第28話 触った事がないから判りませんよ

屋敷に帰ると庭にBBQの用意が大方は準備されていた。

準備があるので先に風呂を使わせてもらい部屋に戻ると一ノ瀬さんが待ち構えていた。


「手を出して」

「何をするんですか?」

「消毒」

「凛子さん、それは正解じゃありません。綺麗な水で洗い流したから平気です」

「でも」

「凛子さんは俺の言葉が信じられませんか?」

「そうじゃないけど」


少し暑いのを我慢して白いロンティーを着る。


「暑くないの?」

「目立つし気にするでしょ。双葉さんなら」

「あっ、そんな事まで」

「少し我慢して夜になれば涼しくなりますよ」


まだ、気にしている一ノ瀬さんの肩に手を置いてキスをする。


「お返しです。でもしょっぱい」

「もう、馬鹿。お風呂に行って来よう」


一ノ瀬さんが部屋を後にした。そして俺は準備に取り掛かった。




「さぁ、じゃんじゃん焼きますから、ガンガン食べてくださいね」


BBQが庭先で始まった。何だか乗りが悪い、双葉さんが溺れた事をみんな気にしているのだろう。


「双葉さん、もう体は大丈夫ですか?」

「ええ、ありがとう。瑞貴君は平気だったの?」

「俺ですか? 死ぬかと思いましたよ」

「えっ!」

「だって青いビキニの双葉さんが抱きついて来たんですよ。一ノ瀬さんより大きくて柔らかい物が体に当たって、心臓が止まるかと思いましたよ」

「あ、あなたって子はねぇ」


双葉さんが握り締めた割り箸が『バキッ』と音を立てて半分に折れた。


「もう勘弁してくださいね。次は我慢できるかわかりませんから」

「次なんてありません! 凛子の前でなんて事を言うの! そこに直りなさい! 許さないんだから!」

「ひぃえーー」

「藤堂! 御手洗さん助けて」


俺が逃げ回ると双葉さんが怒った顔で追いかけてきた。

御手洗さんと藤堂が笑い出した。


「凛子さん、助けて」


一ノ瀬さんの後ろに隠れると一ノ瀬さんがそっぽを向いた。


「ええ、どうせ双葉さんより小さいですよ。後輩君は大きな方が好きなんだ」


双葉さんを見ると肩で息をしていた。


「はぁ、はぁ、野神君。許してあげるからこれでチャラよいいわね。さぁ、皆。お肉が炭になるわよ」

「はーい」

「へいへい」


御手洗さんと藤堂が返事をして肉や野菜を取り始めたが、一ノ瀬さんはまだ拗ねたままだった。


「凛子さん、食べましょう」

「後輩君なんて知らない」

「凛子さんを引き合いに出してすいませんでした。まだ、触った事ないから判りませんよ」


頭を下げて、一ノ瀬さんの耳元で囁いたつもりだが周りにも聞こえてしまったらしい。


「え、ええええ……」

「あなた達って一緒に暮らしているのよね」

「馬鹿が」


一ノ瀬さんが真っ赤になり、俺は……


「ヨンナ~ヨンナ~で良いんです、俺達は」

「ヨンナ?」

「はい、ゆっくりって言う意味です。双葉さん」

「そっか、優しいんだ。野神君は」

「相手は凛子さんですよ」

「ああ、瑞貴君がなんだか酷い事を言ってる!」


一ノ瀬さんが拗ねて肩を叩いてきた。

焼きたての三枚肉を箸で取り少し冷まして一ノ瀬さんの前に差し出した。


「はい、あ~ん」

「うぐぅ、騙されないもん」

「美味しいですよ。アグーと言う黒豚ですから」


一ノ瀬さんが小さな口を開いたので肉を口に入れる。


「うぅ、おいひいい」


そんな事をしながらワイワイガヤガヤとBBQを楽しんだ。




片づけが終わって皆でお喋りして私がお風呂に入ると瑞貴君は先に部屋で横になっていた。

布団は前の日と同じように隣に敷いてくれている。

顔を覗き込むと寝息が聞こえる。

横になり瑞貴君の顔にかかっている髪の毛を指で救い上げると瑞貴君が目を覚ましてしまった。


「ゴメン、起こしちゃった?」


トロンとした眠たそうな瞳で私の顔を見ている。


「凛子さんだぁ」


笑顔がとても可愛い。


「体はもう平気なの?」

「うん」


疲れているのか眠たいのかいつも以上に子どもぽく見える。


「少し、話しても良い?」

「うん、良いよ」


それからお母さんと妹さんの事を教えてくれた。

とても優しかった事。

妹と一緒に遊んだ事。

そして……


「母さんと妹は海で亡くなったんだ。僕が遠足に行っている間に。家の近くに海があってその日は風が少しあって波が高かった。たぶん僕が遠足に行ったから美紅がどこかに行きたいと言ったんだと思う、そして2人で海に行って……僕が家に帰ると……誰も居なくて……」

「うん、判ったからね」


泣きそうになるのを必死に堪えた。


「だから、色んな事を覚えたんだ。人を助ける為にはどうしたら良いのか」

「それで、あんなに落ち着いていたんだね」

「凄く怖かった。でも、僕に出来る事はしなきゃね。それでも安心したら力が抜けちゃった」

「うん」

「凛子さん?」

「うん?」

「お願いがある、今日はギュってして」

「うん、判った」


私は優しく瑞貴君の頭を抱きしめた。


「柔らかくて……良い匂いが……」


瑞貴君は安心した子どもの様な顔をして眠ってしまった。





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