第18話 焼きもち
紫月の自分達の部屋に戻ってのんびりする事にしたの。
他の皆も海には行かずに部屋や大浴場でのんびりしているみたい。
流石にあんな事があった後じゃ、海には行きづらいもんね。
「麻美、大浴場に行こう」
「う、うん。ミーナは恥ずかしくないの?」
「えっ? 別に。だって女の子同士じゃん」
「わ、私は良いよ。部屋でシャワーを浴びるから」
「問答無用!」
麻美の口癖を真似して麻美の手を引っ張って半ば強引に大浴場に連れ出した。
でも、直ぐに後悔する事になった。
「神楽坂さんだ!」
私と麻美が大浴場に行き。体を流してから湯船に入ろうとすると先に来ていた2年生の先輩の声で私と麻美は囲まれてしまった。
「ねぇねぇ、神楽坂さんのパパって何歳なの?」
「何処の大学だったの?」
「神楽坂さんのお父様には特定の人が居るの?」
「今度、是非紹介して。お願いします」
矢継ぎ早にパパに対しての質問攻めにあってしまう。
訳が判らずオタオタしていると麻美が大浴場に来るのを嫌がっていたのに、恥ずかしげも無く急に立ち上がった。
「はいはい、その前に先輩に聞いて良いですか? 山吹さん達はどうしています?」
「あはは、そうだよね。ゴメン」
私の名前を叫んだ先輩は罰が悪そうに頭に手を当てた。
「彼女達なら、さっきまで部長とここでお風呂に入ってて、ちょっと前に部長に連れられて部屋に戻ったよ。今頃は寝ているんじゃないかな。凄く疲れていたみたいだから」
「そうなんだ、良かったね。ミーナ」
「うん!」
私が麻美に笑顔で返事をすると周りに居る先輩や同級生の視線が突き刺さって、あまりの居心地の悪さに私の横で立っている麻美の手を掴んでしまった。
すると麻美が私の横で湯船に浸かって質問をしてきた。
「パパさんの歳は?」
「32歳」
「何処の大学? もしくは高校?」
「う~んと、高卒って聞いたことがある」
「恋人は居るの?」
「居ないよ」
「それじゃ、皆に紹介する?」
「パパに迷惑が掛からないなら良いかな」
「以上で質問タイム終わり!」
麻美が強引に話を切り上げてしまうと「宜しくね」などと言いながら先輩達が私と麻美の回りから居なくなった。
やっぱり紹介しないといけないのかな? なんだか心の中がモヤモヤしている。
そんな事を感じていると麻美が独り言のように喋り出した。
「ああ、皆にばれちゃったか」
「ええ、何が?」
「何がって、ミーナのパパさんが凄く優しくって格好良いって事。ミーナだってイケてるって思っているんでしょ」
「私は別に」
「へぇ、眼鏡を外したパパさんの顔に見蕩れていたくせに。あれは恋する乙女の顔だったぞ」
ブク・ブク・ブク…… 乙女って、それも恋する? 麻美にそんな事を言われて顔が真っ赤になってそんな顔を見られるのが嫌で湯船に潜っちゃった。
「うわぁ、フラフラしゅる」
「あのね、湯船に浸かり過ぎなの。のぼせて当然でしゅ」
「だって、麻美が変な事を言うんだもん」
「あはは、ここにもニブチンが」
「何が?」
「ぷっぷぷぷ」
何も噴出す事は無いと思うんだけどな。
真面目に聞いたのに麻美は噴出してから爆笑モードになって話しにならなかった。
そんな麻美を無視しながら部屋に向っていると前からマコお姉ちゃんが歩いてきた。
「マコお姉ちゃん」
「あら? 美奈様はお風呂上りですか?」
「うん、ちょっとのぼせちゃった」
「それでは、直ぐにお部屋に何か冷たいお飲み物でもお持ちしますね」
「ありがとう、もう平気だから。それよりパパを見なかった?」
「優様ですか? 優様ならお風呂から上がられて中庭の木陰でハンモックに揺られていますよ。ほら、あそこで」
