第8話 高校入学

その日から少しだけ私は外れてしまった。

ある意味、高校デビューと言う事なのだろうか……


高校の入学式当日は私の心と裏腹に、桜が舞い散る清々しい青空の天気だった。

中庭のホワイトボードに張り出されたクラス別けが書かれている紙を確認していると後ろから声を掛けられた。

「ミーナ、おはよう。また同じクラスだよ。高校生になっても宜しくね」

「おはよう、麻美。そうなんだ。それじゃ教室に行こう」

「だ、大丈夫なのミーナ? 顔色悪いよ」

「平気だよ、ちょっと色々な事があって寝不足なだけだから」

校内では早々とクラブの勧誘が始まっていて、とりあえず教室に向かう。

麻美と歩き出すと高校入学早々に嫌な奴が目に入った。

それは狐が眼鏡を掛けているような中学の英語教師の淀橋先生だった。

「うっ、なんであいつが居るんだろう」

「さぁね、気になる生徒が居るんじゃない。校舎は別でも中学と高校は自由に行き来できるからね」

「でも中学生や中学の先生が高校の方に来るなんて珍しいじゃん」

「ミーナの事が気になるんじゃないの?」

「や、やめてよ。気色悪い、冗談でも吐き気がするよ」

クラス分けされた教室に向い担任の説明を受けて体育館で入学式が始まる。

何処の入学式も同じ様な物なのだろう欠伸を我慢しながら耐えていると麻美がそれに気付いて笑いを堪えていた。

入学式の後は教室に戻り始業式と簡単なオリエンテーションがあった気がした。

気がしたというのは私がぼんやりと窓の外を眺めていて殆ど参加していない状態だったから。

そんな私に担任が何も言わなかったのは成績の所為なのか内申書の所為なのかは判らないけれど注意されるような事は無かった。


一通り高校生活初日の予定が全て終わると麻美に拉致されて、麻美が前々からチェックしていた高校近くの喫茶店に連れ込まれていた。

その喫茶店はカジュアルだけど落ち着いた音楽が流れていて、ゆっくりと話が出来る雰囲気だった。

「ここのケーキが美味しいんだよ。お勧めはやっぱりショートケーキかな。シンプルだから一番パティシエの腕が判るからね」

「そうなんだ」

「で、何があったのかな?」

「……別に」

「親友の私にも話せない事なんだ」

とりあえずケーキセットと紅茶を頼む。しばらくすると良い香りのする紅茶とショートケーキが運ばれてきた。

紅茶に口をつけて麻美を見るとガラス越しに外を歩く人の流れを見ている。

私から話し始めるのを待っているのだろう。

普段はムードメーカーでおちゃらけた態度をしているけれど、私と2人っきりの時は落ち着いてきちんと向き合ってくれる。

そんな麻美だからこそ親友としていられるんだろうと思う。

そんな友達に隠し事をするのが嫌で重い口を開いた。

「パパに入学式の前に告げられたの。私は本当のパパの子どもじゃないって」

「えっ、それってパパさんとは血が繋がっていないって言う事なの?」

「うん、私はママの連れ子なんだって」

「それじゃ本当の父親は誰なの?」

「パパも小夜ちゃんも知らないみたい。ママが誰にも言わずにいたから」

「そりゃ落ち込むよね。いきなり実の子じゃないなんて言われたら。大好きなんだもんね、パパさんの事が」

「なんだか大きな溝が出来たみたいで、どうしたら良いのか判らなくって」

「今のままで良いんじゃないの? パパさんの事だからミーナは僕の子どもだよって言ってくれたんでしょ」

「どうしてそんなことまで麻美に判るの?」

「だって、パパさんはどんな時でもミーナの事を一番に考えてくれるでしょ。でもやっぱり意識しちゃうかな、ミーナは親子以上にパパさんの事が好きなんだもんね」

何も知らなければ今までどおり変わらない関係だった。

でも、今は知ってしまった。

パパとは血が繋がっていないという事を。

それは憧れだったパパを恋愛対象と見てもおかしく無いと言う事だった。

世間一般には認められないかもしれない。

でも私はパパが好きで……

怖かった、私がパパを1人の男性として見た時にパパは私をどう見てくれるんだろう。

やはり娘としてしか見てくれないのだろうか。


あの日の話には続きがあった。

「ミーナは義務教育が終わったとは言え未成年だからね。僕にはミーナを成人するまで見届け育てる義務がある。でもミーナがこんな僕と一緒に暮らすのが嫌ならば寮生活をしてもいいんだよ。でもアパートを借りての1人暮らしは勘弁して欲しい、ミーナの事が心配だからね」

「もしも、寮が嫌なら私のマンションに来なさい。私は独り者だから使っていない部屋もあるしね。それなら優も安心でしょ」

「な、なんでパパも小夜ちゃんもそんな事を言うの? 私が邪魔だから? 私が居たらパパに恋人が出来ないから?」

「それは違うよ。これからはミーナ自信で考えてミーナがこれから歩き出す道を決めていって欲しいからだよ。世の中には色々な選択肢があるそれをミーナ自信で選んでいくんだ」

