第20話 姉妹
合宿最終日の朝がやってきた。
夏らしい朝と言えば良いのだろうか。
海風が気持ちよく蝉が元気に朝から鳴いている。
今日も太陽は元気100倍なのだろう。
そんな清々しい朝と裏腹に私は昨夜の麻美に聞かされた話でぐったりしていた。
演劇部の朝練の後で気分転換に大浴場で気分一新してから食堂に向う。
今日は午後の出発なので朝練の後は自由時間になっていた。
朝食を各自で食べて好きなように過ごす。
残り時間を海で目一杯遊ぼうと大半の部員は館内に残っていなかった。
マコお姉ちゃんの姿が見えないのでパパに聞くとお母さんの所に用事があり早い時間に出て行ったらしい。
皆が海で遊んでいるのにパパが私と紫月に居て良いのかと聞いたら顧問が居るだろってパパに言われて初めて気付いた。
それも合宿最終日に…… 確かに今更だけどバスの中にも居たっけ。
存在自体が薄い代々木先生が……
すっかり忘れてた、皆が一同に集まる食事の時に居たのかさえ思い出せなかった。
私は顧問の事もあっという間に忘れて、パパにマコお姉ちゃんやマコお姉ちゃんのお母さんのことを聞いていた。
マコお姉ちゃんのお母さんは紫月での働きを買われて、今は少し離れたリゾートホテルでハウスキーパーの管理職としてとして働いているらしい。
どうして助けたのなんて聞く必要も無いだろう人として当たり前の事をしただけだとパパは言うに違いないのだから。
お昼前に紫月の前にどこかのホテルの名前が書いてある軽自動車が止まる、パパが出迎えてマコお姉ちゃんと綺麗な女の人が降りてきてパパに挨拶をして居るのが見えた。
あれがマコお姉ちゃんのお母さんなのかなと思っていると直ぐに車で帰ってしまう、するとパパとマコお姉ちゃんが食堂にやってきた。
マコお姉ちゃんは眠れなかったのか少し疲れた顔をしている。
私と目が合うと少しだけ体を強張らせて視線を外されてしまい、堪らず声を掛けようとしたらパパが手で待ての仕草をして私の事を制した。
そしてマコお姉ちゃんを私の前に座らせてパパは何も言わずにマコお姉ちゃんの横に腰掛けた。
なんだか凄く居心地が悪い。
それはマコお姉ちゃんが憔悴しているのは私の所為で、それと同時にマコお姉ちゃんの出した答えが怖かった。
2人にお茶でもと思って堪らず席を立ち、キッチンのカウンターにお茶を入れに向った。
それを私が怒っていると勘違いしたのかマコお姉ちゃんが思わず口を開いた。
「ゆ、優様。私はどうしたら良いのか判りません」
「ん? 真琴は十分過ぎるほどしてくれているよ、もう少し肩の力を抜いてごらん。真琴のお母さんだって心配しているんだよ。私があの子に命の恩人だからと言い過ぎたのがいけなかったのかもしれないってね」
「でも、それは母の責任じゃなくって」
「僕もね、今までの真琴を見ているのが辛いんだよ。いつまでも恩義に縛られて重い足枷を嵌めてしまったみたいだね。それならば、あの時に助けない方が良かったのかな?」
思わず耳を疑ってしまった。
あんなに優しいパパがそんな事を言うなんて信じられなくって思わずグラスを落としそうになってしまった。
死のうとしている親子を助けない方が良いなんて思うはずが無い。
誰だって躊躇わずに助けるだろう、それはある種の本能のような物なのだから。
「やはり、優様にとっても私は重荷になっていたんですね」
「違うよ。真琴の事が大好きだから僕もミーナも心を鬼にして言うんだよ」
「でも、私はどうしてたら良いのか……」
マコお姉ちゃんは座ったまま泣き出してしまった。
涙を拭うでもなく両手は膝の上にきちんと置いたままポロポロと涙を零している。
パパが微笑みながらマコお姉ちゃんの涙を指で拭い優しく抱きしめた。
食堂にはマコお姉ちゃんが子どもの様に泣き叫ぶ声が響き渡っている。
まるでその姿は親に縋る小さな女の子に見える。
どうしたら良いのか判らないと言うマコお姉ちゃんの言葉の意味が判った気がした。
どう甘えたら良いのか判らなかったんだと思う、それは小学生の頃の私と良く似ていた。
マコお姉ちゃんも私と同じだったんだ。
お母さんは必死になって仕事をしたんだと思う、助けられた事に報いる為に。
それをいつも側で見ていたから邪魔をしちゃいけないと自分自身もお母さんと同じ様にと思い信じ続けて、母親と同じ紫月のハウスキーパーの仕事をして必死に報いる為だけに頑張ってきたのだろう。
「優様」
「ん?」
「私はどうすれば?」
「ん、真琴が始めてミーナに出会った時に僕は思ったんだ。まるで姉妹みたいだと。でも本当の姉妹にはなれない。真琴には僕とミーナはどう見える?」
「とても仲の良い素敵な親子にしか見えません」
「実はね、僕とミーナには血の繋がりは無いんだ。法律上は実の親子じゃないんだよ」
「そ、そんな……」
「ん、そうだね。信じられないよね。でもこれは本当の事でミーナにもこの事は告げてある。それでも真琴からすれば僕とミーナは親子にしか見えないんだよね」
「は、はい」
「それなら血が繋がって無くても姉妹にはなれるよね。ミーナと真琴が姉妹なら僕は真琴の何かな?」
「……さん」
「ん? もう少し大きな声じゃないと聞こえないよ」
「お、お父さん!」
パパがマコお姉ちゃんの殻を破ったんじゃない。
マコお姉ちゃん自身に殻を破らせたんだ。
それはまるで親鳥が卵からかえろうとする殻の中にいる雛鳥に優しく鳴き続ける様に。
再びマコお姉ちゃんがパパにしがみ付きながら、パパの腕の中で心の鎖を断ち切るかの様に泣いている。
その姿はすでに小さな女の子ではなく父親と娘の姿だった。
「今度、東京においで。僕もミーナも待っているからね。約束だよ」
「はい、その……優……父」
「真琴が呼びやすい言葉でゆっくりで良いからね」
「はい!」
その言葉は何処までも澄んでマコお姉ちゃんの人柄を表すような真っ直ぐな響きだった。
東京に帰る時間になってしまいバスが迎えに来ている。
皆は私達に気を使ってか先にバスに乗り込んで何も言わずに待っていてくれた。
「マコお姉ちゃん、待ってるからね」
「うん、美奈も元気でね」
「お姉ちゃんもね」
「マコ、くれぐれも体に気を付けるんだぞ」
「はい、お父さん!」
私には血の繋がらないパパとお姉ちゃんがいる、だけど何処にも負けない家族だと思う。
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