第12話 演劇部


麻美の不敵な笑みを見た瞬間にまんまと麻美の策に嵌められた気がしたけど後の祭りだった。

昼休みも残り僅かな時間に2年生の教室に拉致されてしまう。

「あら? 大久保さんに、確か神楽坂さんよね。どうしたのかしら?」

「白銀部長。ミーナ、じゃない美奈が演劇部に入部するそうです」

「ふぇ? ええ!」

入部届けを目の前に突き出されて頭が混乱してしまう。

青城高校の演劇部は文化部の中でも群を抜いて入部希望者が多く、それ故にオーディションまで行なわれるなんて話を聞いたことがある。

そして最終的に部長が入部者を決めるシステムになっているらしい。

そして人気の秘密の一旦が麻美の後ろの机で私の顔を見ながら微笑んでいる演劇部部長の白銀 尚(しらがね なお)先輩だ。

白銀先輩は2年生なのだけど部長を務めていて青城の女王なんて呼ばれストレートの漆黒の髪に切れ長の目、落ち着き払った立ち振る舞いで背も低くはなくスレンダーで、男役もこなしてしまうマルチな人だった。

そして白銀先輩のお兄さんは……

「あれ? 氷の女神の神楽坂さんじゃないか。君がなんだって演劇部なんかに?」

「紀のり! 演劇部なんかには余計でしょ」

「あはは、だって女王に女神が加わってしまったら演劇部が向かう所敵なしになってしまうじゃないか」

背が高く一言で言えばクール&スタイリッシュなイケ面で2年生にして現生徒会会長の皇帝なんて呼ばれている尚先輩の双子の兄・白銀 紀(しらがね のり)先輩がいつの間にか尚先輩の後ろに立っていた。

「わ、私はクラブに入る気なんて……」

「それじゃ、私に言った事は嘘だったんだ」

「あう、でも私なんか何も出来ないよ」

麻美の言葉に逃げ出す事も出来ずに私が戸惑っていると白銀兄妹は笑顔で私の顔を真っ直ぐに見ている。

すると昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り出した。

「それじゃ、とりあえず放課後にもう一度いらっしゃい。一応通過儀礼だけど部員に話を通さないといけないから」

「はい、判りました!」

私の代わりに麻美が返事をして訳も判らない間に午後の授業に突入してしまった。


「ねぇ、麻美。何で私が演劇部に入部しなきゃいけないの?」

「帰宅部なんかしているから無駄に時間があって夜遊びなんかするんでしょ。クラブにでも入っていればそんな余裕はなくなるからね。それに文化祭に向けてこれからは毎日の様に部活があるからね」

「うう、そんなの嫌だ」

それは私の本心だった。

助けてくれた男の人に再会したい訳じゃないけれど、やっとパパとの仲が修復できたのにパパと過ごす時間が削られると思ってしまう自分がいる。

「もう、ミーナはもう少し自立するべきじゃないの? いつまでパパさんに甘えて依存しているつもりなの? そんなんじゃパパさんに恋人なんか出来ないでしょ。ミーナに好きな人が出来てパパさんから離れたらパパさんは独りぼっちになるんだよ」

「……」

麻美に痛い所を突かれて胸が締め付けられる。

私だっていつまでも子どもじゃないんだからそれくらいの事は判っている。

でも私はパパの事が好きでパパが見知らぬ女の人と楽しそうに歩いているのを見た時は泣きたくなるくらい寂しかった。

でも、このままで良いとも思ってはいないけれど行動に移すのが怖かったから。

出来ればこれからもこのままでいたいと思ってしまう。

「ほら、行くよ。部長が待っているから」

「はぁ~ あんな事を言わなければ良かった」

肩から力が抜けため息をつくと麻美に手を引かれ演劇部の部室に向う。

演劇部の部室は通称『文化棟』と呼ばれている音楽室や美術室・視聴覚室などの特別教室からなる普通教室とは別の校舎の4階にあった。

文化棟なんて呼ばれているのは主に文化部が使用するからで1階と2階には科学室や物理室に技術室などや図書館などもあるのだけれど演劇部の人気からそう呼ばれていると聞いた事があった。


