第29話 あ、言ったな

翌日は車にシュノーケルセットを積み込んで水着に着替えて宮南島へドライブに向った。

島を出て橋を渡り城辺方面に車を走らす。


「この島には山が無いのね」


「ええ、平らな島ですからね。台風の時なんかは遮る物が無いから凄いですよ」


「大変そう」


「まぁ、毎年の事ですからね」


車を右折させて海に向かい走ると綺麗に整備されたビーチが見えてきた。


「野神君、ここは?」


「イムギャーマリンガーデンです。あそこの橋の下にはクマノミが沢山いるんですよ」


「ええ、それはニモなの?」


「御手洗さん、それは見てからのお楽しみですね」


車を駐車場に止めてとりあえず遊歩道を歩いて橋に向う。


「瑞貴君、牛が居るよ」


一ノ瀬さんが向いにある小高い丘? の上を指差した。


「あそこは展望台です。あれは牛のモニュメントですよ」


「ふうん、変なの」


「何で牛なのかは聞かないで下さいね。あそこまで登った事がないんで」


「どうして?」


「面倒だから……」


「馬鹿」


橋の上に着くと皆が下を覗き込んでいた。


「うわ、高!」


「この下の展望台側にクマノミが沢山居るはずです」


「のっち、居るはずは曖昧じゃないの?」


「ここに来たのは数年ぶりですから」


「はぁ? あんた毎年何をしているの?」


「来美島から出ないですよ。海を見ていたり釣りをしたり。夜は星を見ています」


「何もしないわけね」


「御手洗さん、一番の贅沢ですよ。それが」


「そんなものなの?」


「はい」


言い切って徐にTシャツを着たまま橋の中ほどまで後ずさりする。


「のっち、まさか……」


「まさかです、願いが叶うらしいですよ。イムギャー名物、イムギャージャンプです!」


少し助走をつけて欄干に足を掛けて思いっきりジャンプして両手両足を思いっきり伸ばす。


「馬鹿!」


ドボンと音がして空気の泡が炭酸水の様に上がる。


「気持ち良い!」


「本当に野神君は子どもね」


「わ、私も……」


「り、凛子は止めなさい」


双葉さんが止めるのも聞かずに、一ノ瀬さんが欄干を乗り越えようとしていた。

笑顔で『おいで』と両手を広げると俺のTシャツを投げて捨てて一ノ瀬さんが飛び降りた。

目の前に水柱が上がりシュワシュワと空気の泡が立ち昇る、直ぐに一ノ瀬さんの体を抱き上げた。


「水着は平気ですか?」


「うん!」


満面の笑顔で俺に抱きつきながら橋の上に居る3人に手を振っていた。


「はぁ~本当に凄いわ、凛子さんは」


御手洗さんが呆れていると双葉さんは笑って手を振っているだけだった。

藤堂が欄干を乗り越えて御手洗さんに手を差し出した。


「ええ、わ、私も行くの?」


「あいつ等には負けたくない」


「はぁ~」


俺と一ノ瀬さんが橋の下から離れると御手洗さんが渋々欄干を乗り越えて藤堂の手を握った。


「せーの」


皆の掛け声と共に2人が飛び降りて水柱が上がる。


「うっしゃ! 気持ち良い!」


御手洗さんが雄叫びを上げた。


「私は荷物を持ってビーチに行くわよ」


そう言って双葉さんは島ゾーリやTシャツをかき集めてビーチの方へ歩き出した。

シュノーケルをつけてクマノミを見たりしているとビーチに乾してあったTシャツはすっかり乾いていた。



車に乗って移動を開始する。

少し走ると岬の先に灯台が見えてくる。


「あそこが、宮南島で一番有名な東平安南崎です」


車で岬の道を走り先端の灯台の近くに車を止めた。


「うわぁ、絶景かな、絶景かな」


「石川五右衛門ですか、御手洗さんは博識ですね」


「あ、あはははは」


「…………」


「って、突っ込んでよ。放置されたら恥ずかしいじゃん」


「す、すいません。なんだか突っ込みづらくって」


目の前には太平洋と東シナ海が一望できた。

そして岬に沿って珊瑚礁が広がっている。


「ねぇ、瑞貴君。どこからが太平洋でどこからが東シナ海なの?」


「…………」


一ノ瀬さんの子どもの様な質問に沈黙してしまった。


「なんか言ってよ。まるで私が馬鹿みたいじゃない」


「いや、可愛い質問だなと思って」


「あのね、凛子。あなた海に境界線なんてある訳が無いでしょ」


「ええ、双葉さん。でもどこら辺かは判らないんですか?」


「はぁ~野神君に任せた」


「あの、辺かなぁ……」


曖昧に指を差してみた。


「うう……酷いよ」


一ノ瀬さんはとりあえず放置して双葉さんを見ると顔が少し引き攣っている。

双葉さんの視線の先には藤堂に寄り添う御手洗さんの姿があった。


「もう、放置しましょう」


「はーい」


小声で話して車に向かい、車に乗り込んで2人を呼んだ。


「おーい、置いていくぞ!」


藤堂と御手洗さんが慌てて走り出した。



新城海岸に行き皆でシュノーケルをして珊瑚や綺麗な魚を見て西に向う、西平安南崎には風力発電の為の白い大きな風車が3基立っている。

風車を横目に見ながら池野大橋を渡り池野島に渡る。


「あっちの大きな島は何?」


「あれは伊良辺島です、あの島の向こうにもう一つ島があってそこにも空港があってジェットパイロットの養成をしているんです。時々ジャンボジェット機がタッチ&ゴーをしているのが見られますよ」


