第6話 嫌われたかもしれない


翌朝、出社すると昨日の侍の事が皆に知れ渡っていて。

特に男子社員からの視線が突き刺さりウニの親玉ガンガゼ見たいな状態たった。

すると後ろから声がした。

「野神、おはよー」

ロビーに響く朝から爽やかな、その声は藤堂だった。

すると今度は女子社員の視線が集まり棘の密度が急激に増した。

「藤堂、離れろ。視線が痛い」

「俺の所為じゃないだろ」

「はぁ~、朝から疲労感満載だ」

「何があったんだ?」

「ストーカーにあった」

「はぁ? お前に? 何で?」

「知らないよ。一昨日の夜、男に絡まれている女の子を助けたんだ。そうしたら昨日の夜にマンションの前に立っていたんだ」

「それで」

「『また絡まれたらどうするんだ、帰れ』って言ったらその女の子が泣きながら走っていった」

「刺されるな、確実に」

「一弥、助けてよ」

「知らん、いらない事に首を突っ込むのが悪い」

「じゃ、一弥は助けないのか? そう言う状況で」

「いや、それはだな。でもなんでお前のマンションを知っていたんだ?」

「知らない、だからストーカーなんじゃん」

そんな事を話していると出勤する社員の数が増えてきた。


早朝会議を終えた代表がエレベーターから出てくる。

そしていつもの様にその後ろには『ミス侍』が……

俺達の前まで来ると俺の顔を見るなり一筋の涙を零し、流した本人の顔も強張り少し驚いていた。

周りの挨拶の声が一瞬で消えて玄関ホールが静まり返る。

不審に思った代表が振り返り一ノ瀬さんに声を掛けた。

「どうしたんだね、一ノ瀬君」

「申し訳御座いません。目にゴミが入って」

「大丈夫かい?」

「はい。ご心配には及びません」

そう言って立ち去った。

終わった、俺の日常が崩れ落ちた瞬間だった。

俺は思わず全身から力が抜けてブリーフケースを落としてしまった。


周りがざわつき初めて俺は藤堂に引き摺られる様にエレベーターではなく階段で3階の営業部に向っていた。

午前中は何の仕事をしていたのかも覚えていない、それでも何も言われなかったのはミスが無かったからだろう。


昼休みに社食で簡単に食事を済ませて俺は藤堂に連れられて誰もいない屋上に来ていた。

「お前、本当に何もしてないのか?」

「さぁ」

「『さぁ』ってな。あれは尋常じゃないだろ、泣いていたんだぞ」

「知るか! 俺が一番混乱しているんだ!」

気が付くと俺は藤堂の胸倉を掴んでいた。

「すまん、俺が悪かった。お前が感情を露にしたのを始めてみたよ。本当に何も知らないんだな」

「はぁ~訳判らねぇ。クソが」

「落ち着け、お前がカリカリしたら収拾がつかなくなるだろう」

その時、藤堂の携帯が鳴った。

「ん? メール? 姉貴からだ」


藍花商事本社ビル最上階の秘書課では……

「はぁ~疲れた。でも何があったんだろう。完璧主義者の一ノ瀬さんがあんなミスするなんて」

「花、お疲れ様。人それぞれ誰にでもミスはあるでしょ。それをフォローするのが仲間の仕事よ」

「でも、香蓮さん。今日の凛子さんはおかしいですよ」

そこに一ノ瀬が戻って来た。

「凛子、こっちに来なさい。あなた何があったの?」

「私……嫌われたかもしれない……」

一ノ瀬の瞳に光はなく憔悴しきっていた。

そして香蓮が事の顛末を一ノ瀬から聞きだしていた。

「花。今夜、時間取れるかしら?」

香蓮の言葉に直ぐに反応して御手洗がスケージュールの確認をし始めた。

「今夜ですか? ちょっと待ってください。大丈夫です、今日の午後はフリーなので」

「それじゃ、のっちを召喚するわよ」

「えっ? な、何で野神さんを?」

「凛子がこうなった元凶だからよ。うふふ」

「あいつ、締め上げてやる」

双葉は面白い事を見つけた子どもの様な笑顔になり、御手洗さんの目からは炎が吹き出し拳を握りしめていた。


藤堂が受け取ったお姉さんのメールは今夜『vino』に来る事、時間は7時。そして野神さんを必ず連れて来る事。

さもなくば……髑髏マークつきだった。

「と言うわけだ。判ったな」

「意味が判らん。大体、俺はお前のお姉さんと面識がない」

「じゃ、どうするんだ」

「行かない。帰る」

「子どもみたいな事を言うな」

「藤堂、可笑しいと思わないか? 面識がないお前の姉さんが何で俺を名指しして来るんだ?」

藤堂は少し考えてから答えを出した。

「確かに同期に面白い珍獣が居るとは言ったが……」

「珍獣言うな。どういう紹介しているんだよ」

「でも、うちの姉貴が切れたら怖いぞ」

「ああ、判ったよ。行けばいいんだろ。行きますよ」





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