マコお姉ちゃんが指差した窓の外を見ると大きな木の木陰でパパがハンモックに腰掛けて、数人の演劇部の女の子に囲まれていた。
「早! 流石、演劇部。前に出たがる女の子ばかりだね」
「あらあら、優様はやはりおもてになるんですね。お優しい方ですもんね」
パパは満面の笑顔で女の子達と何かを話しているみたいだった。
そんなパパを見ていると訳も判らずイライラする。
「もう、パパたら。デレデレと鼻の下なんか伸ばして」
「はいはい、パパさんの事が気になるんでしょ。行くよ!」
「うわぁ、待ってよ。麻美!」
麻美が私の手を取って走り出して慌てて後を付いていく。
マコお姉ちゃんは麻美の勢いに呆気に取られて立ち尽くしていた。
中庭に面したドアを開けてそこにあったサンダルを履いて中庭に出ると女子部員が自己紹介をした後だったみたい。
「志穂ちゃんに舞ちゃん。それに純ちゃんと美紀子ちゃんに恵美ちゃんだね」
「うわぁ、美奈さんのお父さんに名前で呼ばれちゃった」
「なんだかこそばゆいね」
「これからも宜しくお願いします」
「は、恥ずかしい」
「か、格好良い!」
そんな事を口々に言ってパパに質問をし始める。
パパがどう答えるか知りたくて麻美の手を引いて木の陰に隠れてしまった。
「あのう、聞いても良いですか? その左手の薬指と小指のリングって……」
「ああ、これは僕と美雪の結婚していた証だよ。結婚指輪じゃないのだけど付き合い始めた時に2人で買ったペアリングなんだ」
パパは左手の薬指と小指に何も装飾の無いシンプルな幅広のシルバーの指輪をしていて仕事中も絶対に外さないの。
仕事中に外さないと注意されないのって聞いたことがあるんだけど。
やっぱり最初の頃は言われたみたい、でもパパは頑なに指輪をして仕事に行って『結婚していた証』だって指輪の事を聞かれる度に説明し続けたみたい。
「美雪さんって美奈さんのお母さんですか?」
「そうだよ。ミーナは美雪に良く似ているからね、そう言えば写真が。ほらね」
「うわぁ、綺麗。目元なんか美奈さんにそっくり」
パパが財布からママの写真を皆に見せている。
正直言うとパパがママの写真を肌身離さず持っていた事が不思議だった。
「美奈ちゃんのママって凄い美人さんなんだ。美男美女のカップルって本当に居るんだね」
「あはは、僕なんか何処にでも居る君達から見れば普通のおじさんだよ」
謙遜してそんな風に言っているんじゃなくて、パパは本当に真面目に自分の事を普通だって思っている節があるの。
娘の私が見ても結構イケてるって思うんだけどなぁ。
すると突然、背後から声がした。
「優様、そろそろお時間が。み、美奈様?」
マコお姉ちゃんがパパを呼びに来たみたいで、咄嗟に口に人差し指を当てて「しぃ」と小声で言ったけど遅かった。
パパがハンモックから立ち上がる気配がして見つかってしまった。
「あれ? ミーナに麻美ちゃんじゃないか。そんな所に隠れて何をしているの?」
「ふんだ! パパのバーカ」
「美奈、美奈ってば」
思わず悪態を付いて振り返ってマコお姉ちゃんが開けているドアに向って急ぎ足で歩きはじめると麻美が慌てて追い掛けてきた。
「どうしよう、神楽坂さんを怒らせてしまったみたい」
「大丈夫、ちょっと拗ねているだけだから。僕が後で話をしておくよ」
そんなパパの声が聞こえてきたけど絶対に機嫌なんか直さないんだから。
ドアの所でマコお姉ちゃんが不思議そうな顔をしていたけど私は構わずドアから中に入って部屋に向った。
夕食の準備が出来ましたって連絡があって、麻美と食堂に向う。
今日の晩御飯はハンバーグだった。
学食みたいにトレーを持ってサラダやフルーツが盛ってある小皿をトレーに載せて進むとパパがフライドポテトの盛ってある大きなお皿に焼きたてのハンバーグに目玉焼きを乗せてトレーに載せてくれている。
