌ったな」

竜ヶ崎先生の呟きと同時に歓声が上がる。

フィールドでは3ヤードぐらい攻め込まれた場所でランニングバックがタックルされて倒れている。

タックルで止めたのは№13の亀梨君だった。

「先生、嵌ったって何にですか?」

「鳳条はアメフトをどのくらい知っているんだ」

「攻撃側は4回のプレーを行う権利つまりダウンを与えられて4回のダウンで10ヤード以上進めば再びファーストダウンを与えられ攻撃を続ける事が出来て、10ヤード進む事が出来なければ攻守交替になり4回のダウンをシリーズと言う。それと得点をしても攻守交替ですよね」

「そうだ。まぁ百聞は一見にしかずだ」

セカンドダウンも同じ様に亀梨君がランニングバックを押さえ込んで止めている。

そしてサードダウンが始まりある事に気づいた。

相手のセンターがスナップした瞬間にエンジェルスのディフェンスが僅かにずれ隙が生まれる。

そこに相手のライニングバックが前へと隙を突くように走り出す。

そして3ヤード弱進んだ所で亀梨君に止められている。

「もしかして罠……」

「気づいたか、相手チームも気づいている。次はパスで来るぞ」

竜ヶ崎先生の言うとおりフォースダウンはアリゲーターズのクォーターバックがワイドレシーバーにパスを出した。

少しだけかボールが高い。

そこにいつの間にかアウトサイドに居た亀梨君が走りこむ。

「インターセプト?」

「違うな、そんな生易しい物じゃない」

先生の言葉どおりワイドレシーバーが全身を使いボールをキャッチした瞬間に吹き飛んだ。

もちろん吹き飛ばしたのは亀梨君だった。

「可哀想に」

「痛そう」

「アメフトは格闘技とは言え亀梨の当たりは防具なんて無意味だからな」

「それでもファーストダウンを奪われちゃったんですよ」

「裏を返せばもう4回、相手を叩きのめす事が出来るということだ。それに適度にヤードを稼がせてやればバントされることも無いからな」

バントとはフォースダウンで10ヤードまで届きそうに無い時にするプレーで、ボールを地面に付けることなく蹴ることで攻撃権を失う代償にボールを遠くに進める事ができ、相手チームの陣地深くからつまり攻撃に不利な位置から開始させる為におこなうプレーの一つだった。

第2クォーターもサイドが変っただけで似た様な感じで両チームとも得点に結びつける事が出来ないでいる。

でもハーフタイムのベンチの雰囲気は全く違う物になっている。

アリゲーターズのベンチは意気消沈と言うか満身創痍といえば良いのだろうか、それでも負けじと眼光だけは鋭くこちらを伺っている。

相対するエンジェルスは笑顔が零れるような事は無いが何処と無く余裕が感じられる。

そして亀梨君に話しかけようと立ち上がると竜ヶ崎先生に腕をつかまれた。

「試合の邪魔をするな」

「でも、声を掛けるくらい」

「冷たい目で一瞥されるか無視されるかのどちらかだ」

朝香さんを見ると大きく頷いている。

試合が終わってから話しかけるしかなさそうだ。

大人しく腰を降ろして後半戦を見る事にする。

後半の第3クォーターはアリゲーターズのキックオフつまりエンジェルスの攻撃から始まる。

ボールが高く舞い上がり№21の東雲君がキャッチしてリターンするとあっという間に相手陣地に切れ込んでいく。

「凄い、東雲君もあんなに早いんだ」

「晴海が抜けた穴を東雲さんが埋めていたんだけど、そこをピンポイントで狙われて潰される事が多かったの。でも今日は晴海がいるから存分に東雲さんも暴れまわれるんだよ」

「そうだったんだ」

朝香さんの説明で冥陰ブラックアリゲーターズの人が東雲君に言っていた『フルボッコ』の言葉の意味が判った気がした。

でもそれって……

「もしかして冥陰ブラックアリゲーターズって」

「柄は悪いが試合に関しては基本に忠実で手本としているチームも多い。弱い所を突くのは常套手段だからな。だが亀梨の身体能力と計算高い頭脳プレー加わったエンジェルスの敵じゃない」

「でも、未だ点が」

「時間の問題だ」

竜ヶ崎先生の言うとおり時間の問題だった。

サードダウンでクォーターバックからボールを受け取ったランニングバックの亀梨君が敵陣に切り込む。

それはまるで風の様だった。

相手のディフェンダーの間をすり抜け瞬く間にエンドゾーンにタッチダウンしている。

「速い! 始めて見た」

「亀梨より足だけなら速い奴はいくらでもいる。中には光速のライニングバックなんて呼ばれている奴もな。だが亀梨のバランス感覚はずば抜けている。それにあの速さに鍛えぬいた体でタックルされてみろ」

「骨までって奴ですか?」

「体の芯まで震え上がるだろ。それ故に白き悪魔・ブリザードなんて呼ばれている。亀梨は全てにおいて計算高く何処までも腹黒いが、鳳条はそれでも付き合うつもりなのか」

「私は亀梨君に助けられたんです。計算高くって腹黒い人が何も考えずに人を助けたり出来るんですか?」

「敢えて言えばあいつは震災で地獄を見たからとしか言えないな。昨今では人が散りそうでも見てみない振りをする輩が多い。だがあれだけの地獄を見れば、もしくは持って生まれた資質か」