その時に初めて『vino』 で何故パパが私にママが飲んだのと同じヴァン・ショーをチョイスしたのか、マスターがどうして私を1人のレディー扱いしたのかが理解できた。

あの時にパパは私の中にママを見ていたのではなく私が成長した姿を見ていたんだ。

パパと小夜ちゃんの事だから私が他で暮らしたいと言えば直ぐに行動を開始して、数日後には私は新しい生活を始められるだろう。

しかし、それはパパと離れる事を意味する。

今の私にはパパと離れて暮らすなんて有り得ない選択肢だった。

「このままじゃ駄目なの?」

「駄目じゃないよ。それがミーナの選んだ選択肢ならね」

パパの言葉が硬く感じる、子どもが親から離れていくのは自然な事なのだろう。

それを促すのが親の役名だ。だとしたらパパもそうなのかな?

硬い言葉で私を少しだけ遠ざけている気がする。

「まだどうしたら良いのか判らなよ、急に選べなんて言われても」

「そうだね、ゆっくりと考えて答えを出せば良いんだよ。たとえ選んだ道が間違っていてもミーナはまだ若いんだから何度でもやり直せるからね」

パパから衝撃の真実を突き付けられた夜はパパと小夜ちゃんが作ってくれた夕食を食べた。

パパも小夜ちゃんも色々と考えているのだろう言葉少なく、美味しいはずのお料理も美味しく感じられなかった。


「それで、ミーナはどうする事にしたの?」

「えっ、保留と言うかまだ決める事なんか出来ないからとりあえず今のままだよ」

「そっか。でもパパさんって凄いね」

「何が凄いの?」

「もう、本当にミーナは幸せもんだよね。真面目に考えた事無いの?」

麻美にそんな事を言われても何を言われているのか判らなかった。

「だって……」

「だってじゃないでしょ。ミーナのママはミーナが小さい時に亡くなったんでしょ」

「う、うん。あまり覚えてないけど2歳の頃だって」

「ミーナが2歳の頃ってパパさんは何歳だったの?」

「う~んと19歳かな……」

真面目な話をする時には麻美はきちんと理解できるように、私に一つずつ確認するように聞きながら話をしてくれる。

麻美が言おうとしている事が何となく判ってきた。

「本当にミーナは勉強以外になると駄目だよね。パパさんの事なんて言えないよね」

「だって今まで本当のパパだって」

「それは重々承知。私が言いたい事はそこじゃないよ。ちゃんと聞いてくれる。私はミーナにパパさんの歳を聞いた時から不思議に思ってたの。パパさんがミーナの本当の父親なら15歳か16歳の頃にはミーナのママと恋愛関係にあったと言う事だよね。でも本当の父親じゃなかった。どう言う意味か判る?」

「ええ、パパとママが出会ったのは私が産まれた後だと言う事?」

「だって変だと思わないの? 高校生が妊婦さんに恋をする? まぁ付き合い始めて妊娠がわかったのかもしれないけどそれじゃ不自然だよね。そんな時期に付き合い始めたのならパパさんが相手の男性を知っていてもいい筈だよね」

「でもパパはママから知らされていない」

「これはあくまで私の考えなんだけれどミーナが産まれる前に2人が出会った可能性は低いと思うの。そして産まれた後だとしたらミーナが1歳頃だと思う。それまでミーナのママは子育てで精一杯で恋愛どころじゃないと思う」

「どうして麻美にはそんな事が判るの?」

「ミーナには私に父親が居ないのを話したよね。私の母も未婚の母なの。つまり私も私生児だから。母がどんなに苦労をして私を育ててくれたか判っているつもりだし、父親が居ないのを今まで一度も不幸だと思ったことなんて無いもん」

凄い事を麻美は平気な顔をして私に話している。

確かに麻美は父親が居ないと言う事を話してくれた事がある。

その時は離婚したか私のママの様に死んでしまったのかと思っていた。

そして『私も』と言う麻美の言葉で私自身も私生児なんだと気付かされた。

「本当にパパが居なくて辛いって思った事ないの?」

「それじゃミーナに聞くけどママが居なくて辛いと思った? 違うでしょ。ミーナにはパパが居てくれる。そして私には母が居てくれた」

「でもね、麻美のママは本当のママで私のパパは……」

「本当のパパじゃないと駄目なの? 話が少しずれちゃったけれど。ミーナが高校卒業して直ぐに2歳足らずの子どもを自分が育てるなんて覚悟出来る? こんな言い方は酷いかもしれない、愛した人の子どもかもしれないけれど自分とは血の繋がりが無いんだよ。私にはそんな覚悟は出来ないな」

私にだってそんな覚悟は出来ないと思う。

でもその時はママの事をパパが深く愛していたからだとしか思えなかった。

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