第13話 この大馬鹿が!


日曜日の朝、俺は渋々藤堂の車で球場に向っていた。

球場に着いてユニフォームに着替える。

相手のチームはもう練習を始めていた。

因みに相手チームの住倉商事はライバル会社だった。

草野球で住倉に勝つに越した事はないが負けても関係ないと俺は思っていた。


住倉の練習が終わり、藍花の練習が始まるが藤堂はベンチから出てこなかった。

「あの馬鹿、まだ拗ねてんのか」

最初に集まってポジションを決める外野は直ぐに決まり内野も決まっていく、経験者が優先的にそのポジションに着く。しかし、ピッチャーは毎回最後まで決まらなかった。

他の部署は上からのプレッシャーが凄いらしい、何でも負けたらそれこそ左遷なんて噂まであった。

故にピッチャーがもっとも重荷に感じるのだろう。俺は中学まで野球をかじっていたのでどのポジションでも構わなかった。

「あー面倒臭い。俺が投げる」

どいつもこいつも根性なしばかりなのか俺が大雑把なのか? 

練習を始め出すと相手チームから歓声があがるどうやら秘書課の3人が登場したらしい。

見ると出勤先が球場とはいえきちんとした格好をしていた。

一応、出勤扱いだから当たり前なのかも知れないが。

俺は眼鏡を掛けなおして練習を開始する。

普段の生活で眼鏡は必要ないが車を運転する時には掛けている。

今日は野球と言う事でボールが見えないと困るので掛けていた。

天気が良いので少し色の入ったサングラス仕様になっている。

キャッチャーを座らせて肩慣らしを始める。

ベンチでは相変わらず藤堂が不機嫌顔で腕を組んで座っていた。

「あら、今日は野神君が投げるんだ、珍しい。藤堂君は出ないの?」

「俺の出番は無いですよ。多分」

双葉さんが藤堂に声を掛けると投げやりに答えた。

「へぇ、アンダー気味のサイドスローなんだ、のっち」

「良かったね、凛子さん。のっちの活躍が見られるかもよ」

「えっ、あ、うん」

御手洗さんが話しかけても一ノ瀬さんは曖昧な返事をした。


試合が始まり藍花はじゃんけんで後攻を勝ち取った。

はなからやる気の無い俺はアンダー気味のサイドスローで投げ始める。

のらりくらりと打たせて取る戦法をとったのだがそれが裏目に出た。

背の高くない俺がアンダー気味に投げると打ちづらいらしい。

藍花の秘書課の面々の前で良い格好がしたい相手チームは悔しがっていた。

うちのチームもそれくらいの余裕が欲しいのだが……

草野球は大体時間の兼ね合いもあり7回までで終わりとなる5回が終わった時点で1対1の引き分けだった。

すると相手チームの応援に来ていた女の子達の歓声が上る。

見ると住倉の営業部のエース『王子様』こと中原真治(なかはらしんじ)が現れた。

嫌な奴が来たものだ。言うなれば俺達1課の宿敵である。

それ以上に俺はこのチャラい男が大嫌いだった。

その大嫌いな中原が事もあろうに俺達のベンチにいる一ノ瀬さんの手を取ったのだ。

直ぐに一ノ瀬さんは手を引っ込めて俺の方を見て気にしていた。

「はぁ~勘弁してくれ」

体を少し動かして気にしない様にする。

6回は両チームとも点が入らず最終回になった。

中原が試合に出て来そうに無いので気にせずに投げていたら内野のミスでノーアウトのランナーが出てしまった。

「ドンマイ、ドンマイ」

とりあえず声を掛けると相手チームが選手交代を告げてきた。

嫌な予感がして案の定、中原が出てきた。

中原は高校時代にピッチャーで4番を打ち甲子園にも出た事があると聞いた事がありバリバリの経験者だった。

恐らく美味しい所を総取りするつもりだろう。

訳が判らず一気にイライラが爆発した。

スパイクでマウンドを慣らす。

「マジ、ムカつく!」

「キャッチャー、藤堂に代わります」

独り言を言っているとベンチから声がした。

見ると藤堂がマスクとプロテクターだけを着けてミットに拳をポンポンと入れて感覚を確かめていた。

それを見ただけで本気で来いと言うのが判った。

サイドスローからオーバースローに変えて数球だけ投球練習をすると、中原が一ノ瀬さんに目をやってからバッターボックスに入った。

バットをクルンと回してバットを俺に向けて挑発してくる。

中原とは野球での対決は初めてだった。

それでも入社当時は藤堂と真剣に練習していたので何も気にせず投げる事が出来る。

住倉のベンチから歓声が上がる。

中原が王子様らしく投げキッスをする。

大きく振りかぶりワインドアップから体を捻り、腕を振りぬく。

ボールは一直線に藤堂のミットに吸い込まれた。

ガチンコの直球勝負だ。

中原が首を捻り目が真剣になる。

構わずにミット目掛けてボールを投げる。

空振りをした中原が俺を睨み付けた。

次のボールも中原のバットには掠りもしなかった。

そして残りの打者も三球三振に討ち取る。


最終回になり中原がピッチャーマウンドに立っていた、何が何でも引き分けで終わらせたいのだろう。

流石に甲子園に出ただけはあって直ぐにツーアウトと追い込まれてしまった。

そして何の因果か最終打席は俺だった。

勝ち負けは関係ないと思っていたが、ここまで来たら欲が出てきたと言うより売られた喧嘩は全てお買い上げで倍返し気分満載だった。

打つ気満載で素振りをしてからバッターボックスに入り、念入りに足場を鳴らしてバットを構える。

初球を俺はいきなりセイフティーバントに出た。

バントに無警戒だった守備がまごつく間に俺は一塁まで走り抜けていた。

次のバッターも中原相手じゃ歯が立たない、仕方なく足で掻き回す。

連続盗塁で三塁まで進んでいた。

プライドの塊の様な中原の顔から焦りが見え苛付いているのが手に取るように判る。

リードを大きく取り挑発する。

サインの読み違いか中原の暴投かキャッチャーがボールを後ろに逸らした。

俺はそれを見逃さずにホームに突っ込む。

キャッチャーがやっとボールに追いつきダイレクトに中原に送球する。

俺が足から滑り込むのとタッチするのは同時だった。

しかし、中原は足にタッチせずに俺の顔面目掛けてグローブを叩き付けた。

帽子が叩き飛ばされる。

「セーフ!」

審判の声が聞こえベンチから皆が飛び出してくるのが判り直ぐに起き上がる。

地面を見ると眼鏡が割れて壊れていた。

帽子を深く被りなおし、割れた眼鏡を拾い上げて俯いたままベンチに戻った。

「大丈夫なの? 野神君」

双葉さんが心配そうに聞いてくる。

「大丈夫ですよ」

そう言って顔をタオルで拭いて、代えの黒いサングラスを掛けた。


ホームベースに集まり挨拶をして藍花の勝利で試合が終わった。

「勝利の打ち上げはどうする」

そんな声が聞こえてくる。

秘書課の周りはチームメイトが取り囲んでいた。

「この後、約束があるんでお先です」

藤堂が秘書課の面々と先輩方や仲間に声を掛けて俺を連れて球場を後にし、駐車場で藤堂の車に放り込まれた。

「藤堂、悪いな。病院に行ってくれ」

「この大馬鹿が!」

藤堂が怒鳴り飛ばして車を急発進させた。






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