「資質ですか?」

「この話はここまでだ。最後のプレーが始まるぞ」

竜ヶ崎先生はこれ以上話をする気は無いみたいだった。

それでも『資質』と言った竜ヶ崎先生の瞳は何処と無く遠くを見て哀しそうだった。

フィールドではエンジェルスの陣内でアリゲーターズが一矢報いようと攻撃についているけどあっという間だった。

体の芯まで響くタックルを繰り返されればその痛みを体が覚えている。

そしてパスプレーに出ようと相手クォーターバックがボールを構えているけどエンジェルスのディフェンスは戸惑うワイドレシーバーを完璧にブロックしている。

クォーターバックの些細な躊躇いが仇となり、その隙を見逃さず亀梨君のタックルを受けて地面に転がった。

「わぁ! クォーターバックサックだ!」

「クォーターバックサック?」

「そうそう、やっぱり晴海は凄いや」

クォーターバックサックはパスプレーをしようとしたクォーターバックがディフェンスに潰される事を言うらしい。

何でも『アメフトには2種類のヒーローがいてクォーターバックとクォーターバックを叩きのめす奴だ』なんて言葉があるくらいにインターセプトと並んでディフェンスにとって勲章みたいなものだって朝香さんが説明をしてくれた。

「朝香さんもアメフトが好きなんだね」

「うん、アメフトをしている晴海を見るのが大好き。でも今はちょっと寂しいかな」

「何で亀梨君は辞めちゃったの? それも永久欠番なんて」

「それは……」

朝香さんの瞳が大きく揺れて戸惑っていると竜ヶ崎先生が説明し始めた。

「一応、部に所属はしているがな。亀梨と東雲がアメフトを始めたのは東雲の幼馴染の夢だったからだ」

「東雲君の幼馴染ですか?」

「ああ、名を雪宮月音(ゆきみやつきね)と言って。あいつ等2人と同い年で同じ中学だった。その中学で東雲と亀梨と約束をした。高校に行ったらアメフト部に2人は入部して雪宮はマネージャーになる事を。だがその約束は果たせなかった。雪宮はあの震災で帰らない人になり、それでも東雲と亀梨は約束を守る為にアメフト部に入部した」

「もしかして」

「鳳条が考えている通り、亀梨の恋人になるはずだった。お前が見た最後の試合の後で雪宮の事を面白おかしく言われ亀梨はそいつ等を病院送りにした。試合に出せない理由が判るな」

「そうだったんですね。そんな事が」

「それと学院の近くにある、鳴らずの教会は亀梨にとって鬼門だ。近づかない事だな」

「それって」

「雪宮月音が眠っているんだ。俺は報告があるので、ここまでだ」

それだけ言って竜ヶ崎先生は試合の結果を待たずに、ベンチから表情一つ変えずに校舎の方に歩いて行ってしまう。

鳴らずの教会はこの界隈に住んでいれば知らない人はいないくらいの教会で、真っ白の壁に赤い屋根が良く似合っていて空まで届きそうな高い鐘楼があるとても綺麗な教会で、その鐘は音を奏でなかった。

鳴らない理由は知らないけれど鐘が鳴らないだけで不吉な場所として噂されていた。

何だか亀梨君と付き合うなと言われている気がする。

ただでさえ決められずに迷っている心の渦がさらに大きくなっていく。

試合の方はワンサイドゲームで明陽ホワイトエンジェルスの圧勝で終わった。

ヘルメットを外して選手の皆がベンチに向って歩いてくる。

防具の上にユニフォームを着ているので皆が凄く大きく見える。

中でも亀梨君と東雲君は際立っている。

色々な事が頭の中を駆け巡り怖くなりこの場から離れようと立ち上がると朝香さんが私の手を掴んだ。

「鳳条先輩、逃げないで。お願いだから逃げないで、私じゃ閉ざしてしまった晴海の心を開く事は出来ないの。だからお願い、逃げる様な事だけはしないで。私も2人を応援したいから」

「朝香さん?」

「ほら、晴海にお疲れ様ってタオルを渡してあげて。ね」

瞳に涙を浮かべて満面の笑みをして朝香さんが私の顔を見上げている。

竜ヶ崎先生が言っていた震災の地獄の中に朝香さん自身も居たんだ。

そう思うと逃げる事など出来なくなってしまった。

そんな彼女が自分の気持ちを押し殺してまで私を応援すると言ってくれた。

先ほどまで渦巻いていた心の海が静かになっていく。

すると亀梨君が真剣な顔で真っ直ぐに私の方に歩いてきた。

何かを射抜くような視線が怖くなり思わず俯いてしまう。

亀梨君が私の前に立っているのが判り声を掛けた。

「あの、タオ……」

勇気を振り絞って顔を上げると亀梨君の顔が降ってきて口を塞がれてしまった。

何が起きたのか判らずパニックになりタオルを握り締めた手で亀梨君の体を弾こうとすると、頭の後ろに亀梨君が手を回して身動きが取れなくなってしまう。

こ、これってキスされているの?

それも周りには明陽ホワイトエンジェルスの圧勝に酔いしれているギャラリーが沢山いる目の前で。

全身から力が抜けて持っていたタオルが手から落ちると、同時に亀梨君が離れていく。

「うひょ! 衝撃の瞬間その3か!」

「バーカ、行くぞ」

東雲君のそんな言葉がはるか彼方から聞こえてきて亀梨君は東雲君とクラブハウスの方に歩いていってしまった。驚きと悲鳴に似たどよめきがフィールドに響き渡り。

いつの間にか雲ひとつ無くなっている青空に吸い込まれていく。

私の耳元に『頂きました』の言葉を残して。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る