第21話 コスプレ
夏休みも終わりに近づき私はマンションで孤軍奮闘・四苦八苦していた。
学園祭の演目も決まり、正式に主役のヒロインに抜擢されてしまった。
青城高演劇部は演目と配役が決まってからはもの凄い勢いで動き出す。
元々、チームワークは抜群で尚先輩と柏木先輩の指示系統はしっかりしていてその直属の先輩方は本能的? 自動的に体が動き出す。
1年生はそれこそ小間使いの様に使われ東奔西走している。
しばらくすると不思議な事に自分が付くべき先輩の下で準備する様になっていた。
『本当に1年生は大変なんだから。主役に抜擢された誰かさんと違って』と麻美に笑われながら言われてしまった。
まぁ麻美特有の弄りなのだろう。麻美は中学の頃から演劇部だったので主役クラスがどれだけ大変なのか知っているはずだから言える事なのだと思う。
私にしたって麻美以外の部員から同じ事を言われたら腹が立つに違いない。
そして既に台本も公演時の衣装も私の手元に届いていて台本は頭の中へ、衣装は着てみて手直しをしないといけない。
暗記は得意な方なので台本は頭の中にすんなり納まっているけれど、暗唱と演技はまったく別物で……
先輩方にアドバイスを貰おうとしたら部長の尚先輩にあなたはあなたのままで良いのと言われてしまい、誰からもアドバイスして貰えなくなってしまった。
そして衣装の方は採寸通りに裁縫が得意な先輩数人が手芸部などに手伝ってもらって仕上げて、試着してみたのだけどのだけど今一しっくりしなかった。
という訳で私はマンションで孤軍奮闘・四苦八苦している。
「ん? ミーナは何をしているのかなぁ?」
「うわぁ、な、なんでパパが居るの?」
「えっ、ええ。酷いな、今日は早く帰るからって言っておいたのに」
「あっ、忘れてた……」
「で、ミーナは衣装を着けてコスプレ?」
「わっちはコスプレなんて趣味はありんせん。それとも主様はこれが好みかやぁ?」
会社から帰ってきたばかりのパパがスーツを着たまま『上手い、上手い』と言ってお腹を抱えてソファーの上で転げまわっている。
なんだか褒められている気がしない……
剥れて座り込むとパパが気付いたみたいだった。
「ゴメン、ゴメン。あんまり似ていたからさ」
「嘘つき、おかしいから笑うんでしょ」
「本当に似ていると思うよ。でも公演は物まねをする所じゃないからね。役をいかに自分の物にするかが大事なんだよね」
いきなり確信を突かれて何も言えなくなってしまった。パパに言われた事と同じ事を尚先輩に言われたから。
それは衣装を着けてうる覚えの台詞を言わされた時だった。
「コスプレ大会では満点かもしれないけど舞台では及第点は取れないわね。物まねじゃなくて、いかに役になり切るかが大事なの」
そこまで言っておいてアドバイスは必要ないってちょっと酷いと思ってしまった。
「それで、衣装を合わせた感じはどうなの?」
「う、うん。はっきり言うとしっくりこないの。動きづらい訳じゃないのだけど何だか引っ掛かる様な気がして」
「そうなんだ、それじゃ手直しするしかないね」
「パパ?」
「僕には無理だから」
即答されてしまった、パパなら何でも出来ると思ったのに。
どうしようか考えているとパパが携帯を取り出して何処かに電話をし始めたの。
「俺だけど。暇だろちょっと裁縫しに家に来ないか?」
「はぁ? 嫌だ? 暇じゃない?」
「じゃ良いや、青高祭の演劇部のチケットは他の奴にやるから」
パパが話している青高祭の演劇部の公演のチケットは、ある意味プラチナチケットの様になってしまっていて毎年の様に電話回線がパンクするほどの問い合わせがあるけど生徒の知り合いが居ない限り手に入らない。
青城高の演劇部の人気の高さを思い知り、もの凄いプレッシャーを感じているのも事実だった。
パパがそんな電話をしてしばらくするとチャイムが連打された。
衣装を着たままだった事などすっかり忘れて玄関に向っていた。
「はぁーい。どなたですか?」
「私よ」
「えっ? 新種の俺俺詐欺?」
「ち、違うわよ。ああ、もう健太よ!」
