第11話 自業自得

週明けの朝。

私はパパが運転するシティーサイクルの後ろに座って学校に向っていた。

シティーサイクルなんて言うと聞こえが良いけど普通のママチャリなんだけどね。

元々、通学用に買ってあったんだけど私とパパが住んでいるマンションから高校までは歩いても中学に通っていた距離と殆ど変らないので普段は徒歩で通っているの。

でも、足を捻挫してしまったので自転車で行こうとしたらパパが一緒に行くと言い出して、道交法上では問題がある二人乗りをして学校に連れて行ってもらっていた。

「うう、恥ずかしいよ」

「誰の所為なのかなぁ? 夜遊びして危ない目に遭って怪我までして」

「もう判ったから。しつこいと嫌われるよ」

「別に構わないよ。ミーナに嫌われて危ない事をしなくなるのならいくらでも嫌われるから」

「意地悪」

「パパは意地悪だからね。こんな事もする!」

「キャン! お尻が……」

パパが自転車で少し大きな段差がある所を走りぬけると金属製の荷台に直に座っている私のお尻にもろに衝撃が伝わった。

「パパの馬鹿! パパなんか大嫌い!」

「あはは、いつのもミーナに戻った。飛ばすよ」

パパは笑いながらそう言うと立ち漕ぎをし始める。

自転車の速度がグンっと上がった。

横座りしながら周りを見ると夏の朝日に照らされた緑の木々や青空が流れていく。


学校に近づくと登校中の生徒が増えて少しだけ恥ずかしくなってきた。

「ミーナにパパさん! おはよー」

そんな中で麻美が私達を目ざとく見つけて、いつもの様に恥ずかしいくらい元気良く声を掛けてきた。

パパが自転車を麻美の前で止めてくれた。

「おはよう、麻美ちゃん。元気だね」

「うふふ、元気だけが取り柄ですから」

「そうかな、麻美ちゃんは元気で明るくって可愛いと思うけどな」

「もう、やだぁ。パパさん。それじゃ小学生みたいじゃないですか……あれ?」

麻美が自転車の後ろでパパに隠れるようにしている私の顔を覗き込んできた。

「パパさん、ミーナどうしたの?」

「ああ、お転婆し過ぎて怪我をして凹んでいるのかな? それとも恥ずかしいのかな?」

「絶対に後者だな、ミーナの顔が真っ赤だもん!」

「もう! 只でさえパパと居ると目立つのに麻美の声は大き過ぎるんだよ」

登校中の生徒達が遠巻きに通り過ぎながらクスクス笑っているのが見て取れる。

恥ずかしくって更に顔が赤くなるのが判った。

「それじゃ、麻美ちゃん。ミーナを頼めるかな?」

「ハ~イ(ハート)パパさんの頼みなら何でもOKで~す」

麻美にそう言うとパパは籠から自分のカバンを取り出して駅に向って歩き出し、満面の笑顔で私と麻美に手を振っていた。

「うはぁ、超素敵!」

「麻~美、何でハート付きなのかな?」

「ええ、だって素敵じゃん。年上で颯爽と助けてくれそうで。ストライクゾーンど真ん中だもん!」

恥ずかしげもなく麻美は堂々と言ってのける。

「もう、パパは颯爽と何て助けてくれないよ。結構へタレの所があるんだから」

「それって遠まわしにパパさんは駄目って言っているの?」

「ち、違うもん!」

「それじゃ、私がアタックしちゃおうかな」

「すれば良いじゃん。万が一でも成功した暁には虚ろな目をしながら空のお鍋をかき回して夜な夜な麻美の枕元に現れてやるからね」

「ええ、それは怖すぎるよ。ミーナみたいに綺麗な人の病んだ顔は凄く怖いんだよ。ヤンは止めようよ。ツンとクーならいくらでも付き合うから」

「じゃあ、パパは無しね」

「もう、急に元通りになっちゃって。一体何があったのかな?」

あんまり麻美が嬉しそうに言うので麻美の耳元で昨夜の事を少しだけ話した。

「お、襲わ……」

「ストップ! 大きな声で言わないで」

「驚かない方がおかしいでしょ」

私が慌てて麻美の口を手で塞ぐとその手を掴んで麻美が怖い顔をして詰め寄ってきた。

そこで予鈴が鳴ってしまい私は痛めている右足を庇いながら慌てて麻美と学校に急いだ。


昼休みになってお弁当もそこそこに私は麻美に人気の無い屋上に連れて来られていた。

「もう、捻挫してて足が痛いのに」

