第6話 インターセプト


週明けの月曜日。

午後からは晴れの天気予報だったが雲行きが怪しい。

泣き出しそうな雲が掛かり始めている。

駅から明陽学院に向かい歩いていると後ろから腕を掴まれた。

「菜露か?」

「おはよー、晴海」.

「なんでお前がこの時間に登校なんだ?」

「別に良いじゃん。これだけは言っておくけど晴海に会うためじゃないからね」

そんな事を言うが菜露は真面目で一時限目から授業を取っている事が多い。

菜露の言葉の裏側を読めば俺の取っている講義を逐一チェックしているのだろう。

そうでもない限り俺の登校時に頻繁に出会う事なんて無いはずだ。

「まぁいいか」

「ああ、疑っているでしょ。学院のアイドルを振ったろくでなしの癖に」

「あのな、あれは……マジで帰りたくなってきた」

登校中の周りにいる生徒の視線が突き刺さり、その視線には男女問わず今にも暴発しそうな殺気が込められている。

そして校門をくぐるとそこはまさに四面楚歌で陽明学院大学付属高校は一触即発の状態だった。

珍しく菜露が掴む腕に力が篭った。

俺が適当に付き合っていた女にどんなに嫌がらせをされても菜露は俺に纏わり付いてきた。

その度に付き合う振りをしていた女とは速攻で別れたが、そんな菜露が不安になっている。

「晴海、大丈夫なの?」

「菜露に俺に近づくなと言っても無理だろ」

「うん。絶対にそんなの嫌だ」

「それなら誤解を早く解かないとな」

「誤解?」

「ぶちゃけると俺から鳳条先輩にお願いした」

「何を?」

「恋人にしてくれって」

俺の言葉を聞き終わらないうちに菜露の絶叫で余計な視線を集めてしまった。

菜露が驚くのも無理は無いだろう、菜露は俺が女の子に本気にならない理由を知っているのだから。

そんな俺が鳳条先輩に恋人にしてくれとお願いしたと言えば驚かない訳が無い。

が、事態はそう上手くいかなかった。


授業の合間に学園中を歩き回って鳳条先輩を探した。

何度と無く姿を見つけ声を掛けようとすると俺に気付いたとたん逃げるように…… いや違う。

理由は判らないが完全にあれは俺から逃げている。

そして大教室で待ち伏せをしていると鳳条先輩の親しい友人なのだろうか、怒号の嵐の如く罵声を浴びせられて退散せざるを得なかった。

「マジ凹む。あんな事を言われたら普通の奴なら校舎の屋上から飛び降りるぞ。クソ」

「仕方が無いだろ。今までの酬いだ。で、亀梨は何がしたいんだ一体?」

「鳳条先輩に告った」

「はぁ? お前、俺の目の前で先輩の事を思いっきり振ったじゃないか。それで学院中が大騒ぎになっているんだろ」

「振った後でキスされたのは見ていたよな」

「まぁ、衝撃の瞬間その2だな」

「嫌な言い方だがそうだな。その時に周りに聞こえないように呼び出された。それで親父の店に連れて行って話をして了承をもらえた筈だった」

「それなのにか?」

「ビンゴ!」

食事する気にもなれず教室で惚けていた俺を東雲は無理矢理学食に連れて来て、何故だか日替わりランチが目の前に置かれている。

「まぁ、とりあえず喰え」

「……」

「喰え」

「わぁった、喰えば良いんだろ」

俺が日替わりランチに箸を着け始めるのを見届けてから東雲は続けた。

「で、どうする気だ?」

「携帯にもかけたが出ない。『放課後に講堂の前で待っていろ』とメールしても返事が来ない。お手上げだ」

「理由は何なんだ?」

「別れ際に雰囲気がおかしかったからそれを今日再確認しようとしたらこの有様だ。しかし東雲の昼飯は何だ? カツ丼に天ぷらウドンって食い過ぎだろ」

「これだよ」

いきなり東雲が楕円形のボールを鷲掴みにして俺の目の前に突き出した。

「試合か? 相変わらず試合前はボールと仲良しかよ」

「俺はワイドレシーバーだからな」

「まぁいいや、今はそれどころじゃないし」

東雲は試合前になると験を担ぐ為か片時もアメフトのボールを離さなくなる癖がある。

そんな東雲と顔を突き合わせて食事をしていると悪友達が口々に茶茶を入れてくる。

立ち上がろうとすると東雲に脛を蹴り飛ばされた。

「苛々すんな。自業自得だろう。それに本気なのか先輩の事」

「とりあえず仮契約だ。ちょっと色々あってな」

「それは俺にも言えない事か?」

「悪い、親友だと思っているからこそ巻き込めない事だ」

「まぁ、良い。お前が普通の男だって判ったからな」