「マスター?」
「そうよ、早く開けなさい!」
玄関の外から『vino』のマスターの半切れの声が聞こえてくる。
パパが電話をしていた相手はマスターだったみたい。ドアを開けて直ぐに閉めてしまった。
外にはマスターではなく背の高い女の人が立っていた様な気がする。
目の覚めるような緑色のドレープカットソーのワンピースにスリムなジーンズを穿いて、茶色いパンプスを履いている。
そして目深にワンピと同じ様な色のキャップを被ってざっくりとした生成りのニットポンチョを羽織っている、手にはピンク色のアルミ製の四角いケースと紙袋を提げていた。
そこまではっきりと見たのだから間違いじゃないはず……
「美奈! 怒るわよ。いい加減に開けなさい」
「ま、マスターなの?」
「だから健太だって言ってるじゃない。何度も名前を言わせないの!」
「……」
「早く開けなさい、さもないとドアを打ち破るわよ。3、2、1」
確かに声だけ聞くとマスターの声に間違いはない。
恐る恐るドアを開けてみると女の人が飛び込んできた。
「久しぶりにマジ切れする……きゃあ! 賢狼が居るわ!」
「嫌ぁ! パパ! 助けて!」
女の人に突然抱き付かれて大声を上げてしまった。
すると背中にもの凄く冷たいモノを感じると今度は女の人の絶叫が玄関に響き渡った。
私が不思議に思って振り返るとパパがいつもの様に『ん?』と首をかしげている。
女の人は何かに怯えるようにガタガタと震えていた。
そして今はリビングのソファーに腰を掛けている。
私はパパの隣にマスターみたいな女の人が私とパパの前に。
そしてテーブルの上には私が煎れて来たパパにはコーヒーを女の人と私は紅茶、3つのカップそれぞれから湯気がゆっくり昇っている。
「ゴメンなさい」
「ん?」
女の人がマスターの声でシュンとうな垂れながら謝っている、いつものパパの受け答えがもの凄く硬く感じた。
「パパ、本当にあのマスターなの?」
「キャップなんか被っているからミーナに誤解されるんだ。キャップを取って顔を見せろ」
「い、嫌よ。軽くお化粧だけしてきて髪の毛はボサボサなんだから」
「それならもう良いや」
「取りますよ、取れば良いんでしょ」
私がパパに聞くとパパは普段どおりの口調で女の人に言うと女の人が渋々キャップを膝の上に置いて気まずそうに私の顔を見た。
その顔はとても綺麗なショートカットの女の人にしか見えない。
女の人が溜息を付きながら髪の毛を後ろで纏めて見せた。
「う、嘘! 本当にマスターだ。キャップを被っていなくても判らなかったかも」
「もう良いでしょ。私だって判ったんだから。そんなに怖い顔をしないで優ちゃんの怒った顔は凄く怖いんだから」
マスターがパパにそんな事を言うけれど、私にはパパの顔が怒っている顔には見えなかった。
「いつまでもそんな冷たい目で見ないで頂戴。もう、何でも言う事を聞くから。これで良いんでしょ」
「ん、仕方がないか。ミーナは本当の姿を見た事が無いんだから」
「本当の姿って、私は化け物じゃありません。ただ少し」
「人と違うだけか。お前はお前だろ」
「うん、ありがと」
パパとマスターの空気がなんだか柔らかくなった。
マスターが2丁目系の人だって知っていたけれど『vino』以外で会った事がないから少しだけ驚いちゃった。
それともう一つ驚いた事があるの、それはパパの喋り方なんだけど普段は落ち着いて丁寧に話しをするのにマスターと話している時はちょっと乱暴な喋り方をしているの。
「パパ、聞いても良い?」
「ん? 何を聞きたいのかな」
「あのね、パパとマスターってどう言う関係なの?」
「僕とマスターの関係?」
「うん、だってマスターと話している時のパパっていつもと違うって言うか砕けてるって言えば良いのかな。自分の事を俺って言っているでしょ」
「幼馴染よ」
マスターが突然私の中に爆弾を投げ込んだ。
私が知りたがっていたパパの昔の事を知っている人がこんな身近にいたなんて、それも幼馴染って言うくらいだから子どもの頃から知っているって事だよね。
