第9話 の事が好きです


それは俺がイギリスに居た時の事だった。

たまたま用事でロンドンに行った時に1人の女の子と出会った。

その女の子は待ちぼうけをしているようだった。

見るからに観光と言う感じの格好でキョロキョロしている。

無視すれば良いのだがその時は何故だか気になったのだ。

ただの気まぐれなのかもしれない。


「ねぇ、どうしたの?」

「へぇ?」

思い切って日本語で声をかけたら女の子が驚いて素っ頓狂な声を上げた。

しかし、直ぐに綺麗な英語で人違いじゃないかと聞いてきた。

それでも俺は日本語で話しかけた。

それはたぶん日本語で会話をしたかったからだろうと思う。

「ゴメン、ゴメン。なんだか待ち惚けしているみたいだったから。観光なの?」

「あっ、日本語」

「俺、日本人だもん。英語上手だね」

「いや、あのう……」

「それだけ英語が上手いのなら問題ないね。それじゃ」

「あの、ちょっと待ってください」

ひらひらと手を振って立ち去ろうとした時、女の子に呼び止められて振り返ると女の子が困った顔をしていた。

「どうしたの?」

「あのう、待ち合わせした両親がなかなか来なくて。心配でどうしたら良いのか判らなくって」

日本から来る両親と待ち合わせをしていたらしい、俺はその女の子に両親が乗ってくる飛行機会社と経由地などを細かくゆっくりと話を聞いた。

携帯を取り出して飛行機会社に確認してみる。

すると経由地でトラブルがあって大幅に到着が遅れるとの事だった。

「なんかトラブルで飛行機の到着が遅れるみたいだよ」

「ありがとうございました」

「これで安心できたね」

「はい」

女の子の笑顔がとても輝いて見えた。

「これからどうするの?」

「ええっと、適当に時間を潰します」

「良かったら食事付き合わない?」

丁度、お昼前だったので聞いてみると快く付き合ってくれた。

前に知り合いに教えてもらったパブに入り俺はフィッシュ&チップスとビールをそして彼女はハムのサンドウィッチを注文した。

「うわぁ、サラダも付いて来るんだ」

「大体ロンドンでは、こんな感じかな」

「お酒飲むんですか?」

「えっ、可笑しい? もしかして俺って未成年に見える?」

「うっ、うん」

「俺は一応18だよ。君は?」

「私は20です。って未成年じゃない」

「えっ、先輩じゃん。同い年くらいかと思った。それにここは18からOKだから」

「ああ、酷いよ。後輩君」

「ゴメンゴメン。そうだ、この辺を案内してあげようか。まだ、時間はたっぷりあるし」

「え、良いんですか? 私、ロンドンは初めてで」

「良いよ、どうせ暇してたし。それじゃ行こうか」

「はい!」

そんな会話をしながら食事をして、大英博物館に行きゆっくり時間を掛けて館内を見てまわる。

俺はクルクルと万華鏡の様に変る先輩の顔が面白くて先輩ばかりを見ていた。

バッキンガム宮殿へ行って夕暮れのウェストミンスター宮殿を見て彼女が待ち合わせしていた場所に向う。

するとそこには両親らしき心配そうに辺りを見回す男女の姿が見えた。

「本当にありがとう。後輩君」

「先輩と遊べて楽しかったよ。俺も暇をもてあましていたから。それじゃ、先輩。お父さん達が心配するといけないから」

「うん、最後に後輩君の名前を教えて欲しいのだけど」

「凛子!」

その時、彼女の後ろから手を振りながら駆け寄ってくる両親らしき人の姿が見えた。

見知らぬ男と一緒に居たら拙いだろうと思い踵を返した。

「俺は瑞貴です。凛子さん、さようなら」

たった半日だけの出会いだった。

それでも一ノ瀬さんは覚えてくれた。

あの時の楽しかった思い出が蘇ってくる。


「何でのっちはロンドンに居たの?」

「えっ、偶々です」

「なんだか怪しいな」

本当に偶々なのだがそれでも御手洗さんが突っ込みながら探りを入れてくる。

「事情があってしばらく暮らしていたんです。イギリスに」

「事情ね」

まだ、喰らいついてきた。

「まぁ、それは置いておいて凛子はどうしたいの? はっきりしなさい。ずーと探していたんでしょ彼の事を」

香蓮さんの言葉に心臓の鼓動が跳ね上がる。

俺の事を探していた?

「私は、その、瑞貴君の事が忘れられなくて。私、瑞貴君の事が好きです」

一ノ瀬さんはそう言うと俯いてしまった。

あれから何年も探していてくれた事は正直に嬉しかった。

それでも俺には直ぐには答えを出せなかった。

「探していてくれたと言うのは正直嬉しいです。でも、だから付き合いたいと言うのはなんか違う気がするんですよ」

「それはどう解釈すればいいのかしら」

香蓮さんが真っ直ぐに俺の目を見ている。

「そのままです。俺は一ノ瀬さんの事を殆ど知らないですし、一ノ瀬さんも俺の事をそんなに知っていると言えないですよね。だから俺は付き合えないです」

俺が言い終えた瞬間。一ノ瀬さんの体から力が抜けた。

「これからじゃ駄目なのかしら? 無下に断る事は無いんじゃないの? それとも別に好きな人がいるとか」

「僕には特別な女の子はいませんよ」

「特別ね」

香蓮さんの言葉になんだか棘があるような気がした。

まぁ、何年も探していた男がこれじゃ仕方が無いのかもしれない。

「香蓮さん、花ちゃん。私の為に今日はありがとう。もう、大丈夫です」

横に座っている藤堂を見ると苦虫を噛み潰した様な顔をしている。ひょっとして機嫌が悪い? 

そして、一ノ瀬さんの顔を見ると当然なのだろうが落ち込んで目が虚ろになっている。

俺と初めて会ってから何年も経っている。

一ノ瀬さんの口振りから他の男と付き合っていたりしてない事が良く判った。

3度目の気まぐれか俺は口を開いていた。

「ありがとう、こんな俺の事なんか探してくれて。お詫びって言い方も変なんだけれど。もし一ノ瀬さんの都合が良ければ今度の日曜日にどこかに一緒に行かない?」

「えっ?」

一ノ瀬さんが驚いて顔を上げた。

「2人で、ですか?」

「うん、別に誰かを誘ってもいいけれど」

俺がそう言うと真っ赤になって俯いてしまった。

御手洗さんが一ノ瀬さんを促した。

「ああ、もうじれったい。凛子さん、返事は? 返事!」

「あ、は、はい。是非」

その後、待ち合わせ場所や時間のやり取りをと思い携帯を取り出すと……

俺の携帯は秘書課に拉致られて、プライバシーの一部を強奪されてしまった。







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