「どう言う意味だ?」

「そう言う意味だ。これ以上聞かない代わりに試合ぐらい見に来い」

曖昧な返事を返すと東雲はそれ以上聞いてこなかったが何故だか顔がにやけて見えた。

聞くなと言えばそれ以上絶対に聞いてこない。

だからこそ東雲だけとは腐れ縁の様に親友で居られるのだと思う。

すると俺のスマートフォンがメールの着信を告げた。

「やっと来たか……」

「どうした?」

鳳条先輩からのメールには曲が添付されていてそれを再生すると曲が始まった。

「no3bの『Answer』かぁ、絶妙だな」

「クソ! ふざけるな。俺がインターセプトしてやる」

そう言って曲を添付して鳳条先輩に送信した。

「おい、インターセプトって何を送ったんだ?」

「スガシカオの『風なぎ』だ」

「それじゃ完全にタッチダウンだぞ、馬鹿が」


午後の授業が全て終わり溜息を付くと隣に座っていた東雲に首根っこを掴まれた。

「逃げるなよ」

「わぁった。行けばいいんだろ、見るだけだからな」

東雲と校舎を出て少し離れたグラウンドの近くにあるクラブハウスに向っていると東雲が脇を小突いてきた。

「何だ?」

「何だじゃねぇよ、講堂の前」

見るとお決まりのナンパイベントが……それも男3対女1ってあり得ないだろ。

「くだらない事を考えていないで何とかしろ。呼び出したのはお前だろ」

「今、俺があそこに出て行ったらどうなると思う?」

「姫を守る為にナイトが戦い3人を木っ端微塵にして。その後、竜ヶ崎に呼び出されて犠打のギネス記録を更新か」

「お前は菜露か!」

講堂の前でナンパをされているのは栗毛色と言うか不思議な色のウエーブがあるロングコートの鳳条先輩その人で。

先輩をナンパしている3人は明陽学院アメフト部の因縁相手の冥陰高校アメフト部の選手だった。

冥陰高校は悪の巣窟の様な高校と言う噂で有名で講堂の前にはかなりの人数の生徒達が居るが冥陰に恐れをなして遠巻きに見ているだけで、誰一人として鳳条先輩を助けようとする奴は居なかった。

そんな事にお構いなく東雲の持っているボールを奪い取り、足を踏み出してボールを耳の横から一直線に投げ飛ばした。

「散れ!」

「馬鹿、あれは冥陰のレギュラーだぞ」

「遅い!」

東雲が制したが、それより早くボールは鋭く回転しながらナンパをしている学ランの生徒の頭に命中した。

ボールが側頭部に直撃した学ランを着た生徒が頭を押さえながらこちらを伺ってから、3人連れ立って俺と東雲の方に凄い形相で向ってくる。

その後ろで鳳条先輩は今にも泣き出しそうな顔をして立ち尽くしていた。

そして、様子を伺っていた明陽の生徒達の注目を集める結果になった。

「誰かと思えば明陽ホワイトエンジェルチュ~のワイドレシーバーさんじゃないですか? また、俺らに試合でフルボッコにされたい訳? ああん?」

「相変わらず大口だけは変らねぇな。冥陰ブラックアリゲーターズのワニさん達よ。ボールをぶつけたのはこの俺だ」

「はぁ? 誰かと思えば不幸を呼ぶ男。永久欠番の№13じゃねぇか」

「へぇ、脳みその小さなワニさんに覚えてもらったなんて光栄だな」

「おい、まるで俺達が馬鹿みたいな言い方じゃねぇか」

「悪い、悪い。煩悩剥き出しだから煩悩で生きているのかと思ったぜ」

「舐めんなよ、テメエら全員ぶっ潰してやる」

「はぁん。皮剥いでなめしてお前らの墓標代わりにしてやんぜ!」

お互いの顔を突き合わせながら眼の飛ばし合い。

それは喧嘩そのものの挑発だった。

冥陰の3人が真っ赤に焼けた炭の様な顔をして明陽の生徒を蹴散らしながらグラウンドに向かい歩いて行った。

「おい、亀梨。てめぇ、これから試合だって言うのに相手に喧嘩売ってどうする」

「どうもしねぇよ。返り討ちにすりゃ良いだろうが」

「まさかお前……」

東雲がこの世の終わりの様な顔をして俺の顔を見ている。

「土下座してでも試合に出てやる」

「よっしゃ! ホワイトエンジェルス完全復活だ! 俺も一緒に土下座してやる。けど如何するんだ? あれ」

「知るか! 躓いて転んで怪我しただけで、逃げ回っている姫様なんか願い下げだ。時間が無い東雲行くぞ」

「おい、待てよ!」

鳳条先輩を見る事も無くグラウンドに向かい歩きだすと東雲が慌てて追い掛けてきた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る