私がパパの顔を見るといつもの調子でカップを手に取りコーヒーを飲んでいる。
「マスター。マスターも南の島で生まれたの?」
「南の島? まぁそうね、僻地よ。日本の隅っこの閉鎖的な所。2度と帰りたくない場所よ」
私が思い切って聞いてみるとマスターはバッサリと言い捨てた。
もっと2人の生まれ故郷の事を聞いてみたいけれどあまり期待できそうに無い口調で、マスターは自分の生まれ故郷を心から嫌っていると言うより憎んでいる気がして。
それ以上は何も聞けなくなってしまった。
「美奈は優ちゃんから何も聞かされてないのよね。あそこは何も無い所よ、あるのはまぁ綺麗な海だけ。日本と言えば地理的には日本だけど文化からすれば日本じゃないわね。私はこの通り普通じゃないのは知っているわよね。今でこそ性同一性障害なんて言葉があるくらい認知されてきているけど、昔は異質な物として扱われたわ。特に私と優ちゃんが生まれ育った島はとても小さな島で閉鎖的だと言えば閉鎖的でね。私は小学校の頃に自分の体に違和感を覚えて誰にも相談できずに悩んでいたの。でもどんな時でも優ちゃんは私に言ってくれたの『お前はお前だろ』って」
「そうだったんだ、だからパパはマスターと話すときは友達として話すからって。あれ? そ、それじゃ私と話している時も他人行儀なの?」
「あのね、美奈。幼馴染だって言ったでしょ。私と話す時は子どもの頃に戻るの。ただそれだけよ」
「でも。驚いちゃったな。マスターがそんなに綺麗な人だったなんて」
「もう、一体どんな風に私を見ていたの?」
「ええ、格好良いけどクネクネした人だよ」
「ひ、酷い。優ちゃん、何とか言ってよ!」
「まんまだろ」
なんだか上手く言い包められた気がするけれどそれで言い気がしてしまった。
だって誰でも色んな顔を持っている、パパは仕事場ではバリバリの営業マンでお家では料理以外は駄目駄目の優しいパパで。
私だって家ではパパにデレるけれど学校では一応クーやツンで通っているもんね。
「美奈、ちょっと立ち上がってそこで回ってみなさい」
「う、うん」
なんでパパがマスターを呼んだのか判らなかったけれど。私はマスターに言われたとおりに衣装を着たまま立ち上がって1回転してみせる。
それから腕を動かしたり体を動かしたりして、マスターに言われてその通りに動いていた。
「まぁ、良く出来ているけれど。所詮素人が作ったものね、衣装としては上出来だけど洋服とすれば今一だわね」
「マスター、衣装と洋服って何が違うの?」
「そうね、それじゃ美奈はその格好で外を歩けるの? 歩けないでしょこれはあくまで真似て作ったもの。決して本物にはなれないけれど舞台ではこれでも良いと言う事。私の言う洋服はその人の体にフィットしていて着ていても疲れない服の事よ。動きづらいでしょその衣装じゃ」
「う、うん。ちょっとだけ引っかかると言うか。何処が悪いのかが判らないから直しようが無いの」
「まぁ、高校の演劇部の衣装なんてそんなものよ。本物の舞台の衣装はプロが作るんだもの。優ちゃん、ミシンはあるんでしょ」
「あっ、持ってくるね」
私がクローゼットからミシンを持ってくるとマスターは私が着ていた衣装のベストとスカートを手にとってじっくり見ている。
そして持ってきた可愛らしいピンク色のコスメボックスを開けると中には色んな裁縫道具が綺麗に入れられていた。
「うわぁ、可愛い」
「私の商売道具よ」
「えっ?」
そんな事を言いながらあっという間に衣装をバラバラに解いてしまった。
私はその手つきに目を奪われてしまう。繊細に生地を傷つけない様に丁寧に解いているけれどもの凄い早さだった。
バラバラにし終わるとミシンを調整して縫い上げていくミシンの音だけがリビングにして、パパを見るとのんびりと眠たそうに欠伸をしている。
「出来たわよ」
「うわぁ、着てみて良い?」
「良いわよ、シャツはこっちにしなさい」
マスターが紙袋から青紫色のカットソーの様な洋服を取り出した。
「うわぁ、綺麗な色」
「でしょ、主役なんだからそれくらいのものは着ないと駄目よ」
