第13話 解す
夏休みに突入して私の生活は今までと一変してしまった。
中学の頃は夏休みの初めに課題を殆ど終わらせて麻美達と遊びまわって。
パパの休みの日はパパと海に行ったりして遊びに連れて行ってもらった。
高校1年の夏休みは……部活動で終わってしまいそうだった。
「ねぇ、麻美。演劇部って文化部だよね」
「そうだよ、だから何?」
「なんで体操服のジャージでランニングなんかしなきゃいけないの?」
「良いから走る。おしゃべりしていると怒られるよ」
そんな事を麻美と話していると『真面目に走る!』と尚部長の声が飛んだ。
基本的に発声練習や台本の読み合せやエチュードと言う即興の1人芝居をして演技力や表現力の練習をするのだけれど。
基本は部活の3割弱で残りは基礎体力をつけるためと柔軟な体を作る為のストレッチや筋力トレーニングがあり、
部活のメインとも言えるのが持久走つまりランニングだった。
そしてランニングの合間に発声練習をさせられて滑舌が悪かったり声が小さいとランニングの周回が追加されてしまう。
何でも長丁場の劇の時や激しい立ち回りの時に台詞がきちんと言えるようにする訓練らしい。
まぁ、柏木副部長の受け売りなんだけどね。
最初の一週間が特にきつかった。
体育以外に全く運動をしていなかったからなのかもしれないけれど、自分の運動不足を思い知った。
土曜日も軽く? 部活があって。
そして日曜日は久しぶりにパパとデートの約束をしていたのに……
「ミーナ、起きてる?」
「う、うん」
「入るよ?」
「うう、駄目」
「どうしたの?」
パパは私が嫌だと言うことを絶対にしない。
駄目だと言われれば決して部屋のドアを開けたりしなかった。
「体中が筋肉痛で大変なの。もう少しだけ待ってて」
「それじゃ、リビングに居るからね」
何とか起き上がってパジャマのままリビングに向うと、美味しそうなスープが湯気を上げてこんがり焼かれたトーストがお皿に盛ってある。
時計を見ると出かける約束の時間はとっくに過ぎていた。
「もう、起こしてよ」
「起こしたよ、何度も」
「うう、ゴメンなさい」
スープのカップに口を付けながらパパに謝る。
目覚ましで起きられなかったのは私が悪いのだから。
パパはちゃんと約束の時間に間に合うように朝食を準備して私が起きるのを待ってくれていたんだと思う。
「今日は出掛けないで、ゆっくりしようね」
「ええ、出掛けたいよ」
「その体で?」
「うう、それは」
私が一番判っていた。
ベッドから起き上がるのもやっとで、まるで油の切れたロボットの様に体はギクシャクとしか動かせないのだから。
「はぁ~演劇部なんかに入らなければ良かった」
「そうかな、ミーナは少し体を動かした方が良いと思うよ。麻美ちゃんもミーナの事が心配で演劇部に誘ったんでしょ」
「仕方が無いか。私自身で選んだ事だもんね」
「良い子だ」
子どもの頃のように優しく頭をクシャって撫でてくれる。
でも今はそれが恥ずかしくって顔が赤くなるのが判る。
「もう、恥ずかしいよ。子どもじゃないんだから」
「ええ、ミーナは僕の大事な娘だからね。何も恥ずかしがる事無いじゃん、親子なんだから」
パパの口から親子と言う言葉が発せられた瞬間チクリとする。
それは今まで感じた事の無い感覚だった。
でもそれをパパに気付かれる訳にはいかず平静を装う。
「ミーナ、その格好のままこっちにおいで」
「パパ?」
食器を片付けて着替えに部屋に戻ろうとするとパパにいきなりそんな事を言われて鼓動が跳ね上がった。
「ん?」
「ん? じゃ無いでしょ。一応私は年頃の女の子なの」
「ん……なんで?」
「もう、なんでじゃないでしょ。あのね、一応ノーブラだし」
「ん? 変なの。良いからおいで」
「う、うん」
何を言っても動じないパパに従うしかなく、恥ずかしさを隠しながら渋々パパの前に立った。
「そこに足を投げ出してこっちを向いて座って」
「こう?」
「そう、それじゃ足に触るよ」
パパに言われたとおりにパパに向って足を投げ出して座るとパパは私に声をかけながら強張っている筋肉をほぐし始めた。
パパの手が足先から脹脛に向かいそして内腿に触れる。
「うわぁ、びっくりした」
「ゴメン、ゴメン」
流石に驚くと優しい笑顔で謝ってくれるけどちょっとだけ複雑な気分になった。
パパは私を娘としか見ていないのかな?
それとも私がまだ子どもだって事なのかな?