「自業自得でしょ。さぁ、話してもらうわよ。包み隠さず全部ね」

「あ、あの。もう反省していますので」

「問答無用!」

こうなった麻美は手が付けられない。

仕方なく昨夜の事を話す事にする。

夜遊びに行き月明かりが綺麗だったので裏通りを歩いていて3人の男に声を掛けられ襲われそうになってもうお終いだと思った事。

そこに銀髪で不思議な瞳の色をした男の人が現れて3人を一瞬で倒して助けてくれた事。

ワインバーのマスターがパパに連絡して迎えに来てくれた事。

そしてパパを泣かせてしまった事。

「で、ミーナはその銀髪でオッドアイの人に心を動かされた訳だ」

「そんじゃないよ」

「それじゃ、もう会わないよね」

「……それは会えるか判らないし。でも、ちょっとだけ」

「はぁ? あのね、ミーナ。銀髪なんてありえないでしょ。基本的にね、人の毛髪は黒・赤・金・栗毛なの。まぁ、メラニンが先天的に欠乏していたり、白髪交じりでシルバーみたいに見える事はあるけどね」

「うう、それじゃ瞳は?」

「オッドアイは人間的に言うと虹彩異色症と言うの。日本人にも稀に居るわよ。それと琥珀色の瞳はねウルフアイズって呼ばれて狼の瞳に琥珀色つまりアンバーが多いからそう呼ばれているの」

「ねぇ、何で麻美はそんなに詳しいの?」

「そんな身体的特徴はライトノベルに幾らでも出てくるもの。私がネット小説好きで、趣味で小説をって。あっ!」

「ええ! 初めて聞いたよ。いつから小説なんて書いてるの?」

「はぁ~ 誰にも言うつもり無かったのに。2年位前かな」

「そう言えば麻美はジブリフリークでアニメ好きだったもんね。で最近はライトノベルに嵌って。ああ、もしかして。そう言う理由で演劇部なの?」

私がそこまで捲し立てると麻美は赤くなり顔を顰めて頭を掻く仕草をする、それは麻美が照れているときにする癖だった。

「小説を書くのが楽しくって。シナリオライターに憧れているんだから良いじゃない。それに私の事はどうでも良いの。問題はミーナがどうしてそんなに軽率かって事でしょ」

「もう、何回も謝ってるのに」

「それじゃ夜遊びはもうしないよね」

「……それは、その……あの人にお礼も言えなかったし」

簡単に切り返されて麻美は私の顔をものすごい形相で睨みつけている。

それは今まで一度も見たことの無い表情だった。

マジでぶっちぎれる寸前なのが判った時には既に遅かった。

「いい加減にしなさい! 美奈は本当に自覚が足らないの。助けが来なかったら美奈はどうなっていたと思っているの? 怪我だけじゃ済まないんだよ、どれだけあんなに優しいパパさんに心配をかければ良いの? もう好きにすればいいよ。今回は偶然助けてもらえたけど次は無いかもしれない。その時にパパさんはどうするんだろうね」

私が馬鹿だった。

麻美にそこまで言われなければ気が付かなかった。

自分の身に万が一何かあればパパは……

麻美に突き放されるように言われて自己嫌悪に陥ってしまう。

今まで自分の事しか考えていなかった、気落ちしていると麻美が声をいつも通りに話しかけてきた。

「本当にミーナはニブチンだよね。もしミーナが恋に落ちたら大変だろうな、猪突猛進で一心不乱に突撃しちゃうんだろうな。でもね、これだけは言える。ミーナを助けてくれた人は危険すぎる。大体ね、夜遊びなんかしている暇が……」

「麻美、どうしたの?」 

麻美が言葉を中途半端に飲み込んで私の顔を輝く瞳でマジマジと見ている。

その顔はいつも私を面白おかしくからかう時の表情で、何処と無く笑っているような気がした。

「ミーナ、もう夜遊びしないって約束してくれる?」

「えっと、それは2度とって言う事なの?」

「当然でしょ、約束と言うより誓ってほしいな」

「それは、ちょっと……」

「あっそ。それじゃもう友達でも何でもないからね」

「ええ! そんなの嫌だよ。夜遊びは控えるから、それ以外の事なら何でも言う事を聞くから」

「本当に?」

「う、うん」

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