ご飯とスープはマコお姉ちゃんが入れているのが見えた。
「うわぁ、美味しそうだね。ミーナ」
「うん、パパが作ったのかなぁ」
「本当にミーナはパパが好きなんだね」
「でも、今日はパパなんか嫌いだもん」
「まだ、拗ねているの? しょうがないなぁ」
そんな事を麻美と言いながら並んでいると直ぐに私と麻美の番になった。
「パパさん美味しいそうだね」
「美味しいよ、地元の和牛のハンバーグだからね」
「うはぁ、美味しそう」
麻美が嬉しそうにトレーに載せてもらったハンバーグの匂いをかいでいた。
そして私がトレーを差し出すとパパがお皿を載せてくれてハンバーグにお子様ランチについているような小さな旗を立てた。
黄色いニコニコマークの旗でマークの下に『To The Beach!! 』とパパの字で書かれていた。
目ざとくその旗を見つけた麻美が声を上げる。
「ああ、ずるい! ミーナだけ特別なの?」
「あのね、麻美。旗が立っているだけでしょ」
「私だって旗が欲しいんだもん。やった! フラッグが立った!」
パパが笑いながら麻美のハンバーグにも小さな日本の国旗を立てると子どもの様に麻美がはしゃいでいる。
フラッグが立つって微妙に違う意味だと思ったけど麻美のいつもの悪ふざけだと思って聞き流した。
食事が終わろうとした時に部長の尚先輩が立ち上がり皆に声をかけた。
「申し訳ないけど、食事を終えたらそのまま食堂に残ってもらいたい。どうしてもしておかなきゃいけない事と報告事項があるから」
「もう皆食べ終わっているね。ご馳走様でした」
尚先輩に続いて柏木先輩が声をかけると全員が声を上げた。
すると山吹姉妹と尚先輩が立ち上がりキッチンの近くに歩き出して、山吹姉妹が皆に向って頭を下げた。
「ご心配をお掛けして大変申し訳御座いませんでした。これからも演劇部で頑張りたいので宜しくお願いいたします」
何処からともなく拍手が聞こえる。
それはキッチンの入り口にいたコック姿のパパだった。
すると部員達もパパに続いて拍手をし始める。
尚先輩が山吹姉妹に何かを言うと2人がキッチンの入り口に居るパパの前に立って再び頭を下げた。
「神楽坂さん、本当に助けていただいてありがとうございました」
「ん、海や自然には危険が付きものだからね。もう、判ってるよね」
「「はい!」」
「ん、良い子だ。瞳ちゃんも愛ちゃんを助けようと必死だったもんね」
そんな事を言いながらパパは2人ともお揃いの可愛らしいロゴの入ったTシャツにお揃いの短パンを穿いている瞳ちゃんの頭を優しく撫でると瞳ちゃんが恥ずかしそうに照れている。
それを見ていた尚先輩が驚いた顔をしていた。
私も驚いてしまう。殆ど見分けがつかない双子なのにパパはこの短時間の間に既に2人をきちんと見分けているようだった。
「あのう、神楽坂さん。もしかして彼女達を見分ける事が……」
「もちろんだよ、2人とも全然違うでしょ」
「…………」
パパは平然と言ってのけると尚先輩が今まで一度も見た事のない様な顔をして唖然としている。
それは私だけではないみたいで同級生はともかくとして2・3年の先輩達は驚きを隠せないでいるみたいだった。
すると尚先輩がパパに後ろを向かせ瞳ちゃんと愛ちゃんの立ち位置を入れ替えてパパに確認させるとパパは2人がどっちか言い当ててしまう。
何度やっても結果は同じだった。
そして、尚先輩は2人の後姿でパパに確認をさせようとしていた。
「どちらが誰だか判りますか?」
「ん、こっちが瞳ちゃんでこっちが愛ちゃんだよね」
瞳ちゃんと愛ちゃん達ですら驚いて目をまん丸にしている。