「へぇ、のっちは詳しいんだ」


「伊達に毎年来ている訳じゃないんですよ」


「それにネットオタクだしね」


「そう言うことにしておきましょう」


池野島はあまり来た事もないし観光する所も思いつかなかったので一周して島を後にする。


「ええ、もう終わりなの? 野神君」


「あはは、すいません双葉さん。ここにはあまり来た事が無いし観光するスポットが思いつかないんです」


来た道を戻り市街に向けて車を走らせ途中から標識を見ながら次の場所に車を走らせた。



「着きましたよ」


駐車場に車を止めると、皆が車から降りて伸びをしていた。


「今度は何なの?」


「宮南島で一番有名なビーチです」


駐車場を出て左に進むとそこは少し高台になっていた。


「うっひょー、真っ白い砂のスキー場みたいだ」


御手洗さんがいの一番に駆け下りる。

それを見て藤堂が慌てて追いかけた。


「藤堂君も尻にしかれそうね」


「それが一番いいかもしれませんよ」


「あなた達はどうなの?」


「お互いに寄り添う感じですかね。行きますよ、双葉さん」


一ノ瀬さんと双葉さんの手を取って駆け下りる。2人は必死になって着いて来た。

坂を降りきるとそんなに広くないビーチだが目を引く景色だった。


「ああ、この洞窟みたいのポスターで見たことがある」


御手洗さんが指差したのは隆起珊瑚に出来た洞穴だった、そしてその先にはエメラルドグリーンの海が広がっている。


「綺麗だね、瑞貴君」


「そうだね、だいぶ日が傾いてきているけどね」


「砂がサラサラだ」


「珊瑚の欠片で出来ているからね」


日はだいぶ傾いているが東京からはるか南西にある島の日の入りは7時過ぎだった。


「さぁ、お土産でも買いに行きますか?」


「うん、そうだね。瑞貴君は誰にお土産を買うの?」


「総務にいる同期の宮里くらいかな」


「それだけなの?」


「そうですね、親父と名乗る人とは絶縁状態だしね」


一ノ瀬さんが俺の手を強く握り締めた。


「うっひゃ……これを登るんだ……」


「はい、御手洗さんは楽しそうに駆け下りていたじゃないですか」


「でも、砂の坂は登りにくいでしょ。それにこれじゃ砂の山だし」


「だから砂山ビーチって言う名前なんだと思いますよ」


「はぁ~仕方が無いか」


確かに御手洗さんの言うとおり砂の山は登りづらかった。

駐車場に着く頃には皆無言になっていた。

市街に行きお土産などを買い物して来美島に戻る。



屋敷に戻るとすっかり夕食の準備が出来ていた。


「瑞貴ぃ、難儀だけど片付けね」


「判ったばーよ、寿美子ネェ、ありがとうね」


入り口で寿美子ネェとすれ違った。


「うふふ、瑞貴君。すっかり島の子みたい」


「やらびぃ?」


「やらびぃって言うんだ」


「うん」


食事を済ませいつもの様に一ノ瀬さんに手伝ってもらって片づけを終わらしても皆疲れたのか風呂にも入ろうとしなかった。


「ずーと、ここで暮らしたいなぁ。クーラーは要らないし」


「誰かさんがげんなりした顔をしているけど、花」


「仕方が無いか、来年は山だな、温泉付きの貸し別荘とか」


「うふふ、花も言うようになったわね」


「だって私が言わないと何も言わないんだもん」


縁側で皆と涼んでいる。

庭は暗闇に包まれ、虫の声とそよ風が渡る音だけがしている。


