第14話 台本


8月になり部活動も文化祭の公演に向けて動き出した。

まだ、何を演じるのかは決まってないのだけど、それでも皆がワクワクしているのが感じられる。

私もパパの夏休みには一緒に海に行く約束をしていた。

それが今年の夏休みの唯一の楽しみだった。


今日は体育館の舞台で数人に別れて台本を読みながら立ち稽古をして、先輩に言われて麻美と2人で部室に台本を戻しに行く。

すると部室から尚部長と柏木副部長の声が聞こえてきた。

「柏木、どうするんだ? すでに8月に入っているんだぞ」

「部長に言われなくてもさがしていますよ。でも今年は無理かもしれませんよ」

「何が何でも探せ。最悪の場合は」

「それだけは勘弁してください。部長のご両親に頼んだら後々が怖いですから」

「ならば何とかしろ。私だってあんな両親に頼むのは真っ平ごめんだ」

ドアを開けるタイミングを逃してしまい、ドアの前で盗み聞きしているようで思い切ってドアを開けた。

「失礼します。台本を戻しに来ました」

「ご苦労様」

麻美と2人で教室の奥にある大きな本棚に台本を戻していると麻美が尚先輩達に声をかけた。

「部長達の声が部室の外まで駄々漏れですよ」

「ああ、ちょっとトラブルがあってね」

「トラブルですか?」

「うん、8月の合宿の事でね。押えてあった民宿が食中毒をだして営業停止になってしまったんだよ」

「それじゃ今年は?」

「無理かもしれないね。今から2週間後の週末に20人以上の予約なんて取れないからね」

それを聞いた瞬間に私は持っていた台本を床に落としてしまった。

「もう、ミーナは何をしているの? 大切な台本なのに」

「麻美、合宿って何?」

「あれ? ミーナには言ってなかったけ。毎年恒例の合宿が8月の半ばにあるんだよ、ってどうしたの?」

「だ、だってその週末はパパと旅行する予定なんだもん」

「申し訳ないけれど合宿には全員参加が基本だ。合宿で文化祭の時に公演する題目を決めてキャストも大まかに決定するからね」

柏木先輩の言葉に思わず泣きそうになると麻美が頭を撫でてくれる。

でも毎年って事は3年間もパパと夏休みに旅行するのは無理って事なのかな?

「でも今年はパパさんと旅行に行けるかもしれないよ。このまま合宿先が確保できなければね」

「それは私としても是が非でも回避したいのだけどね。まぁ柏木の腕の見せ所かな」

「そんな事を言われても今からでは無理ですよ」

「それじゃ最終手段で」

「本気ですか? それだけは勘弁してください」

柏木先輩は今にも泣き出しそうな顔をしているけれど、私は内心ホッとしてこのまま合宿先が決まらなければければ良いのにと思ってしまった。

そんな事を考えていると尚先輩が何処かに携帯で電話をし始め、溜息を付いて肩を落とした。

「尚部長?」

「私の両親に頼もうとしたのだが見事に却下されたよ。子どものお遊びには付き合っている暇は無いと」

「これで八方塞ですね」

「ウダウダ言ってないで手分けをして探すぞ。私の代で伝統の夏合宿を途切れさせる訳には行かないんだ」

そんな先輩達の姿を見て私は少し後ろめたい気持ちになった。

それでも私はパパと年に数回の旅行を毎年楽しみにしている。

これだけは譲れないのだけど……


そんな事があった日の夜。

私はパパと食事をしてリビングで寛いでいてパパはキッチンで食器を片付けていた。

言っておきますけどパパと交代で片付けをしているんだから勘違いしないでよね。

それに私だって時々は料理するんだから、パパが作った料理より数段落ちるけど。

面白いテレビ番組も無く気まぐれで合宿の事をパパに話してしまった。

「パパ、今からじゃ20人以上で宿泊できる所なんて無いよね」

「ん? 何の話なの?」

「あのね、演劇部の毎年恒例の伝統行事である夏合宿が存亡の危機なの。毎年予約していた合宿先が食中毒をだして営業停止になったんだって。でもね、その合宿の日程がパパと海に旅行にいく日とダブっているの。だからね」

「ん? あるよ。今からでも30人以上の予約が取れて冷房付きの会議室があって。あそこなら海の目の前だし合宿には持ってこいじゃないかな?」

「そ、そんな所あるわけ無いじゃん」

「ん~大丈夫だよ。うちの会社の研修所兼保養所だから、今年も利用者が居ないって総務が嘆いていたからね。みんな海外に行く気まんまんだからしょうがない事なんだけどね」

「一応、先輩に聞いてみるね」

段々声が小さくなってしまう。

パパは私との旅行なんてなんとも思ってないんだよね。

合宿できる場所を知ってしまって先輩達に黙っておくわけにもいかず、とりあえず尚先輩に連絡するともの凄い勢いで褒められて感謝されてしまった。

そして急転直下でパパとの旅行が取りやめ決定した瞬間だった。

「パパ、一応聞いて良い?」

「ん? どうしたの?」

「食事とかはどうしたら良いの?」

「それも問題ないよ。地元のおばちゃん達が朝晩は作ってくれるし前もって連絡すれば3食作ってくれるよ」

「そっか、そうだよね。保養所なら宿泊料金も格安なんでしょ」

「そうだよ」

声のトーンが下がっていく。

自分自身でパパとの旅行を台無しにした虚しさと脳天気そうなパパを見ていると怒りが沸々と湧き上がってきた。

「パパは私との旅行なんてどうでも良いんだよね」

「あっ、ゴメン。ミーナが部活をし始めて部活の合宿の話をしてくれたのが嬉しくって忘れてた」

「ふうん、忘れてたんだ」

「ゴメン、ゴメン」

「パパの馬鹿! パパなんか大嫌い!」

パパが必死に両手を合わせて謝っているけれど、そう叫んで私は自分の部屋に駆け込んでベッドにダイブして突っ伏した。

「あはは、また怒らせちゃった。ちょっとやり過ぎたかな。台本どおりにはいかないなぁ。しょうがない出張るか」





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