「うわぁ、美奈ちゃんのパパは凄すぎです。私達のパパとママでさえ区別がつかないのに」
瞳ちゃんがそう言うと愛ちゃんがウンウンと大きく頷いている。
それはまるで何かのショーを見ているみたいだった。
「そんなに皆に見られると照れてしまうよ。僕は営業の仕事をしているからね、仕事柄かな。人の顔を覚えるのが仕事みたいなものだからね。一度会った人の顔と約束は忘れないよ」
「本当ですか?」
パパが照れながら鼻の頭を指で掻いていると誰かがそんな事を言い放った。
「うん、食事前に自己紹介してくれた子の名前と顔なら一致するよ。あそこに居るのが純ちゃんに志穂ちゃん。こっちが舞ちゃんで奥に居るのが美紀子ちゃんに恵美ちゃんだよね」
「す、凄い」
柏木先輩が呆気に取られて声を漏らして食堂からは喜びの声やら歓声が上がっている。
パパが名前を言い当てた女の子達は中庭で自己紹介をしていた先輩や同級生だった。
そして彼女達は周りにいる人に抱きついたりして大喜びしていた。
周りは盛り上げるけど私には府に落ちない事が、パパは確かに『約束は忘れない』って言っていたよね。
急激に温度が下がってくる。
私との旅行の事を忘れていたくせに……
そんな騒ぎがあった後で私はパパからのメッセージを無視して麻美と部屋に戻って来ていた。
「でも凄いね、パパさんて。エリートサラリーマンだね」
「そうだね」
「はぁ~更に輪を掛けて機嫌が悪くなってる」
「パパなんか知らないもん」
「ミーナ、パパさんから何かあったんじゃないの?」
鋭い、麻美はハンバーグの旗の事を言っているんだと思うけど私は誤魔化そうとした。
「別に」
「何も無い訳ないよね。パパさんがミーナのハンバーグに旗を立てたんだもんね。それに何か文字が書いてあったよね」
「何でもないよ」
「ふうん、惚けるんだ? この麻美様の目を欺けるとも?」
私を睨み付ける様にして麻美が襲い掛かってきて私の脇やわき腹をくすぐり始める。
逃げ出そうとしたけれど麻美に体力で敵うわけも無く、のた打ち回り息が出来なくなる寸前までくすぐられてしまう。
「ご、ゴメン。真美、もう勘弁して。息が出来なくって苦しいよ」
「それじゃ、言いなさい」
「うう、パパがビーチにって」
「もしかしてパパさんが砂浜で待ってるの? もうかなり時間が経ってるよ」
「私は行かないもん!」
そう言って寝転がったまま麻美に背を向けた。
「そう、好きにしなさい」
「えっ?」
「ミーナの好きにすれば。そのうちパパさんも諦めて戻ってくるでしょ」
それだけ言うと麻美は壁にもたれて読みかけのライトノベルを読み始めてしまった。
私は仰向けになってヘッドフォンを耳につけて音楽を聞き始める。
しばらくすると部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
麻美がそう言うとドアが開いてマコお姉ちゃんが立っていた。
私はヘッドフォンを外してマコお姉ちゃんの顔を見上げた。
「美奈様、優様をご存知ないですか?」
「どうしたの?」
「はい、優様に明日の事で連絡しておきたい事があるのですが携帯にも出られず、お部屋にも姿が見えないので」
マコお姉ちゃんにそんな事を言われて時計を見ると食事が終わってから2時間が過ぎようとしていた。
まさか……まだ砂浜に居るの?
「パパを探してくる!」
「いってらっしゃい。真琴さん、パパさんが帰ってきたら真琴さんに連絡するように伝えるから」
「はい、宜しくお願いします」
私は携帯を持って部屋を飛び出した。
マコお姉ちゃんだけが訳が判らずにポカンとしていた。
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