第14話 待っていなさい

月曜日は代休として午後出勤になっていた。

午前中、眼科に寄ってから会社に向かう。

運良く視力やその他に異常は無いがガラスで眼球を傷付けてしまい。

充血じゃ説明付かないほど左目は真っ赤になって仕方なく眼帯をして出勤する。

藤堂には硬く口止めして誰かに聞かれたら結膜炎になったと説明しろと念を押した。


俺は出勤して直ぐに総務に立ち寄る。

目ざとく俺を見つけて同期の宮里里美が話しかけてきた。

「のっち、昨日は大活躍だったらしいじゃん。王子様をバッサリ三振にして、ホームスチールまで決めてさ」

「サトサトそれより挨拶がまだななんだけど。おはよう。サトサト」

「そんな蟻が寄って来そうな名前で呼ぶな」

地獄突きが俺の喉元に炸裂する。

「ふげぇ」

「おはよう、珍獣」

「珍獣言うな」

いつもの挨拶が交わされる。

「それより、その目どうしたの?」

「気付くのが遅いよ、名誉の負傷。慰めて」

「はぁ? どうせ物貰いかなんかでしょ」

「ハズレ結膜炎です、残念賞として名刺の発注を頼みます」

「もう、わざわざ。それを言いに来ただけなの?」

「はい」

「バーカ、電話しろ」


営業部に戻ると藤堂も出勤してきていた。

「お前、総務に行っただろう」

「用事があったからね」

「嘘つけ、宮里にわざわざ眼帯見せに行ったな。もう噂になっていたぞ」

「用事だよ、用事」

「俺の言った事守れよ。彼女に知られたら大騒ぎになるからな」

「お前があそこまでするとは思わなかったよ」

「売られた喧嘩は全てお買い上げで倍返しが俺のモットーだからね」

「試合に勝っても怪我させられたら世話ないだろ」

「一応、スポーツだからね。あいつがここまでするとは思わなかったけどね」

「で、どうするんだ?」

「どうもしないよ。これ以上騒ぎを大きくして彼女に心配させたくないし、彼女の泣き顔見るなんて真っ平ごめんだからね」

「本気なんだな」

「まぁね、昨日はっきり判った」

「遅すぎだ」

「俺は鈍いからね。さぁ、仕事、仕事」

直ぐに会社中に俺が結膜炎になったと広まっていた。

基本女の子はお喋りで女の子が多い総務であんな話をすればあっという間だった。


企画室に向かう為に5階のフロアーにある小会議室の前まで来ると急にドアが開き誰かが俺の首根っこを掴んで会議室に引きずり込んだ。

「うにゃ~?」

「静かにしなさい」

「へぇ? 双葉さん」

後ろを振り返ると秘書課の『姫』こと双葉さんが……

鬼の様な形相で……

「ゴメンなさい」

「なんで謝るのかしら? 野神君」

「いや、双葉さんの顔が凄く怖いからです」

「何でこんな顔していると思っているの」

「さぁ、僕には何の事やら、さっぱり」

するといきなり双葉さんがパイプ椅子を掴み……座らされた。

「その眼帯は何?」

「結膜炎ですよ、貰います?」

「何で嘘を付くの!」

双葉さんの鋭い声が響き渡り、眼帯を剥ぎ取られてしまった。

「目の下まで傷を作って、まだ白を切る気なの? 目を開けなさい」

目の下は確かに折れた眼鏡のフレームで怪我をして瘡蓋になっていた。

小さく溜息をつき左目を開けると双葉さんの顔が強張った。

「そんな顔をされるのが嫌で黙っていたんです。一ノ瀬さんなら泣き出しますよ。俺、一ノ瀬さんの泣き顔なんて見たくないですから」

「なんで、あんな無茶をしたの?」

「…………」

俺は視線を外して答えなかった。

「少し傷が付いただけで視力とかに異常は無いですから数日で治ります」

「答えになってないんだけど」

「自分自身に腹が立っただけです」

「言う気は無いみたいね、待っていなさい」

「仕事が終わってからにしてください。何時でも構いませんから」

俺は慌てて、携帯を取り出した双葉さんの腕を掴んだ。

双葉さんは一ノ瀬さんを呼び出すつもりなのだろう。それだけはして欲しく無かった。

知ってしまえば恐らく仕事どころでは無くなってしまいそうな予感がしたのだ。

「藤堂君はもちろん理由はしっているわよね」

「俺はあいつを親友だと思っていますから」

営業部に戻ると藤堂は外回りに出ていて居なかった。

眼帯姿で都内を歩き回るのも嫌なので大人しくパソコンに向った。

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