「ってこれブランド品じゃない、それも有名なイタリアのヴェルディって……」
「あら、安物よ」
マスターはサラッと言って退けるけどイタリアのヴェルディは凄く素敵だけど値段もそれなりに素敵な値段だった。
それでもマスターは笑ったまま私に服を差し出している、仕方なく自分の部屋で着替えをしてリビングに戻った。
「いい感じでしょ?」
「う、うん。それに動きやすい! これなら大きな尻尾をつけても大丈夫かも」
「し、尻尾もあるの? それじゃもしかして耳も?」
「うん、あるけど」
マスターの瞳が輝き出して断る事が出来なくなって大きな尻尾と付け耳を付ける。
「うう、恥ずかしいよ」
「凄くキュートよ。これであの可愛らしい廓詞で喋られたら男の子なんてイチコロね」
「うう、無理だよ。台詞は頭に入ったけれどそれは物まねで演技じゃないって先輩に言われたんだから」
「美奈なら大丈夫よ、一年生で主役なんて大抜擢でしょ」
「大丈夫な訳ないじゃん、友達が無理矢理に演劇部に詰め込んだんだから」
「へぇ? 美奈が自分から演劇部に入ったんじゃないの? 私はてっきり蛙の子は蛙だと思っていたんだけど」
「ふぇ? 蛙の子は蛙ってパパが演劇部だったの?」
「優ちゃんが? 笑わせないで。確かに優ちゃんは私になんか出来ない凄い事をしていると思うけど。美雪さんよ、美雪さんは大学では演劇部で主役級の人だったって聞いたことがあるの」
「ママが演劇をしていたの?」
「も、もしかして優ちゃんはそんな事も話してないの? もう仕方が無いわね小夜ちゃんに聞いてみなさい。彼女は同じ大学だったのだから知っているはずよ」
今日は驚く事ばかりだった。
パパとマスターが幼馴染だった事やママが演劇をしていた事なんかを教えてもらった。
直ぐにでも詳しく知りたくて小夜ちゃんに衣装を着たまま電話をしてしまった。
「もしもし、小夜ちゃん? 今は平気?」
「平気よ。珍しいわね、美奈が電話をしてくるなんて」
「う、うん。あのね、ママが演劇をしていたって聞いたのだけど本当なの?」
「ええ、本当よ。高校の頃から興味があって演劇部に在籍して居たって言っていたし、大学でも演劇のサークルに入っていたもの。そう言えば美奈も演劇部に入部したんだって」
「う、うん。実は今度の文化祭の公演の主役に選ばれちゃってお家で衣装合わせをしているところなの」
「はぁ? もう一度いいかしら?」
「あのね、主役にね」
「…………バキ!」
携帯の向こうで何かが折れるような音がして
「その格好のまま待っていなさい!」って電話が切れて。
しばらくするとマスターがマンションに来た時はチャイムが連打されたけれど、今度はもの凄い勢いでドアが開いて小夜ちゃんが凄い形相で飛び込んできたの。
それをみたパパとマスターの顔ったらないんだよ、この世の終わりみたいな顔をしているの。
でも、2人にしてみればこの世の終わりみたいな顔をしたのも頷ける。
だって小夜ちゃんはソファーに座ってパパとマスターは床に正座させられて滾々とお説教をされているんだよ。
「どうしてこんな大事な事を私に言わないの? 呆れたわ、2人とも私の事を蔑ろにしていたのね」
「さ、小夜ちゃん。私は今日聞いたのよ。こんな仕打ち酷くないかしら」
「電話くらい出来るでしょ」
「はぁ、仕事の邪魔になるといけないと思ったし、てっきり優ちゃんから聞いているって思っていたのよ」
「優は何か言い訳はないのかしら?」
「ん? 別に無いよ。まだ文化祭は先なんだし連絡をしなかったというか、まだしていないだけだから」
パパは怒っている小夜ちゃんにも全く動じないでそんな風に言いきってしまう。傍から見ている私にも小夜ちゃんの顔が更に引き攣っているのが良く判った。
「まぁ、これから連絡する気だったみたいだからいいわ。それよりちゃんと私のチケットくらいあるんでしょうね、美奈?」
「ええ、私なの? だって私はパパの分しか貰ってないよ。だって小夜ちゃんは中学の文化祭に呼んでも来てくれなかったじゃん。子どもの遊びには付き合いきれないって」