「明日は沖縄本島だね」


「まだ、3日もあるのか波乱万丈なんだろうな。奇奇怪怪・空前絶後・戦々恐々……」


「終わり良ければ全て良しだよ。私は後輩君と一緒に居られるだけで楽しいからね」


「そうありたいなぁ」


視線を真っ暗な庭に投げると御手洗さんが小さな声で話しかけてきた。


「のっち。あのさぁ、お願いがあるんだけど」


「御手洗さんのお願いは何だか怖いな」


「もう。あのね、夜は涼しいでしょ。だから、あの星を……」


「はいはい、藤堂とビーチでまったりしっぽり降る様な星空を眺めたいと」


「そ、そこまではっきり言って無いでしょ、まぁ……」


尻すぼみになって虫の声に掻き消されてしまった。

幸いな事にまだ誰も風呂に入っていない。それに明日はもう本島で星など見られないだろうと思った。

一ノ瀬さんの顔を見ると既に乙女チックな顔になっていた。

思いっきり足を振り上げて立ち上がる。


「さて、お立会い。私、ケット・シーが抱腹絶倒の、もとい。百花繚乱の星の花園にご案内いたしましょう」


「胡散臭い」


「藤堂! ウダウダ言わずに来れば良いんだよ。あっと驚くなよ」


「それじゃ、参りましょうか。ただし条件が私の指示には絶対に従ってもらいます。Are you ready?」


「「「Yah!!」」」


「それじゃ、皆様。お手をどうぞ」


俺・一ノ瀬さん・双葉さん・御手洗さん・藤堂の順番で手を繋ぐ。


「行きますよ。ルールその1・良いというまで顔を上げない」


手を繋いで真っ暗な夜道を歩いていく。俺の手にあるペンライトだけを頼りにビーチに出る。

そして砂浜の上を歩きしばらく進む。


「後ろの2人はそこでストップ」


数歩進んで声をかける。


「止まって、ルールその2・目を瞑って横になる」


「面倒臭い」


「藤堂、ブラックキャットになるぞ」


「す、すまん」


皆が横になるのを確認する。

双葉さんは一ノ瀬さんの直ぐ横に居た。


「それじゃ、目をゆっくり開けて」


俺の言葉で皆が息を呑んだ。


「ふぅわぁ~」


「す、凄い……」


「あ、あり得ない……」


「…………」


「藤堂、感想は?」


「あ、ああ……」


「あ、言ったな」


「馬鹿!」


そんな御手洗さんの突っ込みが聞こえてきた。


「おいで」


小声でそう言うと一ノ瀬さんが体をずらして俺の肩に頭を乗せた。

潮風に運ばれて甘い匂いが鼻をくすぐる。


「こんな星空、生まれて始めてみた。あれが天の川だよね」


「そう、ミルキィー・ウェイ」


「他の星座は?」


ペンライトで大まかな星を指しながら囁く。


「鷲座のアルタイル、琴座のベガ、白鳥座のデネブ。これが夏の大三角形、そしてカシオペア、北極星の小熊座・北斗七星の大熊座・ヘラクレス・乙女座・天秤・蠍・いて座・山羊座・水瓶にペガサス。こんな所かな、星が多すぎて星座にならないかもしれない」


「本当に言葉に出来ないね」


「言葉なんて要らないんだよ。こうして何もしない時間って一番の贅沢で何にも変えがたいんだよね」


耳を済ませると波の揺らぎの音と風の音しかしない。

肩には愛しい人の温もりこの幸せが続きますようにと星に願った。





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