両足のマッサージが終わるとうつ伏せになる様に言われて背中や腰のマッサージをしてくれる。
全然痛みなんか感じないくらいに気持ちが良い。
腰からだんだんと背中に向かい優しく揉み解してくれる。
パパの手が脇に近づくと少しだけこそばゆい。
「ミーナもちゃんと女の子の体に成長してるんだね」
「ぱ、パパのエッチ!」
「そんな事を言わないでよ。僕はミーナのオムツを換えた事だってあるんだよ」
思わず顔が真っ赤になる。
ちゃんとパパは私の事を女の子だって認識している。
でも、オムツって……
パパには全てを見られてしまっているようで顔を上げることが出来なかった。
天然なのか意識的なのかは昔からわからないけれど、パパはちゃんと私を見てくれている。
だけどあまり近づき過ぎない様に一線をさっと引いて距離を取っているように思えた。
うつ伏せのまま肩から腕をマッサージしてくれる。
「どうして、パパはスポーツトレーナーみたいな事が出来るの?」
「ん? 昔から体を動かすのは好きだったしね。色々かなぁ」
「もう、いつもずるいよ。パパはちっとも昔の事を教えてくれないんだもん」
「ん? そうかな? パパの子どもの頃の話なんか聞いてもつまらないよ」
「それでも聞きたいもん」
「そうだね、子どもの頃は毎日の様に海で遊んでいたかな」
「ふうん、パパの生まれた所って南の島だったよね」
「ん、そうだよ。日本の果てにあるんだ。真っ白な砂浜でね。海が綺麗で」
「私も行って見たいなぁ」
「そうだね」
起きたばかりの筈なのに段々と眠くなり意識が遠くなっていく。
パパが昔どこかで聞いた事があるような歌をハミングしている。
それはまるで暖かい優しい海に包まれるようで。
「おやすみ、僕のお姫様」
頬に優しい何かが触れたような気がするけれど私は眠りの海に誘われていた。
「ん~ ん?」
どれ位寝ていたのだろう気が付くと体にはタオルケットが掛けられていてパパの姿は無かった。
寝すぎてボーとした頭を擦りながら起きると外は日が傾いて夏の日差しが和らいでいる。
ソファーを見ると小夜ちゃんが本を読んでいる姿が目に入った。
「あれ? 小夜ちゃん。パパは?」
「おはよう。美奈は寝ても覚めてもパパなのね」
「うう、だって。今日は一緒にお買い物に行く約束してたのに」
「部活で疲れ果てて眠りこけてしまったと」
「うん、パパがマッサージしてくれたから筋肉痛が……あれ? 全然痛くない」
「どうでも良いけれど、ヨダレが垂れてるわよ。一日中女の子がパジャマなんかで居ない。シャワーでも浴びてしゃきっとしなさい」
「はーい」
小夜ちゃんに言われてバスルームに飛び込んで顔を見るとヨダレなんか垂れてなかった。
軽くなった体に熱いシャワーを浴びて目を覚ます。
パパは買い物にでも行ったのかな?
そうだ小夜ちゃんならパパとママの昔の事を知っているかも。
今まではなんとも思わなかったパパとママの事をもっと知りたいと思う。
それは尚先輩に聞かれたからかもしれない。
速攻でTシャツにハーフパンツに着替えを済ませて小夜ちゃんの前で正座をした。
「美奈、どうしたの? そんな仔犬の様な目で見ても何もあげないわよ」
「パパは?」
「買い物に行くから、美奈を宜しくですって。私は別に美奈の寝顔を見る為に来たんじゃないのに。で? 私に何か聞きたいことでもあるの?」
「うん!」
小夜ちゃんはいつも私がしようとしている事を判ってくれて、凄く大人の女の人だと思う。
「褒めても何も無いわよ」
「あのね、パパとママの昔の事が知りたいの」
「はぁ? 優に直接聞けば良いじゃない」
「だって、教えてくれないもん」
「私に聞かれても私は優の事は美雪と付き合い始めた頃に初めて会ったんだから、それ以上昔の事は知らないわよ」
「それでも良いの」
「その前に、私に話す事があるんじゃないの?」
小夜ちゃんが読んでいた本をソファーに置いて真っ直ぐに私の目を見ている。
夜遊びしていた事だと思う。
どうして小夜ちゃんが知っているんだろ、パパが言ったのかな?
「優は何も言わないわよ。私の遊び場も美奈が夜遊びしていた街なの。判るわよね、この意味が」
「ゴメンなさい。もう夜遊びはしないから」
「まぁ、こうして美奈が元気で居るという事は何も無かったんでしょ」
「うん。でもパパを泣かせちゃった」
「本当に優は甘いんだから。私だったら2、3発ぶん殴っているわよ」
そう言いながら小夜ちゃんが私の体を強く抱きしめた。
そして小夜ちゃんの体が小刻みに震えている。
泣いているの?
「泣いてなんか無いわよ。あなたは美雪の大切な忘れ形見なのよ、もっと自分を大切にしなさい」
「ゴメンね、小夜ちゃん」
小夜ちゃんの顔は本当に哀しそうな顔をしている。
私の事を本当に心配してくれているのが良く判った。
「優を躾け直さないと美奈が駄目になるわね」
「パパを怒らないでね」
「あのね、あんたの顔を見ていたらどうでも良くなってきたわ」
それから小夜ちゃんにパパとママが付き合いだした頃の話を聞いた。
パパはその頃、街ではちょっとした有名人だったらしい。
何でもやんちゃをしていたって言うけれど今のパパからは想像も出来なかった。
ママとは短大の頃からの付き合いでママ自身もあまり実家の事なんかを話したがらなかったって小夜ちゃんは言うんだけどパパもママも何でなのかなって思ったら。
「美奈だって普通に優と血が繋がっていないけど親子ですって言えるの」
と言われてしまった。
家庭の事情って事なのかな。
それにママは未婚のまま私を産んでいる。
普通に考えたら親はそんな事になれば絶対に反対するよね。
私の本当の父親の事は誰にも言わなかったくらいだもんね。
そんな事を話しているとパパが買い物から帰ってきた。
「パパ、お帰り」
「ん? 元気になったみたいだね」
「うん!」
その夜は久しぶりにパパと小夜ちゃんとお家で晩ご飯を食べた。
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