「あ、あれはあれよ。今度は違うでしょ、美奈が主役で演劇をするんでしょ見に行かない訳が無いじゃない。どんなに急ぎで割りの良い仕事があったってキャンセルして見に行くわよ。で、私の分のチケットは?」
小夜ちゃんの問に対して誰も答えなかった。
私が貰った1枚だけのチケットは既にパパに渡してあるし。
あれ? それじゃマスターも見に来られないって事だよね。
「小夜は本当に見に来るの?」
「行くわよ、何が何でも」
「それならミーナと約束して」
「構わないけど。美奈、必ず文化祭の公演には行くからね」
「う、うん。ありがとう」
「それじゃ、これを渡しておくから」
そう言ってパパはテーブルの上に2枚のチケットを置いたの。どうしてパパがそんなにチケットを持っているんだろう、私にも理由が判らなかった。
「うわぁ、本当に良いの? 優ちゃん」
「衣装を直してもらった御礼だ。まぁそのつもりで呼んだんだし」
「それじゃ、私も遠慮なく貰うわよ」
「どうぞ、渡しておかないと後々怖いからね」
「何が怖いのよ」
「まぁ、色々と」
私が着替えを済ませてリビングに戻ってくると小夜ちゃんはキッチンで何かをしている、お茶でも入れているみたいだった。
そしてパパとマスターは何かを話していたみたいだけど私が顔を出すと『頼むぞ』ってパパが言って話が終わったみたい。
「ねぇ、パパ。なんでパパが何枚もチケットを持ってるの?」
「ん? 会社に行く途中で演劇部の子に時々会うんだけど。その度に公演を見に来てくださいって渡されるんだけど? もしかして待ち伏せされているのかな?」
「もう、本当にパパは役得と言うか天然でそう言う事をしているの?」
「ん? そう言う事って。僕は別に何もしてないよ」
「優はね、押しに弱いのよ。美奈がちゃんと監視して無いと流されて何処かに行っちゃうわよ」
キッチンから小夜ちゃんがそんな事を言ってきた。それは嫌だな、でもそれでパパが幸せになれるのならそれで良いのかも。
でも、その時に私は……やっぱり嫌かも。
「さぁ、私はそろそろ帰るわよ」
「マスターはこれから仕事なの?」
「そうよ、お仕事よ。そうだ忘れる所だったわ、良い物をあげる」
マスターが持って来ていた紙袋を私にくれたの。中には洋服が入っていた。
「うわぁ! 可愛い。これってホロが着ているのと同じ洋服とパンツだ」
「うふふ、気に入ってもらえたみたい。久しぶりにワクワクしながら作ってみたの」
「ねぇ、マスターってソムリエじゃないの?」
「そうよ」
「でも、裁縫道具を仕事道具って」
「まぁ、人は色々よ」
「怪しいなぁ」
マスターがくれたのは民族衣装ぽい藤色の上着とゆったりとしたパンツだった。
そこに小夜ちゃんが戻って来た。手にはトレーを持っていて美味しそうなアップルパイが湯気を立てている。
「あら、素敵な洋服じゃない。流石、デザイナーが作った物は違うわね」
「ええ? マスターがデザイナー?」
「そうよ、知らなかったの? ワインバーは趣味よ、本業は洋服のデザイナーなの。イタリアのヴェルディって知っているでしょ。そこのデザイナーで姉妹ブランドのHKはケンのブランドよ」
「HKって若い子に凄く人気のあるブランドだよね」
「そうね、私は大人っぽいヴェルディの服がお気に入りだけどね。ケンに頼めば格安で手に入れられるしね」
「あのね、ソムリエが本業に決まっているでしょ。きゃぁ、もうこんな時間じゃない。それじゃね、お姫様」
お姫様って…… マスターはそんな事を言い残して手をヒラヒラさせて帰ってしまった。
本当に今日は驚いてばかりだった。
小夜ちゃんが温めてくれたアップルパイを煎れ直した紅茶でいただく。
それとパパに台詞の練習相手になってもらいなさいって、ママもパパと台詞の練習をしていたんだって。
そんな事を小夜ちゃんに言われて小夜ちゃんは帰り際に私の耳元で囁いたの。
「優が好きなら絶対に引いちゃ駄目よ」
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