「失礼します」

麻美がノックして部室のドアを開けると、逃げ出したくなる様な緊張感が漂ってくる。

演劇部の部室は視聴覚室の隣にあり普通の教室と同じ広さで教室の半分に衣装や小道具が綺麗に整理整頓されていて、机は殆どなく椅子が教室の壁際に並べられてそこに10人程の部員達が座っていた。

私が部室に入ると部員達がざわついた。

「本当に月の女神だ」

「また、尚の冗談かと思った」

「本当に入部するのか」

など、でも一様に緊張しきった顔でざわつきも瞬時に納まる。

部員達の視線の先には部長である尚先輩が椅子に座りその傍らには生徒会長の紀先輩が立っている。

部員達の緊張はこの人の所為だと直ぐに理解できた。

「彼女の説明は要らないわね。神楽坂美奈さんの入部の件だけれど私に一任で良いかしら?」

「はい!」

副部長の柏木先輩が直ぐに返事をして、部員に了承されてしまった。

柏木副部長は3年生で演劇部の中でも数少ない男子部員の1人で、容姿端麗でムードメーカーだというのを麻美から幾度となく聞いた事があった。

「それじゃ、柏木君。通常通り部活を初めてもらえるかしら。私は少し神楽坂さんに話があるから。宜しくね」

「それじゃ、移動して部活を始めようか」

柏木副部長の一声で部員達は隣の視聴覚室に移動をし始める。

演劇部の部員数は文化部の中では一番多い。

部室にいた部員は主に3年生で下級生は視聴覚室で待機していたのだろう。

しばらくすると発声練習が隣の視聴覚室から聞こえてきた。

「そんなに畏まらなくて良いわよ。演劇部はそんなに堅苦しい所ではないから」

「そうなんですか?」

尚先輩の言葉に思わず的外れな答えを返してしまう。

確かに尚先輩は2年生で柏木先輩は3年生で仲が良いというより上下関係を感じない。

すると尚先輩がクスクスと笑い始めた。

「紀、あなたの所為よ。早く生徒会室に戻りなさい」

「一言良いかな? 尚は僕の妹なんだ。もう少し兄だと思って接してくれないかな?」

「先に生まれたか後に生まれたかなんて双子には関係ないでしょ。ここは部外者以外立ち入り禁止にしているの」

「そんな事を生徒会長の僕に言って良いのかな?」

「あら? パワハラ発言を生徒会長にされたと全生徒に公言しても良いのよ」

「悪かったよ。少しだけ神楽坂さんに興味があっただけだから。口出しはしないから話だけでも聞かせてくれよ」

「珍しい事もあるものね。紀が女の子に興味を示すなんて、私は女の子に興味が無いのかと思っていたわ」

「あのね、僕も一応男なんだ。周りに居る凄い女性達には流石に気後れしてしまうけどね」

あまりにも2人のイメージとかけ離れた会話に堪らず笑みがこぼれてしまう。

隣にいる麻美はまたかと言うような顔をしていた。

「ふうん、そんな風に可愛らしく笑うんだね」

「えっ? あっ、すいません」

生徒会長の紀先輩に言われて咄嗟に謝ってしまうと尚先輩が紀先輩に釘を刺した。

「口出しはしないと言った側から口を出すなんて良い度胸ね。今すぐ出て行きなさい」

「悪かったよ。これ以上は口を出さないよ」

普段は周りを寄せ付けない雰囲気の皇帝と女王の掛け合いは思った以上に面白かった。

それ以上にこの兄妹は仲が良いのがみてとれる。

紀先輩が凛とした表情になると尚先輩の表情も少しだけ硬くなり私の方に視線を向ける。

その雰囲気に飲まれそうになるのが嫌で私から口を開いた。

「あの、私は演劇なんてした事ないし演劇自体にもあまり興味が無いんですけど」

「まぁ、そんな事は後から付いてくるものよ。演劇については一年生の殆どが未経験だから。ただし部活はきちんと出てもらうけど良いかしら?」

「はい」

とりあえずなんだけど返事をしてしまう。

数少ない友達を失うのは嫌だったし、それ以上に自分から動かないと何も変らないと思ったから。

これがチャンスなのかもしれないと思った。

人から与えられたチャンスだけどそれに乗ってみようと自分自身で決めたの。

