第百六十四話:新たな旅

「はい、マナをお願いね、クラウス」




 いつも通りといった様子で、サラは抱いていたマナをクラウスに押し付けた。


 目の前には五匹の魔物。


 いずれもマナに対しての恐怖心から来るのだろう、敵意を剥き出しにして構えている。




 それは本来なら見ることの無い光景だった。




「デーモンが徒党を組むなんて、そんなことがあり得るのね……。でも大丈夫。私じゃ不満かもしれないけれど、貴方達はただやられるだけじゃない。ちゃんと戦ってあげるから」




 ドラゴンとの戦いでクラウスがマナの正体を知ってから、サラはクラウスに戦うこと禁止させていた。


 いざという時の為に、クラウスの膂力に耐え得るだろう大剣を一本購入して背負ってはいるものの、それを振るうことは一度も無かった。




 前提として、マナが剣になれば、魔物達は僅か一振りで消滅する。




 平穏な世界を望むのならば、マナが魔物を食べてしまえば最も効率が良い。


 しかしそれを、サラは良しとしなかった。




「ママが指を咥えて見ていて、子どもに戦わせるのは許せないじゃない?」




 そんなことを言いながらも何処か別の意図があるような口ぶりに、マナを剣にして戦うことに僅かながら抵抗を覚えていたクラウスもまた、何も言わずにサラの意向に従うことにした。




 本当に危ない時には遠慮なく助けるけれど、基本的にはサラが戦い、倒した魔物をマナが食べる。


 そんな流れが、新たな旅を始めてからしばらくで出来上がっていた。




 とは言え、サラは超一流の魔法使いだ。




 両親は魔王殺しの英雄で、その力は勇者を含めた全ての人類の中でも指折り。


 その遺伝子を受け継いだ魔法使いとして生まれて来た、現在では世界屈指の魔法使い。


 彼女が倒せない魔物が居れば、それはもう英雄が出動すべき、国家の危機でしかない。




 そこまでの魔物は、世界には殆ど存在しない。




 それでも、五匹のデーモンとサラの戦いは一瞬では終わらなかった。


 知能と呼ばれるものが殆ど存在せず、生まれ持った殺戮衝動のみで戦うこの魔物も、言うなればマナの体の一部で、言い方によっては子どもの様なもの。


 生まれながらに殺戮衝動を植え付けられ、人間と戦うことを義務づけられた哀れな子が、今のサラにとっての魔物達だった。




 人を殺すのだから、人に殺されるのは仕方がない。


 しかし親によって無条件で消滅させられるのは、何故かとても悲しい気がする。


 そんな価値観を、ドラゴンを食べるマナを見て、感じてしまったらしい。




 魔物達に満足があるのか分からない。


 しかしサラは現れた五匹のデーモンを、彼らの引き出しが無くなるまで攻撃を耐え切ってから、一匹ずつ確実に、仕留めていった。




「ごめんね。こんなことしてる時間は無いかもしれないのに。私の自己満足で」




 そう申し訳なさそうに言うサラに、マナは「んーん。さらがたおすとおいしーよ」と笑顔を見せる。


 それが、新たに旅を始めたクラウス達の、ここしばらくのやりとりだった。




 ――。




 南の大陸の南東は、通称『何もない土地』と呼ばれる地域だ。


 資源が殆ど無い荒野で、町としての条件である魔物が生まれない空間も無く、跋扈する魔物達もそれほど強くない。


 当然ながらそんな魔物達は遠く離れた人間の町に襲撃を仕掛けることも無く、人間を見かければ殺意を抱くものの、基本的には平穏に暮らしている。




 そんな、人間からは完全に見放された土地。




 しかしこの『何もない土地』には、最近ある噂が立っていた。




 魔物達とも人間とも違う、首狩りの化け物が生息している。


 


 それは、ここ数年で世界中の人が一度は耳にしたことがある噂だった。




 安全地帯の存在しないこの土地に出向いた冒険者が酒場で始めた噂で、見た者も他に数名居たらしく、瞬く間に広がっていった。


 その噂の信憑性を高める理由として、それを笑い話にした目撃者達の一部が、数日後心神喪失の状態で発見され問題になったことが挙げられる。




「首狩りの勇者、だったら面白くないか?」


「普通に怖いけど」




 食事中、何やら楽しげに語るクラウスに、サラはあまり興味無さげに呟いた。


 本当に怖いとはまるで思っていない様で、ソーセージを美味しそうに噛みながら、破れた皮から肉汁を滴らせている。




「まあ、サラはエレナさんの方が怖いよね」


「そうだね。敵に回したら世界で一番怖いのがママ、二番目がエイミー先生かな。本当に首狩りなら、例え勇者でも倒せば終わりだし」




 残ったソーセージに齧り付きながら、さらりと答える。


 魔物が跋扈するこの世界では、基本的に殺人鬼は魔物と同じ扱いとなる。


 情状酌量の余地こそあれど、もしも殺人者と共に魔物と戦って、裏切られでもしたらたまらない。


 つまり、襲われたなら正当防衛で殺してしまえば、それで解決してしまうというわけだ。


 怨みが怨みを産む前に、大抵復讐を考えた者は何処かで魔物に殺されてしまう事故が起きるのも公然の秘密ではあるのだけれど、『人間の敵』は魔物だと決まっている。




「その言い方だとエレナさんやあのエイミーさんは殺しても死なない様に聞こえるんだけど……」




 呆れながら言うクラウスに、サラは「ママには勝てないし、エイミー先生はあの狂信っぷりだけで夢に出そう」と遠くを眺めながら答えた。




「狂信者のエイミーさんか……。僕は会ったこと無いけど、エレナさんの娘のサラがそう言うならよっぽどなんだね……」




 エレナがかつて、サラを誘拐した盗賊達を肉塊に変えた事件は有名だ。


 本人は自分がやったとは公言していないものの、世界中の誰しもが知っている様な大事件。


 サラの屋敷の使用人が惨殺されたというだけで世界的な事件なのだから、その結末は、隠そうとしても無意味だった。




 幼い頃にそんな体験をしたサラをもってして夢に出るとは一体どれほどなのか、クラウスには想像が付かなかった。




 そんなクラウスに、サラは真剣な表情で言う。




「そりゃもうね、クラウスは会わない方が良いと思うよ。監禁されるかも」


「なんでだよ……」




 思わずつっこんでしまうが、サラは眉をひそめたまま真剣な表情を崩さない。




「うーん、クラウスは知らないかもしれないけど、エイミー先生にとってクラウスはそれだけの価値があるから?」


「もしそうなった場合はどうすれば良い?」


「流石に大人しくしてて。私がなんとかするから」


「……頼りにしてるよ」




 極々一部では、英雄になり損ねた女、などと言われているエイミー。


 世界中で聖女サニィの魔法書を書き換えている者達に私刑を行っている有名人で、かつそれでも捕まらない実力者。


 聖女絶対主義の彼女が何故クラウスを監禁する可能性があるのか、クラウスには全く見当が付かなかった。




「さら、すーぷおかわり!」




 一方、魔物は別腹らしいマナは、瞳を輝かせながら食事にがっついていた。


 それを見て、二人はなんだか首狩りもエイミーへの恐怖も馬鹿らしくなってしまうのだった。

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