パパに言われた様に選択肢はいくらでもあるのだしやり直しも出来ると思うから。

「それじゃ、少しお話をさせてもらうわね。あなたの家庭は父子家庭なのね」

「はい、母は私が幼い頃に病死してしまい。それからは父が私を育ててくれました」

「神楽坂さんは『カグラグループ』と何か関係があるのかしら? たしかあそこの代表も神楽坂と言う苗字だったけれど」

「えっ? 私の家は普通のサラリーマン家庭ですよ。確かにお金持ちが多く通っている中高一貫の青城に通っていますけど」

慌てて否定してしまった『カグラグループ』と言えば日本を代表する企業体の一つで庶民の私だって知っている名前だった。

確かに青城にはお金持ちが多く通っている。

私の家庭はそんな裕福な家ではないし父子家庭だから正直この学校に入るのを躊躇った事がある。

そんな時にママが残してくれたお金で学校に通えるからミーナは心配しなくて良いんだよってパパに聞いた事があった。

そして何でそんな事を聞いてきたのかは直ぐに理解できた。

尚先輩達の親は金融界を代表する白銀ファイナンシャルグループの代表だった。

それで『カグラグループ』がどうのと聞いてきたのだろう。

そんな事は雲の上の話で私には全く関係ない話だと思った。

因みに麻美のお爺さんは会社の会長さんだ。

麻美曰く小さな零細企業だよって言っていたけれど私からしてみれば大きな家に住んでいる麻美も確かにお嬢様だった。

それでも親友で居られるのは麻美がそんな事を鼻にも掛けない性格だからなのかもしれない。

「それじゃ、少しだけ神楽坂さんの両親いついて質問して良いかしら?」

「えっ、それも入部に必要な事なんですか?」

「うふふ、ゴメンなさい。実は既にあなたの入部は決定済みなの。少しでもお互いの事をしれば仲良くなれるかなぁって。駄目かしら?」

「先輩にそんな顔をされて断れる生徒を私は見た事がありません」

「それじゃ、聞いても良いって事なのね」

尚先輩が優しそうな笑顔で私に話しかけてくれる。

青城の女王の笑顔は心許せるマリア様のようだった。

「お母様はあなたが幼い頃に亡くなったのね」

「はい、急性骨髄性白血病で発症が判ってあっという間だったって父に聞いた事があります」

「それじゃ、お父様は何処の出身の方なのかしら?」

「それは……南の島としか聞いた事が無いんです。それに父は母と出合った以前の事をあまり話したがらないので私も深く聞いた事が無いんです」

「それだけ育ててくれたお父様を信頼して尊敬していると言う事なのかしら」

「はい、私の自慢の父です」

私自身があまりパパの昔の事を知らないと言うと尚先輩はそれ以上何も聞いてこなかった。

そして私がパパと血の繋がりがない事は敢えて話さないでおく。

それは無駄なトラブルを避けるためと私とパパの関係を変に勘ぐられるのが嫌だったから。

パパが私を一番に大事に思ってくれているけれど私だってパパの事を一番に思っていて、パパの事を悪く言われるのなんて真っ平ごめんだった。

「自慢じゃなくて大好きなんだもんね」

そんな事を麻美が耳元で囁いたので私は麻美のわき腹に釘ならぬ肘を刺しておいた。

「あのう、私からも一つ聞いて良いですか?」

「ええ、結構よ。演劇部に関して分からない事があれば気兼ねなく聞いてちょうだい」

「顧問の先生は?」

「あら? あなたがここに来る前からそこに居るわよ」

「へぇ? うわぁ!」

尚先輩の指差した教室の隅を見ると気の弱そうな影の薄い小柄な男の人がリクルートスーツみたいな背広を着て座っていた。

……何の教科を受け持っていた先生だっけ?

何度かこの先生の授業を受けた事がある。

名前だけは覚えてる『代々木 忍先生』だよね。

何の授業かが思い出せないくらい存在感の薄い先生だった。

尚先輩の話では名前だけだからって笑っていた。

尚先輩と柏木先輩の2人が居れば顧問なんてそんなものかもしれない。




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